きょうか

江川キシロ

狭架

「白紙委任状っていう絵、知ってます?そうそう、マグリットの。

 アレ、なんですよ。簡単に言うと」


 友人の紹介でAさんの話を聞いたのはもう六時近い昏いファミレスだったと思う。という指定だった。不思議に思ったが、人に見られるのが嫌なヒトも沢山見てきたのでそこまで変だとは思わなかった。

「小学生の時だったと思います。なんで『思います』かっていうと、曖昧なんですよね。前後の時系列が。変な話なんですよ、それも。多分帰り道だったと思います、彼処を通る通学路が小学校だけだったから、小学校だと思うってだけで。確証なくて、だからこの話も夢とかだって言われたらそうかもしれなくて。それでも聞いていただけますか?」

 勿論、と私が言う前にAさんは話し始めた。

「通学路に墓地があって、それもお寺の中とかにあるのじゃなくて、道路から丸見えで、それも信号に面してて。でもそんな太い道路じゃなくて、まあそれはいいか。

 なんか道でなにもないのに座ってるおじいちゃんとかいるじゃないですか。行きも帰りも居て、何時間座ってんのかな……何見てるんだろうな……みたいな人。そうなんです、普通は特にはなんにも思わないんですよ。況してや視線の先なんて気にしないじゃないですか」

 私が軽く頷くと同時にこう続けた。

「そこ結構広いお墓で、結構人来るんですよ。だから、そういう人なのかなぁと思ったんです。けど違ってて。

 花とかバケツとか持ってるじゃないですか、墓参りだと。その人は棒立ちで立ってて。あれです、3D人形のデフォルトの状態って言えば伝わりやすいのかな。気をつけでもなく、ただ、立ってるだけ。無機質な立ち方っていうんですか、人ができないポーズってわけじゃないんです。真似しようと思ったらできるんだけど、普段の生活では生まれないというか、意思というか、そういうものがない感じで。だから余計気持ち悪くて」

 おじいさんが見てたんですか?その人を?

「あ、いやおじいさんはいなくて。あ、すいません話は前後するんですけど。そういう人の真似しようと思って。あ、そういう人っていうのは、ぼーっとしてるおじいさんのことです」

「話をその棒立ちの人―――棒立ちさんって私は呼んでるんです―――に戻すんですけど。

 墓場っていったじゃないですか。都会の墓地にありがちな感じでお墓の密度がすごくて、あーこの数の何倍かの骨がここには埋まってるんだなぁとか思ったんですけど、そんなにお墓が多いと、向こうの方まで見えないじゃないですか。

 手前のお墓にその奥のお墓が隠れて、その奥のお墓も一部しか見えなくて、そんなところを一方方向に歩くと、向こうのお墓が見えたり隠れたりするじゃないですか。森とか、人混みとかも同じですけど。」

 その棒立ちさん?も見えたり隠れたりするんですよね。そういえば、どれぐらいの距離にいたんでしょうか?

「あ、そうか、うん。そうですよね。せいぜい数十メートルで、表情まではわからない距離にいたんです。姿勢まではわかるんで、さっきも話したように姿勢ぐらいとかしかわかんなくて。あ、でも服とか全く覚えてませんね。その都度変わるんで」

 変わる?お墓に隠れた後に見える度にですか?

「いやそうじゃなくて。見える度にっていうか。

 そんなことより、私、その棒立ちさんの変なところに気付いたんですよ。じろじろ見てるうちに」

 正直なところ、後輩には申し訳ないがこのAさんの前後しすぎる話し方にうんざりしていた私は残りの話を聞き流そうかと思っていた。後輩に聞き取りした方が楽だ。

「棒立ちさんって、見えてるところと見えないところが逆なんです。

 普通って、手前にあるものが見えて、奥にあるものが隠れるじゃないですか。遠近法の一つにあるって聞いたんですけど、あってますか?」

 はぁ、重畳遠近法ってやつですね。重なったものがあるとき、後ろのものが遠く見えるっていう。

「それがおかしいんです。棒立ちさんは。手前のお墓のあるところだけ見えてて、奥の通路で切れてるんです。

 まるでそのお墓に張り紙してるみたいに。でも私が動くと違う角度になるので、張り紙じゃないんです。日が陰ったら周りのお墓と同じように赤く見えましたし、そこにいるんだとしか思えなくて。

 しかも完全に隠れることはなくて。歩くたびに新しく見えるお墓に張り付いてて。

 なんか近くになってるような気もしてて。でも、お墓ばっかりで正確な距離もわからなくて。少しずつずれる棒立ちさんとにらみ合ってました」


 日が陰っても?もしかして何時間も見てたのか?近づいてきた?にらみ合った?

 もっと詳しく話を聞こうとすると、

「あ、これから予定があるのでこれで失礼します」

 Aさんは後輩の名前を出すと、ファミレスを出て行った。

 結局水だけだったな。注文取りますか?さえ聞けなかった。

 さて、これはどういう話なのだろう。

 『棒立ちさん』自体の見た目はよくわからない。

 見えないはずのものが見えて、見えるはずのものが見えない。白紙委任状。

 お墓の群れ。森。人混み。見える度に変わる。

 あぁ、だから窓際以外なんだな。

 妙に納得がいったが、大きめの溜息が出た。

 こんな話ばっかり舞い込むのは何なんだ。


 

 

 Aさんがいなくなった後のファミレスでこの話をどうまとめようかと思案しているとき、後輩からラインがあった。

「今度僕の知り合いを紹介したいんですけど、お時間あります?Aさんという方で先輩好みの話だと思うんですが」

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