BORDER Tales of Asian justice and insanity
@uedamitsuki
BORDER ビギニング
CHAPTER1
「ギャーッ!」帰宅を強行した私立高校国語教師が背後から何度も刺され死亡!タララカ!タララカ!「キャホーッ!ホッ、ホッ」小太りの男が乱射するサブマシンガンが暴漢グループを次々に射殺する!「バォォォーンッッッ!!!!」うなり爆走する高級車が武装ヒッチハイカーと戦闘に突入した!
「クンヌァ」ボケて出歩いていた老人が鋼鉄リクライニングベッドに押しつぶされ死亡!「じゅぞぞぞぞ」特性ストローで脳髄をすする武装イリーガル女子高生!「ボトル入りまァす!」店内では誘拐した客に塩酸を注ぎ込む武装ホスト!そこら中がそんな調子だ。
つまり、『夜』である。アナタは何を恐れるだろうか。夜闇か、そこら中をはい回る得体のしれない化け物か、あるいはそんな中、歩を進める自分自身か。アナタがもし哀れにもゼツコンゴウ外壁の暖かな家まで間に合わず、意図せずしてここ、アジアの「夜」に踏み込んでしまったのなら、その恐れは順当だ。
だが、もしアナタが安泰を、生存を求めるのはでなく、一時の自由、全能感を求めて、むしろ期待を持って「夜」に飛び出した愚か者であるのならば、一つ、新人に何よりも恐れるべきものを教えてあげよう。真に恐ろしきは「死神」だ。……笑っただろうか?寝かしつけの御伽草子めいた警句に。
命照らす太陽は沈み、首狩り鎌の如く鋭利な三日月がアジアの夜を照らす。だがその輝きは決して死神が悪人であることを示してはいない。浮かぶのはむしろ悪に対する憐憫だ。その鎌は彼らのモノなのだ。
建物の輪郭が薄まる中、ひときわ背の高い建物が暗闇をバグのように切り抜く。アソコが死神のアジトだ。みんな気を付けよう。因縁を示すが如くソレに向かい合ったもう一つの夜空切り取り巨大建設物、コレにも気を付けよ。 悪は所詮、より巨大な悪のトラバサミの中だからだ。
……、口だけでは信じてもらえないのも無理はない。ならば、二つの建物の間、区画整理もクソもないおもちゃ箱のような半スラム街、そこで起ころうとしている謀とその顛末に視点を移していくとしよう。
BORDER CHAPTER1 「ヤツラがやってくるぞ」
三人の男が一見するとコメディアンのような立ち位置で歩いている。オレンジ色のローブを着た二人組が、黒いスーツケースを引きずる初老の男性を挟んでつぶさに見つめる。熱心というよりは監視の意味合いが強そうな目線だ。
「オイオイ、そう痴漢めいたネブるような目つきをやめてくれよ。瞬きしてなくないか?サッキから」フム、初老は中々ハードボイルドな感じだ。80点くらいのウィットで脇の二人を邪険に扱う。
「痴漢」「……痴漢は下劣」「我々は下劣ではない」「よって我々の視線も下劣ではない
」「むしろ我々の視線は理想とする監視社会
、ユートピアの赤外線」「交わりグランドクロス、我々の教典ではむしろ歓迎です」……やはりコメディアンだろうか?
しばらく歩くと、三人は半スラムの中でも折り紙付きの危険地帯(ココに移住してきてこの地帯のコトを教えてもらえなかった人間は1週間と持たず食肉だ)に足を踏み入れた。元々そうだったが、やたらと小綺麗な三人は相当浮いている。やはりコメディアンだろうか?ヌッと割れた壁の中から手を伸ばしたやせこけた男も、彼らの巡業を心待ちにして眠ることすら忘れてしまった重篤なファンの一人だろうか?
ガシィッ。握手?イヤ違う。オレンジローブの一人が無造作に伸ばされた手を払い、むんずと痩せ男の頭をつかんだのだ。「我々の神聖なる装束に下賤なチンカスがッッ!」引きずり出し、壁面にたたきつける!なんと過激なファン・ミーティング!ドツキアイ芸人だろうか?…イヤ、もう茶化すのはやめよう。
「貴様はすりおろした己の肉でも食っていろッッ!」ザリザリザリザリ!!壁面でショウガが如くすりおろされる!肉片、血液、体毛、骨片、脳漿・・!すさまじいスプラッタ。残りの二人はまるで動じる気配がない。スクリーン越しであるかのようだ。「アギャァァァ゛―――ッ゛ッ゛!!!」
間もなく痩せ男はこと切れ、様々な体液によって壁面にひっついた。そのタイミングで月が雲から顔を出し、ロマンチックなフィルターをあたりにかけた。これが映画だったらば、「狙いすぎ」だの「擦れた風を演出してる」だの、黙殺される沿線の小駅が如く評論家が言を飛ばしたことだろう。私は狙いすぎだと思う。
舌打ちを挟み、何事もなかったかのように三人は再び歩を進める。会話はない。相変わらず脇の二人は目をかっぴらいて初老を見つめる。やがて三人は開けた場所につき、足を止めた。サーカステントのようなオレンジと白のボーダーの中に入ってゆく。…1分ほど間を開けて、再びサーカステントに向けて足音が聞こえてきた。
――――――――――――――――――――
テント内部は外見のチープさと反比例した凝った意匠であった。コンセプトとしては教会だろうか。だが真白の空間、ステンドグラスから差し込む優しさではなく、あくまでカルトめいた不気味な整然さだ。具体的に言うならば、オレンジが多い。あまり目に優しいとは言えず、ファーストフード店がお似合いのカラーリングをなぜ彼らがこうも好むのか、謎は深まるばかりである。
ぞろぞろと脇の二人と同じオレンジローブの人間たちが初老の周りに集まってきた。「まあまあ、そう忙しなくしなさんな。一分一秒の無駄を気にしてるようなヤツァ、気づかずもっと大きな時間を無駄にしてんだからよォ」無反応。代わりに先ほどの数十倍の視線が初老に突き刺さる。(カラーコーン…自転車教室かよ、ココは。それとも焚火を囲んでマイムマイムか?)
「……愛想の悪いクライアントは嫌いなンだ……」初老はわざとらしくため息をつき、スーツケースに手をかけた。プロ意識を感じる所作だ。ガパリ。中に詰まっていたのは……モチロン……アレ?ルービックキューブのような立方体だ。一切のスキマなく堂々とした商品ずまい。
オレンジローブ達の瞳孔がわずかに広がり、口元を覆う布の下に確かな笑顔が見て取れた。不気味な笑みだ。マネキンのように全員が同じ角度の笑みを浮かべる。そして一人が初老の方へ進み出た。よく見ると少しオレンジが濃い。どうやらココのトップのようだ。指を鳴らすと数人の部下がオレンジのスーツケースを運んできた。
徹底している。便所も案内していただきい。
ガパリ。中に詰まっていたのは……、オオ、今度こそだ!つまりに詰まった札束!緑色だ。公共通貨であるから当然なのだが、少し残念である。1枚1枚にアジアをかたどった模様、模様の内側には「100000」の数字。右上に「ACC」。右下には正式名称である、「ASIA COMMON CURRENCY」の文字。その他偽造防止用の複雑な文様(これが性癖であるという人間がいるらしい。)。
「全部で100億。超圧縮技術を惜しげなく」さりげなく財力をアピールだ。初老は淡々と仕事人らしく言葉を紡ぐ。「今後ともごひいきに……」二人、歩み寄り、スーツケースを地面に置く。取引への合意を示す握手のためだ。アジアを危機に陥れるであろう邪悪なる取引が成立しようとした、その瞬間ッ!
コロコロコロォ……
「「!?」」沈黙。どこからか転がってきた直径10センチメートルほどの黒光りする球状物体が発する音が、この場のすべての邪悪を支配し、目線を向けさせる。コンマ数秒後、はじかれたように彼らは走り出そうとするが!
ドマオンガッッ!!!
当然、爆発!爆炎、爆風、すさまじい威力だ!サイズに見合わぬ爆発威力密度!これだけ強力な武装、候補はただ一つ、飛び散るオレンジの肉片に混じってテント内に飛び込んできた真っ黒な風がその正体だ!
かろうじて致命傷を免れた者も視界を遮る爆風の中、突如飛んできた膝蹴りによって残酷スイカ割り!死亡ッ!死亡ッ!次々死亡ッ!気づけば室内に生きて残っているのはもはや初老とトップとドコカシラを欠損し踏まれた蟻のようにもがく数名のみ。
黒い風は減速し、邪悪ビジネスパートナー二人組の正面に降り立つ。風もまた……二人組であった。一人は桃色髪のコーカソイド20代(推測)女性。もう一人は少し白髪の混ざった黒髪のモンゴロイド40代(推測)男性。そして二人とも夜闇を象徴するかのような真黒スーツを身に着けている。
「BORDER……」初老が恐るべき夜間治安維持組織の名を呼んだ。40代男性が答える。「今日は新人のデビュー日でね。元々君たちは今日殲滅される予定だったが、まぁフレッシュさと共に死になさい」
コーカソイド女性が一歩進み出て名乗った。「本日からアジア南部支部の一員として正式に活動する運びとなりました、シャルロットと申します」それが生涯最後に記憶する名だ!「ほざけクサレヨーロッパのメス豚がッッ!!」教祖突如激昂!直進!正直言おう!彼は言い表せぬほどのアホだ!
ブォンガッパ!容赦ないギロチン横なぎチョップ。当然、首切断!彼は自分がいかに愚かかを自覚する間もなく絶命した。残るは初老一人。プロの矜持か、はたまたジェームズボンド面を裏切らぬ確かな実力を有しているのか、彼はここまでの惨劇を経てしても汗一つ流していない。
「フゥーゥゥー、どうしてくれるンだい。100億の仕事なンか隕石激突クラスだッてェのに」耐衝撃スーツケースが開口してしまったことで中身の札束は既にチリチリの引換不可だ。一方同じくスーツケースは開いていたにも関わらず、グリーンルービックキューブは……アレ?無いぞ!空しく大口を開けた黒箱が地面に転がって‥もない!丸ごとないッ!「まァコイツラをみすみす渡しちまうよりは……」オイ、バカ、気づけッ。「そうだな、骨格まで橙のヤツラに渡るよりはオレが持っていた方が……」「何ッッ!?」
男性黒スーツの片手に取手を預け、最初から彼のものであったかのような馴染み様でスーツケースがぶら下がっている。途端、焦る初老!急落だ!脳をあと秒針一刻み分回転させていれば!彼らが怪しげなそれを真っ先に回収するであろうことなど勘づくにも値しない簡単なコトだったと言うのに!
精神的動揺、揺れる心境の不規則バイブレーション。対照的にシャルロットはマッスグ初老に向かう。横たう死にぞこないアントどもを踏み砕きながらの威圧的歩行!「クッッ!」
死神が迫る!初老は・・逃げる!革靴に仕込まれたジェット機構を用いて一直線にテントの外へ!シャルロットは相手の無様さと無駄なあがきっぷりに溜息をつき、自らもジェット機構で死神ミサイルとなった!一瞬で追いつき、襟首をつかむ。「ウグッウッ!?」急ブレーキ!慣性でもって自動車激突の如き衝撃が首元より!しかし気絶しないのは大したものだ。シャルロットが自分に向かい合うように初老を投擲する。
「グゲォッッ!!」エマルジョンが如き回転と共に転がる初老は右手を地面に突き立て、削られながらも回転を止めた。おぼつかない足取りで立ち上がる。「キサッ……マッ……、俺はッ……、メギツネめッ……近接ならばッッ……!」ジャキオンッ!右手の親指をのぞく4本から金剛の刃が勢いよく飛び出した!たいそうな装備ではあるが、この期に及んで!
「偽ストラディバリウスのように、元の価値が高いほどまがい物だと露呈した時のあきれぶりはすさまじいのですよ?」「別に真似とらンわッッ!」そンなこと彼女はわかっている。
「キサマのおかげで1年以上積み重ねた俺の『夜』間評判がッ!」初老はもはや怒りに我を忘れかけ、本能のままに目の前の華奢な女性を罵倒することでどうにかクールダウンを図ろうとした。
「評判?通過儀礼とも言える強姦殺人に始まり、家無し子売買のブローカー、人間ジビエの主催、そして今まで巧妙に自分の存在を隠し通し、我々をけむに巻いて得た評判……、1年間……、よく逃げおおせたものです。地下シェルターに籠って力を蓄えている宗教組織でも無しに……。不甲斐ない限りです。1日100のテロ組織を潰しても、その数倍のペースで毎日ウジ虫は湧く……本当にクソですよ『夜』ッてェのは……。おっと、話がそれました」
「つまり矮小な犯罪者、アナタ如きが100年積み重ねようがッ、震える人々の1秒にも満たないということだッ!死ねッッ!!」「ほざけーーーッッ!」
初老直進!「学ばないなッ!」シャルロットは不動!金剛刃を振り上げ、袈裟切りを狙う。ガッキォッ!当然、BORDERの特殊繊維スーツの前には無意味だ!(ソレは想定内ッッ)
月光を反射した金剛刃で視界を遮り、左手は側面からキドニーブローを狙う!が!「セィッ!」シャルロットの右手が垂直に振り下ろされ、強烈な推力を手のひらで叩き落したッ、パリング!「グッ!」初老の左手は脱臼!
間髪入れず彼女は左足で初老の両足を狩る!前につんのめる初老に足払い回転利用アッパーッ!バゴォッッ!「グゲォッ゛!!」下顎骨を砕かれながら鉄棒競技がごとき大回転と共に月下空中特等席へ打ち上げられる!
彼女は飛び上がらない。代わりに右手の平中心部の小さな穴から先ほど登場した黒鉄球が転がり出る!それを!全力で!投擲したッッ!!
マギュウウーーーーーンッ!!張り詰めた空気をッ!死が切り裂く音がするッ!殺意の放物線と共にソレはッ!瞬く間に初老に追いつきッ!「ナッ……、アッ……」
ドマオンガッッッッッ!!!!!!!!
チリすら残さずッ!爆散せしめたッ!夜空に紅白地獄大輪が咲き誇る……。「フゥゥッ」シャルロットは強張らせていた目つきを緩め、肩の力を抜いて額の汗をぬぐった。余裕の勝利だったとはいえ、緊張と憎悪で体力、精神共に摩耗していた。
「お疲れ様。様になってたよ。とてもかっこよかった」「アリガトゴザイマス、正光センパイ」肩をたたいて激励する正光。シャルロットは破顔し、二人は固い握手を交わした。これから改めて同僚としてよろしく、握った手から伝わる期待、決意、正義、志……。人生26年目、幾度となく握手をしてきたが、これほど感慨深いモノは無かった。
正光は胸元のポケットから携帯端末を取り出し、死体の回収要請をする。二人はまたすぐに地獄バラ園のトゲの如き悪人どもを殺しにかからねばならないからだ。
一息つき、互いに顔を見合わせ、頷く。再び死神の目つきに戻った彼らは、すさまじい速度で月あかりのみが照らし出す漆黒の中に飛び出し、溶け込み、姿を消した。
――――――――――――――――――――
恐らくアナタが教科書でしか知らぬであろうアジアの「夜」の一端、いかがだっただろうか。BORDER、「昼」と「夜」、人間、人工知能、オーパーツ……、アナタにお見せしたい夜の真実は溢れている。
もし血なまぐささがお嫌いでなければ、殺伐とした中に舞う人々の美しさを、寒風吹きすさぶ中に確かに存在する友情を、夜をかける勇者たちの活躍を、見届けてはいただけないだろうか。
BORDER CHAPTER1 おわり
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