魔王を倒して15年!幼馴染が独裁者になってしまった……。
江戸野 大卜
プロローグ
「ぐ、うう……」
少し先で、
どうやらあれが魔王らしい。
想像していたより小さいな、とアステルは思った。
「き、貴様が、勇者アステル、か……」
魔王は僅かに残った力で顔を上げ、アステルを睨みつける。
つい数分前までは豪華絢爛な装飾が施されていたこの玉座の間は、今は見る影もなく破壊され尽くし、戦闘の激しさを物語っていた。
……いや、戦闘という言い方は正確ではないのかもしれない。それは余りにも一方的な、攻撃の結果であった。
傷一つないアステルは、剣を抜くとゆっくりとした足取りで魔王へと近づいていく。
「く、くくく……私を倒したことは褒めてやろう。人界にはつかの間の平穏が
魔王は血の唾を撒き散らしながら、呪詛の言葉を吐く。
呪詛と言っても魔力の込められた呪いではない。もはや魔王にはそんな力は残されていない。
それは勇者の心を呪う、負け惜しみであった。
「平和になった世界に、お前の様な存在はただ邪魔なだけだ!魔王を……この私を、一人で殺せるような理不尽。向かわせる先のない、絶対的暴力!お前は畏れられ、利用され、迫害さるだろう!そしてお前の愛する者達も!嫌が応にもそこに巻き込まれるのだ!」
魔王の言葉はアステルの耳には届いていた。しかし、その心には届いていない。
彼の歩みの速度は変わることなく、視線がブレることもない。
ただ真っ直ぐに、ゆっくりと、魔王へと向かう。
「私の出まかせだと思うか?人々はそんなに愚かではないと申すか?だが私はこの目で見て来きた!かつての勇者たちが、私を退けた後どのような目にあってきたのかを!あれから人類はどれほど進歩したか?変わっとらんさ!全くな!お前も、お前の大切な者達も、人類によって絶望を味わうのだ!」
アステルの歩みが止まった。
魔王の言葉に反応したから、ではない。歩む必要がなくなったから、足を止めたのだ。
今、彼の足元には魔王があった。
迷いなく、剣を振り上げる。
「くはははははは!勇者よ!貴様の往く先に、呪いあれえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
剣が振り下ろされ、魔王の頭をかち割る。
頭蓋が割れ、どす黒い血が噴き出す。
その血が顔にかかり、アステルは少し嫌な顔をした。
手の甲で血を拭う。足元で魔王だったものがぴくぴくと痙攣していた。
念のためもう2、3度ほど剣を叩きつけておく。
魔王は完全に動かなくなり、そして……霧となって消えた。
「……ふぅ~~~」
アステルは長い溜息を吐くと、剣を放り投げて大きな伸びをした。
服の袖がずり落ち、左腕に浮かんだ勇者の紋章が露わになる。
10歳の誕生日にこれが浮かび上がって以来ずっと、俺は勇者として生きることを強制されてきた。
訓練を受けるため王都に連れて行かれ、毎日毎日鍛錬と勉強漬けの日々。
魔王討伐の旅に出かけてからも、毎日行軍、戦闘、報告の繰り返し。
だが、そんな日々も今日で終わりだ。
心にぽっかりと大きな穴が開いたようだ。その穴を、清々しい風が吹き抜けている。
何とも心地よい気分であった。
「ん~~~~……はぁぁぁ……さてと」
アステルは踵を返し、軽やかな足取りで玉座の間を後にする。
魔王は最期に呪いの言葉を投げ掛けたつもりだったらしい。
勇者は平穏に暮らせないと、愛する者達も不幸になると。
そんなことはとっくに知っている。
だから愛する者も仲間も作っていないし、勇者として人々の中に帰るつもりもない。
俺が欲しいのはただ一つ。
平凡で平穏な余生だけだ!
勇者による魔王討伐の報が世界を駆け巡った。
人々は突如訪れた平穏に涙を流しながら喜び、幸せを嚙み締めた。
しかし、勇者アステルは一人、その姿を消した。
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