07話 反乱軍アジト殲滅作戦 後
天井が崩れた大部屋の瓦礫の隙間を縫い、リツは辛うじてリフトへたどり着いた。覗き込んだ下からは銃撃戦の音が反響して聞こえてくる。数十メートルの高さから飛び降りた衝撃をぐねりと転がって逃し、勢いを殺さずに走り出す。
通路の奥は古い地下鉄道の駅になっているらしい。バリケードを築き必死の形相で防戦するレジスタンスと、それを突破するため全力で攻勢をかける絶望郷の兵士たち。
そして、レジスタンスの向こうには今まさに動き出した貨物列車が。
余裕はない。強行する!
「反乱軍の足止めをお願いします!!」
「魔法少女か! 列車は頼んだぞ!!」
得意の超機動で距離を詰め、天井スレスレのバリケードを乗り越える。
対応の間に合わない反乱軍。
両手に持った散弾銃を突き出せば、その先端に作り出した穂先が粗末な防護服を貫いた。
そのまま発砲。宙返りする勢いで引き抜くが、リツは両手のショットガンを投げ捨てる。
加速していく列車。
その後部に、銃すら持たずに狙いを定め……。
「“
完全に銃が形作られる前に、引き金を引いた。
ワイヤーの繋がった強力な電磁石の弾丸が飛ぶ。
磁石の錨はギリギリの所で列車の最後尾にガチンと吸着。
トリガーを引けば、持つ腕が引き抜かれそうな勢いでワイヤーが巻き取られていく。
「ぐっ……!」
軋む体を魔法少女の頑丈さで無理矢理誤魔化し、走る列車に何とか取り付く。
コンテナの上によじ登れば、頭上を鉄骨や配管、ケーブルが飛ぶような速度で過ぎ去っていく。
(……逃げられることは防げましたが)
これをどうにかして停止させなければならない。
手段は思いつく。先頭の機関車を止めるか、最悪脱線させればいい。
リツは軍服ワンピースのベルトに下がる軍用ポーチから、医療キットを取り出す。
機械蜘蛛に切り裂かれた腕と足から血がダラダラと垂れてきている。列車に取り付く際も激痛が走った。最低限の処置はしておかなければ。足場が最悪な現状、傷の痛みで動きが鈍ればそれが命取りとなるだろう。コンテナの上を走り、前へ。
列車はさらに加速していき、メイン搬送ラインの線路に乗る。
十を超える線路が横に並び、右方の線路上を凄まじい勢いで対向車が通過して行った。
すでにEMPによる電磁障害エリアは抜けたらしく、ライトやモニターも正常に動いている。
(これ、どこかで事故るでしょう絶対……!)
ガクン、とコンテナが揺れ、速度を落とさないまま路線が切り替わり、曲がっていく。もし直進していれば、その先にいたいくらか速度の遅い列車に追突していただろう。
AIによりコントロールされた列車制御はリアルタイムに全ての列車の位置を把握し、目的地まで最短のルートを、けして事故が起こらないように作り出す。だが、この列車がその範疇にあるとは考えにくい。そのためなのか、頻繁にレーンを切り替え、別方面に曲がり、坂を登って上下方向にもグネグネと進んでいく。最終目的地が検討もつかない。
「っ……!」
天井がかなり低くなっている箇所が不意に迫り、リツは青ざめながら伏せてやり過ごす。
この速度だ。ぶつかり落ちればひとたまりもない。そこで生き残っても、時速百数十キロで走行する大質量が縦横無尽に行き交う中に落下するのはあまりにも危険だ。列車制御AIは線路上の異物も感知するが、投げ込まれた物体を認識しても急に止まれるわけではない。
っと、そうだ。電磁障害エリアを抜けたなら、きっとクラウン様に繋がるはず!
イヤーカフの通信先を切り替え、叫ぶ。
「聞こえますか、クラウン様! ……ああっ、クソ、そうだ」
叫んでから、イヤーカフが電磁パルスで故障してしまったことに気づく。
魔法少女への変身の際、身につけている衣服や装備の変質は強度の上昇を伴うが、魔法障壁がなければそれなりに頑丈なだけだ。あの強力なEMPには耐えられなかったらしい。
だが道化師に声は届いた。脳裏にテレパシーの言葉が響く。
『ピスメちゃん! 状況は!?』
えっ、クラウン様にまで略されるの? 一瞬だけ至極どうでもいいことに引っかかりを覚えたが、そんなことは後。すぐに頭の中から放り出す。
『敵が隠し持っていた列車で逃げようとしています! メイン搬送レーンを走行中! 私はなんとか取り付きました!』
『わかった。でも座標が特定できない。カメラにも映ってない! 隠蔽されてる! ちょっと視界を借りるね!』
隠蔽されている? あの時と同じ。つまり、ファントムという魔法少女、奴が……!
と、バチッと火花が散ったような音と共に、リツは自分の中に何かが宿ったのを感じた。
『……ここは……あーでも、封鎖は間に合わなさそう……。でも一応送っとこうかな……』
『どうなさいますか?』
『うーん、どうしよう……ひとまずピスメちゃんはそこからこの列車を止めようとしてみて。私が魔法撃って無理やり止めると周囲の被害もすごいことになっちゃうし、ピスメちゃんを起点に魔法を使うのは無理』
なるほど、と了解の意を返し、少しずつ前へ進む。先頭車両まであと少し。
だが。
先頭車両から数両手前に、バツンと雷のようなエネルギーが着弾。
そして空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、ガラスが割れるような異音と共に、宇宙じみたゲートが開く。
「クソが……!!」
「逃がすわけ、ないでしょ……!」
もつれ合って落ちてきたのは、ウィルムと、足止めに残ったシアン。
状況は考えずとも分かる。
(ワープ……!? そうか、あれもマスコットの技術……!)
転移するウィルムに接触し、無理矢理自分も同乗したのだろう。赤熱した爪のせいでただでさえ酷かった負傷が焼け爛れ、しかも足が片方切断されていた。
『“ディバイン”……うーわ最悪だよ……』
心底嫌そうに呟いたクラウンに尋ねる余裕もない。
バランスを崩さないよう慎重に、だが出来得る限りの全速で距離を詰める。
「“
両手に短機関銃を生成。顔を上げたシアンと目が合う。
戦乙女はこちらへ転がってウィルムから離れ、置き土産に剣を生成。
リツは即座に照準を定め、発砲する。
だがウィルムも飛び跳ねるように起き上がり、巨大な爪で剣と銃弾双方を打ち払う。
「“
一拍遅れ、シアンも体勢を整える。
右足の脛から先がないまま、まるで存在しているかのように片膝で立つ。
すくい上げるように振るった斧槍が、亜竜の爪を打ち払った。
「テメェ……!」
「片足奪ったぐらいであーしが動けなくなると思った!?」
即座追撃に踏み込み……。
眼前、虚空から射出される薄紫の槍。
「くっ!?」
「あっぶ!?」
身を翻し事なきを得たが、勢いが削がれさらに前に出ることは叶わない。
す、と亡霊のように、列車の屋根をすり抜けて、新たな魔法少女が現れる。
「……魔法少女になったのね」
仮面で顔を隠す、薄紫の喪服を纏う亡霊。
リツが千切り飛ばした右腕は、完全に元通りになっていた。平坦な声色だったが、リツは声色の奥底に僅かな苛立ちを感じ取った。両腕を掲げれば、ずらりと幽霊じみた槍が並ぶ。
感応能力が読み取った名は、ディバイン☆ファントム。
「ウィルム……追手を抑えろと言ったはずよね」
「悪ぃ……けどよ、こいつらかなりやるんだよ」
「言い訳はいらないわ。成果を出しなさい」
「わ、わかった!」
どこかビクビクとファントムの言葉に返し、亜竜が突っ込んでくる。
『数の有利がなくなりましたね……!』
『ああもう! 効率が落ちる!! なんでもう一人いるの!?』
元々、魔法少女としての戦いの経験の浅さを数で補っていたからこそ、出し抜ける程度にはこちらが上回れていたのだ。そこに万全の状態であるファントムが追加されてはその有利は消滅する。
ここがしっかとした地面の上ならば話は違った。
リツの高速機動も十全に発揮できるし、シアンとて大きく動きながら戦うことができる。
だがここは走行する列車の上。
ウィルムの爆炎を回避するのも困難な上、浮遊するファントムも加われば著しく不利。
冷徹な声と共に、亡霊が広げた両手をス、と動かす。
「“亡霊のパルチザン”」
斉射された槍の群れを躱し、続くウィルムの突進を受け止めるシアン。
その肩越しに亜竜の顔面を狙うリツだが、それは身を捻って躱される。
即座に戦乙女が押し込もうとするが、散弾のように飛んできた槍に邪魔された。
『この声、まさかとは思うけど……! 二人共、ファントムの顔を確認できる!?』
『うぇ、クラウン様!? 顔……ああ、仮面剥がせばいいんだ。了解です!』
『承知しました……!』
次撃のため動く二人。満身創痍ながらも戦意は衰えていない。
だがリツもシアンも、限界が近い。
銃を次々と切り替え撃ち続け、戦乙女は剣を舞わせる。
並ぶ槍を避け、爪を防ぎ、何とか食い下がる。
何度目かの剣戟の後、ウィルムが大きく先頭車両まで飛び退いた。
そして息を吸い込み……。
「“ハイスヴァルムの――」
ここであの爆炎を使う気か!
ウィルムが使った大技は二種。どちらだ? いや、全く未知の魔法である可能性もある!
列車はレーン中央。左右の空間は広い。
博打だ。足場は列車。溶解させてしまわぬよう、地面から吹き上がる爆炎は使わないはず!
「“
ガ、と列車を蹴り、左方に身を投げ出す。消滅させる時間も惜しい。短機関銃を投げ捨てる。
リツに視線を移したシアンも意図を悟ったのか、列車上から跳び逃げた。
「
轟!!と列車の上、直線上に数千度の爆炎が放たれる。
同時、リツも腕を伸ばす。
「“アンカーショット”!!」
ガチンと吸着した音が鼓膜に伝わる前に、リツは思い切りトリガーを引く。
落ちるように退避したシアンを抱きとめ、弧を描いて車両の前方へ飛び上がる。
「そぉりゃっ!!」
リツの腕の中から抜け出、落下しながらハルバードを生成し叩きつけるシアンだが、赤熱する爪がそれを防ぐ。
同時、ファントムの槍が着地点を狙うように飛んでくる。
そうくると思った。
槍の散弾が射出されると同時、リツは新たなワイヤーをファントム付近に打ち込んだ。
即時ワイヤーを巻き取り、列車の天井を高速でスライディングして槍の群れをすり抜ける。
同時、右手にもう一つ銃を生成。
「“
作り出したのは大口径のハンドガン。
巻き取る勢いを利用して滑る姿勢から跳ね飛び、吶喊。
「ッ!! まず――」
この列車の存在を隠蔽することに力を割いているからか、亡霊の動きは鈍かった。
ゴッ、と仮面に銃口を押し付け――。
「FIRE!!」
「っぎぁ!?」
ゼロ距離からのマグナム弾が、ファントムの顔を隠す無地の面を粉々に砕き割る。
衝撃に仰け反る中、破片の隙間から憎悪に満ち満ちた顔がこちらを睨む。
『ッ!! やっぱり、こいつ!!』
叫んだクラウンへの疑問は後回し。
このまま追撃を!
銃下部の、斧状のレーザーブレードを振り下ろす。
「な……めるなぁ!!」
仰け反り倒れながらも、ファントムは虚空から槍を生み出し斧を受け止める。
リツは即座左手にもマグナム銃を作り出すが、がむしゃらに射出された槍の一つがそれを弾き飛ばした。
「クソ……!」
「……やはり捕獲は欲が出たかしら。間違えたわね……」
「ピスメ!!」
焦りの交じるバディの声。咄嗟に姿勢を下げると、頭上コンマ数ミリを赤熱した刃が通り過ぎた。ウィルムだ。
同時、全身を貫く衝撃。
屈んだ姿勢。故に正面からの槍の斉射は避けられなかった。
「うぐぁ!!」
『ピスメちゃん!』
弾けたそれに吹き飛ばされ、リツは屋根上を転がる。
辛うじて落ちる寸前でシアンに受け止められたが、戦乙女はうめき声と共に転げてしまう。
見れば顔色が最悪だ。千切れた足の手当をせずに戦っていたせいで血が流れすぎたらしい。
そして最悪のタイミングで、列車がカーブに差し掛かる。
ガクンと体が強烈に揺さぶられた。
「生かしておくと面倒。殺しなさい」
「“ハイスヴァルムの
ウィルムが空間を引き裂くように腕を振るえば、爪痕じみた形の炎が巻き起こる。
追撃に、槍が並ぶのも見えた。
まずい。この状態では避けられない!
私は耐えられるかもしれない。だがシアンは……!
ガリ、と砕けるような強さで歯を食いしばる。
『いいよ。撤退して!!』
ここで奴らを逃がすわけには――そんなリツの躊躇を悟ってか、道化師が背中を押す。
……畜生!!
無理な体勢から、無理矢理シアンを抱くように庇う。
――爆裂。
「っ……あぁっ!!」
「ピスメ……ッ!」
代償に、リツは爆炎をモロに受け、吹き飛ばされた。
列車上から投げ出され――空中で身を捻り、己を下に――線路に叩きつけられる。
「っぐぁ!!」
「うぐぅっ!!」
レールに骨を砕かれ、慣性にゴロゴロと転がされる。
全身がバラバラになったような苦痛に、思考が白く飛んだ。
「“
『スカイちゃん!? 無茶しないで!!』
何とか起き上がろうともがくリツの耳に、ざり、とシアンが立ち上がる音が。
「“事象割断”ッ!!!」
何とか視線を動かせば、死に体で立ち上がった彼女が、列車目掛け全力で斧槍を投擲する。
回転しながら飛ぶ空色の刃は、コンテナとコンテナの間、列車の連結部に突き刺さり、つんざく轟音とともにそれを破断してみせた。
「あっ、はは、悪あがきは、しないと、ね……」
シアンが切り離したのは、後方のたった二両。
だがそれがどれだけの功績か。
『二人共、通路にまで登って!! ……ああ、モニターが遠い! すぐに迎えを送る!!』
焦る道化師の声が遠い。
耳鳴りがしてきた。視界がぼやけていく。
「げほっ、はぁ、はぁ、クラウン様の言う通り……あそこへ。ここは……危ないです」
「そうだね……。とりあえず、線路からは……」
肩を支え合い、這々の体で線路脇の作業員通路に避難。たった数段を登るのにも難儀し、金網の足場上に何とか体を乗せる。
荒い息をつきながら、むき出しのパイプが走る壁に背を預けた。寄り添うシアンの体からガクンと力が抜け、解けるように衣装が消えていく。魔法少女の力を使い果たしたらしい。青から金に戻った長髪は乱れ、斑に血が付着していた。
せめて傷を塞いでやりたかったが、リツも辛うじて意識を保っているような状況だ。指一本動かすことすらできないほど体が重い。
それでも、リツは残る意識を振り絞って道化師に尋ねる。
激戦の中、クラウンがはっきりと焦燥を滲ませて確認させた、亡霊の仮面の下。
「く、クラウン様……ファントムに、何が、あるのですか……?」
『……他人が顔も声も変えて、なりすましてるんじゃなければだよ』
そう前置きしたものの、クラウンの声色は断定じみた確信を含んでいた。
『あいつはマスコット。……識別名は“マンティス”』
……マスコット! 奴が!?
『魔法少女の制御を奪い、かつての革命軍に武器を流し、それを率いた一人。……最悪の自由時代を齎した元凶。諸悪の根源さ』
意識が薄れていく。
視界の端、駆けてくる救護班がぼんやりと見える。
『フリューゲル共々殺したはずなんだけど……どういうカラクリか、生きてたみたいだね』
あいつが。あいつが!
かつての、裁断された記憶の向こう。
リツの、あったはずの人生。
そして死んでいった人々全ての仇!
「……ぜっ、たいに、ころして……やる……」
ふらつく視線が、最後に線路のはるか彼方を見据え……リツの意識は、ぷつんと途切れた。
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