魔法少女ディストピア☆クラウン
巳知外 竜世
01話 ディストピア
少女、
切れ長の冷たい目に、整えられた黒いウルフカットの髪。纏う衣服は、兵士用に支給されるコンバットスーツじみた量産服。自分で見てもそうと思える仏頂面と数秒見つめ合い、リツは焦点を映る己の向こう、広がる都市の夜景へと移す。
昏い都市だ。
並び立つ摩天楼。巨大な工場プラント群。縦横に交差するリニアのレーン。
都市を照らす人工太陽の光は本物に及ぶべくもなく弱く、空は黒い天蓋の如く晴れることのない暗雲……死傷黒雲に閉ざされている。
何よりも目立つのは、過剰なまでの監視カメラと、その視界を映す無数のモニター。
支配者の目が張り巡らされ、人々はいかなる時も背中に視線を感じながら生きている。
「……だから、反乱を?」
半身で振り返り問いを投げた先にいたのは、フードを下ろした男。都市迷彩の服は埃や煤に汚れ、清潔とは言えない様相だ。
「そうだ。この都市は間違っている。……君もそう思うだろう?」
答えず、リツは再び窓の外へ目をやる。
視線の先にあるのは、全高約2kmの超巨大建造物。疑似太陽を保持する装置を頂点に備えたそれが、この国の支配者の居城である。立ち並ぶビル群と比べても遥かに大きいその威容が、支配者の力、そして権力を表しているようだった。
「誰もが、自由に、明るく生きる。そんな国を自分たちの手で掴み取るんだ。権力者に集中している富を分配すれば、みんな日々の生活に余裕ができる」
「……確かに、そんなことができたとすれば暮らしは豊かになるでしょうね。……日々の食事は決められた配給食。職に就かないことは許されず、割り振られた仕事をこなすことが強制される。あらゆる娯楽には検閲が入り、監視カメラが常に都市を見張っている。……ええ、確かに自由のない管理社会そのものです」
今の日常はお世辞にも楽しい暮らしとは言い難い。鬱屈と広がる暗雲のように、日々は薄暗く、息苦しい。先の見通せない閉塞感が、この都市にはずっと漂っている。
「だから、この都市を解放しようというわけですか」
支配者たる――、
「『魔法少女』の手から」
ちら、とモニターの画面端、時刻表示を確認する。
……ちょうど、時間だ。
パッ、と、全てのモニターが映す映像が一斉に切り替わる。
リツが今いる通路の上部に備え付けられたものも、ビルの側面から街灯の下、そして国家運営局の壁面、一つ一つが巨大なモニターを繋ぎ合わせて作られた、非常識な大きさのそれも。
真っ黒な背景に浮かび上がったのは、目を模した国家運営局のシンボルマーク。
ロゴが消え、舞台の幕が上がるように映し出されたのは――。
昏い衣装に身を包む、一人の少女。
魔法少女ディストピア☆クラウン。
無数の機械で都市を睥睨し、人々を、その生を掌の上でコントロールする絶対者。
この国を支配する、超越者。
『やっほー! ディストピア☆クラウンだよ! “絶望郷に希望あれ”! 国民のみんな、いい夜を楽しんでるかな?』
キラキラキレイな王冠被って、涙のペイントをほっぺたに。服はいつもどおり、藍色と紫色のカッコいいタキシード。ピエロの服みたいな、斜めのチェック模様が楽しげだ。お手玉するのは拳銃で、真っ黒な夜色の髪がさらりとたなびく。マゼンタと水色、ビリジアンと山吹色、カラフル虹色メッシュがぴょこんと揺れて、にっこり笑顔でみんなにピース!
ポップで可愛いアニメーション。みんな大好き、クラウンの処刑ニュースのお時間だ!
『まず最初に嬉しい報告! 国軍のみんなが、反乱軍を名乗る連中のアジトを一つ制圧したよ! そこにいた構成員は一人残らず全員検挙!』
わぁい!と両手を上げれば、牢屋を乗せた列車さんが捕まったわるものたちを連れてくる。急ブレーキをかけて止まれば、あらら、わるものたちが勢い余って倒れちゃった。
ほら、列車さんもちょっと申し訳無さそうにしてるけど、気にしない気にしない。
だってわるものたちも、みんなニコニコこんなに笑顔! でも万が一逃げ出さないように、やってきた役人さんが見張っているよ。
『これでみんなの生活を脅かすものが一つ減ったね! いやぁいいことだ! 次の配給食にデザートを追加……え? ダメ?』
おっと、厳しい顔の役人さんが、手を突き出してストップ。スイッチ押したら、ほわほわ吹き出しの中のデザートが落とし穴に落ちていく。がーん。
がっかりしちゃった。でもぶんぶん首を振って、顔を上げれば元通り!
『残念ながらデザートはおあずけだけど、落ち込んじゃダメ! みんなで頑張って、もっと絶望郷をよくしていこうね!』
すいーっと輪っかになった縄が降りてきて、ニコニコ笑顔のわるものを運んでいくよ。まるでクレーンゲームだ。足をジタバタさせて楽しそう!
おや? 縄が足りなかったかな? まだわるもの達が残っているよ。それじゃスイッチポチっとな! わぁ、床がベルトコンベアに変身だ! どこかに運ばれていくよ!
『アジトになっていた区画は再整備の時に組み込むから、それまでは空き地だね! 何を作ろっかな~? やっぱりみんなが喜ぶものがいいよね! 食料生産プラント? 娯楽施設? それとも……悪いやつらを閉じ込めて働かせる収容所?』
うーんうーんと頭を捻る。どれがいいだろう? ハンバーグや果物、本にゲーム機、手錠に牢屋。色んなものが浮かんで消えて、浮かんで消えて。列車さんも、厳しい顔の役人さんも一緒にみんなで考えよう!
『うーん、カメラとモニターの工場とか、鎮圧兵器の工場とかでもいいかもね! どれも捨てがたいなぁ! 決まったら国営放送で伝えるね! 楽しみに待ちたまえー!』
パチパチパチ! 拍手と一緒に、クラウンのスタジオも模様替え。列車さんも役人さんも、ひとまず出番はここでおしまい。手を振って舞台裏へ、また今度!
『お待ちかねのお楽しみはまた最後! それじゃあ、今日の生産統計から行ってみよう!』
――二年前、この国は魔法少女に支配された。
絶望郷の道化師と名乗る彼女が都市の全権を掌握し、国民の全てが監視下に置かれている。
その象徴とも言えるのが、毎日必ず放送される、この『処刑ニュース』だった。
可愛らしいポップな絵柄のアニメーションであるが、その内容はクラウンによる情報通達。
そして番組の最後には、決まって反逆者の処刑が行われる。
「……そう。この都市を支配している彼女を打ち倒し、人々を解放するんだ。あんなわけのわからない存在が好き放題しているのが良いはずがないだろう。僕たちの手で明るい未来を作るため、戦わなければならない」
忌々しげに、吐き捨てるように言う男。反乱軍を捕縛した、とニュース内でクラウンは言った。仲間が捕らえられたと聞けば、その反応もむべなるかな。
『生死統計だよ! 今日は一六〇九人の国民が空に旅立ってしまったよ……しくしく。かなしいね。これが死亡者一覧だよ』
ずらりと流れていく人名。テロップの流れる横で、ハンカチで涙を拭うクラウン。
しばしその様相が続いた後、パッと画面が明るく切り替わる。
『では次にお誕生日の時間! 今日は八八九人の赤ちゃんが誕生したよ! ハローワールド! ハッピ~、バースデー! そして、ウェルカム、ディストピアっ!』
男が忌々しげに、この国の支配者を睨みつけた。絶望郷の道化師はなおも明るく笑っている。
リツの視線に気づき、男は慌てたように表情を戻した。
「君のご両親も革命軍に所属していたと聞いている。両親の遺志を継いで、この国をよくするために、我々反乱軍に協力してくれないか?」
「…………」
リツは一度目を伏せ、ちらと視線を動かす。
――通路の両側。男。モニター。窓の外。監視カメラ。
問題ない。
「……確かに、興味はあります」
「そうか! なら、僕らと一緒に来てくれ。歓迎……」
ダァン!と響く破裂音。
崩れ落ちる男。
「そうですね。とても興味があります」
仏頂面を嫌悪と喜悦に歪ませて。
「私があなたを捕らえれば、反乱軍がどれだけの痛手を被るのか!」
突き出された鈍色は、煙を出す捕縛用の
電流により全身を痺れさせ行動不能にする銃弾が直撃した男は、床に這いつくばり信じられないものを見る目を向けてくる。
ふん、と鼻を鳴らし、リツはトッ、と小さく後ろに下がった。
ピュン、とコンマ数センチを光弾が飛んでいく。
「なっ、避け……」
思わず漏らされた声の方向に、素早く二射。
リツのいる通路を横棒とした、H字の構造、その右側。
予想はしていたが、やはり他にも仲間がいたようだ。
痙攣し倒れ込む男の横にもう二人。銃口はぴたりとこちらに向いている。
倒れた仲間に目をやり、苦々しく言う男。
「大人しくついてきてもらおうか」
「今どきのレジスタンスは誘拐もするんですか。ご立派な正義ですね」
言い終わる瞬間、屈んで再び銃弾を避ける。
そして低姿勢のまま斜めに飛び出し、渡り廊下の壁を蹴って跳躍。
「狙いがつけられ……!」
苦し紛れに、右の男が放った銃から網が広がった。ネットガンだ。
だが上方に誘導した網を、リツは着地と同時スライディングで難なくくぐり抜ける。
そのままバネのように飛び上がり顔面に膝をお見舞い。
空中で身を翻し、麻痺弾を一発。もう一人も崩れ落ちる。
着地し、一息。膝蹴りで昏倒した男にも撃ち込むのを忘れない。
パルクールじみた動きで二人を行動不能に追い込んだリツは、些かも息を乱していない。
男のつけるインカムに手を伸ばす……フリをしてバックステップ。
再び目の前を通り過ぎる光弾。曲がり角へと引っ込み、ちらと様子を伺う。
渡り廊下の向こう側、反対側から顔を出した三人がパラライズガンを撃ち、味方の射線に入らないよう走って距離を詰めてくる二人。
(戦力の逐次投入は愚策でしょうに。ありがたいことですが!)
足音に紛れ、カン、と何かが投げ込まれた音。
それを確認もせず、全力で退避。
遅れて、バヅン、と電流の爆発が起きた。
電流グレネードまで持ってきているのか。対機械兵器用の榴弾で、間違っても捕縛用などではないのだが……まあいい。危険なのはこれだけ。如何様にも対処できる。
ジグザグに走りながら、跳躍にスライディングを織り交ぜ、狙いを躱しつつ発砲。
多少人数が増えた程度では何ら障害にならない。瞬く間に全員を無力化し、縛って引きずり、放り投げて固めておく。ついでに、電流グレネードをいくらか拝借しておいた。
「ど、どうし、て、ことわっ……た……?」
最初に昏倒させた男が意識を取り戻し、問いかけてくる。体は未だ痙攣したまま。唇の動きも震え、酷く聞き取りづらい声に対し、リツは愉悦を隠しもしない。
「ハッ、私は絶望郷国軍学校の主席ですよ。逆になぜ応じると思ったんですか?」
くるり、と捕縛用拳銃を弄びながら、嘲り混じりに一言。
両親の来歴を知れる程度の情報力があるならすぐに分かるだろうに。
まあ、知らされていなかった可能性もある。こんな往来で声をかけてくる時点で末端の尻尾に過ぎない。捕らえたところで反乱軍も大して影響を受けたりしないだろう。先のセリフは挑発と憤りを込めた返礼に過ぎない。
「蛙の子は蛙だと? 浅はかな考えですね。物事の一面だけを見るからそうなるんです」
両親の遺志を継いで? よくもそんなことが言えたものだ!
「内乱扇動、反国家組織への勧誘、所属の自供。絶望郷国軍学校生徒権限において、あなた達を拘束します。すぐに連行しますから、もう少し寝ていてくださいね」
コツコツと頭を靴先でつつく。
コートの内側、ベルトに固定された端末を起動。ネットワークを介し犯罪者の拘束サインが中枢へ飛ぶ。じきに機械兵士と国家憲兵がやってくるだろう。
「いやぁ、まさかこんな機会が巡ってくるなんて思ってもみませんでしたよ。捕縛対象の方からノコノコやって来るなんて! 私に捕まるためにご足労いただきありがとうございます!」
国軍学校に入り、国家憲兵を志すのも、己の手で造反者を捕縛したいがためだ。降って湧いた幸運に心が躍る。
リツはまだ学生。光栄にも主席という評価を貰ってはいるが、まだ訓練中の身だ。
こんな機会早々ない。大規模な鎮圧作戦に組み込まれることはなく、道化師が見張る中、犯罪などそう起きはしない。実習としての哨戒任務中、一度だけトラブルに遭遇した程度。
「ふふ、休日の最後に特大のラッキーがありましたね。収容所で己の間抜けさを実感しながら惨めに暮らしてください。その前にキツい尋問があるでしょうが」
ニヤニヤと意地悪く煽る。ペンか何かで顔に落書きしたい気分だ。
『次はお天気情報! 明日は汚染雨が降るよ! みんな携帯型アンブレラフィールドや防護服の用意を忘れないようにね! 忘れたら雨に打たれて皮膚がドロドロになっちゃうぞ!』
ピクトグラムのアニメーションが雨に打たれて溶けていく。その横にいる防護服のピクトグラムは、でろでろと溶けていく相方に驚いた様子で飛び上がる。
うわ、汚染雨か……。旧時代の酸性雨など比にもならない災害だ。思わずげんなりしたリツは、再びか細い声が聞こえ視線を戻した。
「……なぜ、ディス、ト、ピアに……従、う」
「……アホくさ。絶望郷の臣民だからに決まってるじゃないですか。法律は遵守するのが当然でしょうに」
「都市を……解放、すれば……全てが……よく、なる……のに……」
一つ覚えのように同じことを繰り返す男に、リツの苛立ちが募っていく。
この男は、そんなにも絶望郷の一員として役割を全うするのが疑問なのだろうか。
「ねぇ、それは本気で言ってるんですか? ……本気で言ってるんでしょうね。これだから貴方達のような考えなしは嫌いなんですよ!!」
愉悦はふつふつと煮えたぎる怒りに変わる。
リツはとんとん、と頭を指すジェスチャーと共に怒鳴る。
「もう一度その足りない頭で考えてみてくださいよ。仮に反乱が成功して、魔法少女を打ち倒したとする。じゃあ、魔法少女の力で補っている電力はどうするんですか? この国の魔法少女に頼らない電力自給率は2%ですよ?」
魔法少女の力がなければ、ごくごく乏しい電力でどうにか賄わなければならない。だが発展した科学文明は電力に依存しきっている。そんな状態で維持できるわけがない。
「太陽が差さない中、気温はどうやって維持するんですか? これだって魔法少女の力です。無くなれば全員凍死待ったなしですが」
空を塞ぐ死傷黒雲のせいで、世界は永遠の冬が続く。魔法少女の力が無くなれば暖房をフル活用する必要があるが、当然莫大な電力を使う。先の問題と合わせて非現実的だ。
「ああ、この国の政治がどうやって回っているのかは流石に分かりますよね? ちょうど今ニュースに映っている方がいなくなったらどうするんです?」
そして立法、司法、行政全てをたった一人で回しているのが、ディストピア☆クラウン。彼女がいなくなった瞬間、この国は破綻するだろう。
「で、これを魔法少女なしで全て解消できる画期的な策があるんですよね?」
あるなら言ってみろ、と強い口調で問いかければ……男の目に迷いが浮かんだ。
そんな都合のいいことはないと理解したのだろう。
「やっぱり何も考えていなかったんですね。つっかえない。そんな程度の認識で何をするつもりだったんですか? 愚か者と書かれたプレートを首から下げて、ガラスケースに入って展示されていてください。笑い者として多少の役目は果たせるでしょう。……ああ、『それでもきっと反乱軍のお偉方が何か考えてるはずだ!』 なんて見苦しい逃避するの止めてくださいね? 笑っちゃうので」
軽蔑の言葉を吐きかけ、リツは視線を再びモニターに向けた。
国民に監視されていることを意識させるため。道化師の目に死角はないと示威するため。監視カメラの視界は、常に近辺のモニターに映し出されている。そのはずだ。
だが、そこには何も映っていなかった。
……そう、何も。
カメラの先にいるはずの己すら映っていない。機器の故障? 映像のラグ? だが周囲全てのモニターが一斉に不具合を起こすとは考えにくい。故にこれは、敵の妨害工作だ。
まだ何かある。
来ないなら、隙を見せて誘うだけ。
……さぁ来い。いつでも――。
――と、視界の端に何かが映った。
「“亡霊のパルチザン”」
呟かれたのは、祝詞めいた、呪文めいた言葉だった。
それが耳朶を打つ前に、リツは第六感の告げるままその場から飛び退く。
ガラスが砕ける、つんざく破砕音。
強固なはずの金属壁に突き刺さるのは、薄紫に淡く光る槍だった。
視線を巡らすと同時、構え撃ち放つ。
窓の外へ飛んだパラライズガンの弾は、しかしバチ、と霧散する。
そこに浮かんでいたのは、場違いにも思える少女だった。
槍と同じ、薄紫のふわりとした衣装。しかしどこか喪服にも似たそれを纏い、頭の上に浮かべるのは茨じみた棘を象る光輪。背に浮かぶ、翼のように見えるのは槍の群れ。顔は仮面で隠されていたが、その下からは憎悪の感情が漏れていた。
「……本当に……」
ぽつりとこぼれたような言葉に疑問が浮かぶ間もなく、ぞ、と特級の危機感が背を撫でる。
可憐な見目、優美な衣装から放たれる圧は、死神にも酷似する。
魔法少女だ。
ここはディストピア☆クラウンが作った、魔法少女が支配する国。
……だがそれは、全ての魔法少女が支配者側であることを意味しない。
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