ミントの葉
マツダセイウチ
第1話
私の家の近所に小さい川がある。桜やら梅やら菜の花やら色んな植物が植えられていて、そこの土手がお気に入りのウォーキングコースだ。
土手の近くにはハーブ園がある。ハーブはとても強い植物らしい。ハーブ園ではちゃんとプランターに植えられているにも関わらず、ハーブ達は日本古来の雑草達を押し退けて土手のウォーキングコースにまで勢力を伸ばしていた。だから私は時々料理などでハーブが必要になるとそこへ行き、適当にむしって家で使っていた。
ある日、ハーブの土手でミントの大群を見つけた私は、それらをミントティーにすべく採集に励んだ。道の近くは犬がオシッコをかけている可能性があるため少し奥まったところのミントを集める。余談だがミントティーにはドーパミンの分泌を促進する作用があるため、やる気が出ないときに飲むと効果的である。
摘み立てのミントの葉を指先ですり潰す。爽やかなレモンのような香りがした。そこで私はこれがミントではなくレモンバームだということに気がついた。葉が似てるので勘違いをしてしまった。この香りは昔嗅いだことがある。一体いつだったか…。それがきっかけで思い出したことがある。私自身忘れかけていた遠い昔の記憶である。
昔、祖母は植物を育てるのが好きで、それほど広いとはいえない庭で沢山の植物を育てていた。その中にハーブもあった。タイムとレモンバームだ。幼い私はレモンバームの匂いが気に入り、手のひら一杯にレモンバームの葉を摘み、家に持って帰った。だが使い道が分からず、取りあえず何かの景品でもらった小物入れにぎゅうぎゅうに詰め、学習机の引き出しの奥にしまった。そしてそのまま存在を忘れ、2年が経過した。
ある日私は引き出しの整理をしていて、奥の方に例の小物入れを発見した。そして2年前、生のレモンバームを小物入れに入れてそのまま放置していたことを思い出した。
私は戦慄した。中に入っているのは何の処置もしていない生の葉っぱだ。とんでもないことになっているに違いない。私はこの小さな小物入れの中に広がっているであろう惨状を思い、一瞬見ないふりをしようか迷った。だが意を決して開けてみることにした。
小物入れを机に置き、なるべく手を伸ばして遠くから恐る恐る開けてみた。
カビがルンルンしていたり、謎の気持ち悪い虫が飛び出してくるのを覚悟したが、小物入れの中は乾燥して茶色くなった葉っぱがあるだけだった。
虫やカビはなさそうで安心したが、まあ間違いなく腐ってはいるだろう。そう思って鼻を近付けてみた。すると驚くことに紅茶のようなとてもいい香りがした。どうやら密閉されて冷暗所に放置していたせいで上手いこと腐らず発酵が進み、紅茶のようなものが偶然出来てしまったらしい。レモンバームと私の収集癖と怠惰な性格が生んだ奇跡だった。私は世界各国の食文化はこうやって偶然生まれたものなんだろうと身を持って体感することとなった。ちなみにその茶葉はのちほど捨てた。
妙なことを思い出したものだ。私は手の中のレモンバームを見つめた。あの奇跡をもう一度再現したいような気がしたが、2年も待つのは頂けない。私は面倒臭いことが大嫌いだった。それに私が欲しいのはミントであり、レモンバームではなかった。私は摘み取ったレモンバームを草むらに放り投げ、もと来た道を歩いて帰った。
ミントの葉 マツダセイウチ @seiuchi_m
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