隣の席の漏れそうな小守さん

桜井正宗

第1話 隣の席の小守さん

 隣の席の女子『もり まりえ』は、いつも我慢しているような表情だった。

 つい最近まで気にならなかった。

 けれど普段は無関心の俺でも、さすがに気になり始めていた。


「……………ぅ」


 小守さんは、涙目でになってお腹を抑えていた。なんか苦しそうに声を振り絞っているし、腹痛なのかな。

 いや、それは違うような、震えと苦痛と快楽の間の表情だ。


 まて……小守さん、妙に興奮気味な気が。いやいや、そんなわけがない。気のせいだ。

 彼女がそんな性癖をもっているはずがない。俺は自身の考えを否定した。


 そして、これは小守さんを守らねばならないと思った。


 だから俺は授業中にも関わらず、挙手した。



「せ、先生……!」

「ん、なんだ? 霧島」

「小守さんの体調が悪そうなんです。保健室へ連れていきます……!」

「そうなのか」


 先生は、小守さんに確認を取る。びっくした表情の小守さんは、赤面して涙目だった。……違うんだ。俺は君を名誉だとかいろいろ守りたいんだ。分かってくれ。


「…………わ、わたし」


 ダメだ。小守さんは混乱している。

 このままは彼女があまりにも可哀想だ。

 万が一。

 万が一にも漏らしてしまったら大変だ!!


 俺は小守さんの腕を掴み、教室の外へ連れ出した。


 クラスメイトはヒソヒソとなにか怪しんでいたが、そんなことはどうでもいい。俺は小守さんを守りたいんだ……!


 廊下に出て、そのまま女子トイレへ……。って、今更ながら俺、ヘンタイすぎだな。小守さんに嫌われても仕方ないぞ、これは。あぁ、クソッ!



「……ご、ごめん」

「……霧島くん、なんで」

「辛そうな表情だったから……助けた」


 正直に打ち明けると小守さんは、ますます赤面していた。か、可愛い……じゃなくて、これはマズイ予感。

 俺、やっちまったかなぁと後悔しながら頭を押さえていると、小守さんはモジモジしながらも頭を下げた。



「ありがとう、霧島くん。今日は・・・本当に限界だったから……助かったよ」

今日は・・・?」

「え、いや、あの……違うの! こ、こ、これは……その。いつも我慢しているとかじゃなくて! あぅ……もう限界」


 小守さんは死にそうな顔をしながら、トイレへ。

 我慢……していたんだな。


 ここは一旦離れた方がいいなと考え、俺は距離を取った。


 しばらくすると小守さんが戻ってきた。


「大丈夫?」

「うん……。でも、とても恥ずかしい」


 両手で顔を覆う小守さん。

 ですよね。

 俺も同じクラスの女子をトイレに連れていくという行為に、今更ながら馬鹿なことをしたと思った。ここは普通、別の女子に頼むべきだった。

 でないと色々勘違いされちゃうだろうし。……いや、今更か。


「本当にごめん。セクハラで訴えられても弁解の余地はないな」

「いいのいいの。我慢していたわたしも悪いんだし……」

「でも」

「気にしないで。それにね、霧島くんに話しかけられて嬉しかったんだ」

「え……」

「ほら、隣の席なのに少ししか話したことなかったし」


 そうだな。同じクラスになってから、授業のことで多少話す程度だった。けど、意外だったな。小守さんが俺と話したかっただなんて。


 嬉しいけど、ここに留まるのは危険だ。


 先生にバレたら言い訳できない。

 となると保健室へ向かうのが無難だ。


 俺は、小守さんを連れて保健室へ。


 部屋に入ろうとすると、なにかパンパンと物音が聞こえた。


 え……なんだこの弾けるような音。つい最近、動画で耳にしたような。


 ま、まさか!


 扉の隙間から覗くと、ベッドで保健の先生であるいわ はる先生と知らない男子生徒が交わっていた。


 お、おい……冗談だろ……?


 俺と岩井先生は、密かに付き合っていた。

 半年前からの仲でとてもよくしてもらっていた。


 美人でモデル体型で、男子生徒から人気の岩井先生。俺だけを特別扱いしてくれて、最近はずっと恋人のように接してくれていたのに――。


 そんな、そんな……!!


 誰だよ、あの男!

 岩井先生……なんで。


「……くそっ」

「どうしたの、霧島くん?」

「……実は俺と保健の先生は付き合っているんだ」

「え!」

「でも、中を見てごらん」

「う、うん……きゃ! ウソでしょ」


 小守さんは顔を真っ赤にして両手で口を塞ぐ。女子には刺激が強すぎるよな。すまん、でも現実を見せたかった。嘘をつきたくなかったからだ。


「ここにはいられない……。どこかへ行こう」

「霧島くん……。うん、わたしがついているからね。一緒に行こう」

「ありがとう、小守さん。優しすぎでしょ……」


 俺は思わず涙が出た。

 こんな巻き込むみたいなことしたのに、怒らず俺についてきて励ましてくれる。

 小守さんは天使なのかもしれない。いや、天使だ。

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