「この一分に命を賭けろ」


 “騎士”。1900年代以前まで絶対的戦力として扱われていた“魔法使い”を……莫大な量の広域火力魔法群を展開し戦場を支配する者達を、あっけなく凌駕した存在。各国家が保有する最強の戦略兵器。主に【強化】魔法に特化した者達として知られ、あまりに極め過ぎた【強化】魔法がもたらす戦闘速域は常時亜音速以上。速度という最強の物理法則によって敵地を強襲、一切の魔法展開を許さず何もかもを破壊する、死を撒き散らす者。

 単体で戦略兵器として扱われる“騎士”が、今この場には3名・・いた。

 内2名の男達は、敵対する少女──“魔王の騎士”ローロ・ワンに向けて、左右から挟み込む形で接近、その頭上へと剣を振り落とす。

 彼らの速度は距離を詰めるための移動時点で既にマッハ5に到達していた。


「──」

「──」


 極超音速域で叩き落される斬撃二剣。

 剣が触れるまでもない、その豪速が生み出す周辺空間への影響だけで物体の全てが破壊されるに足る。

 しかし少女は、一歩後ろへ下がることで斬撃を回避して見せた。


「    」

「    !」

「 !?」


 言葉はない。

 音でさえ遅い。

 人体が五感によって得た情報を、脳が処理し、人体へ反応として返すことすらまだ間に合っていない。

 しかし“騎士”二名は、極超音速域に悠々と追従してみせた少女に、明確な驚嘆の意志を発し。

 更に・・

 ローロ・ワンが右手に持つ剣を、左右から振り落とされた剣の丁度交点に向けて被せる形で叩き落す光景に、反応を許されなかった。


「……!」


『   ! ! ! ! !』──鼓膜を打ち潰すほどの衝撃音が辺り一面に広がり、瓦礫の束が外縁に向かって更に吹き飛んだ。

 そのようにして出会い頭の攻防は決着する。

 1秒という生物においては極めて短い時間流の経過と共に、ローロの剣は“騎士”2名の剣を強引に上から抑えつけるという結果を見せつける。

 少女は淡紫の瞳を左右に立つ“騎士”達へと交互に向けた。


「無意味な破壊はしたくありません。場所を移します」

「ッ……」

「……ああ。同意する」


 “騎士”の片割れは剣を振り解けない事実に歯噛みし、もう一方は冷静に頷いた。その同意をもってローロは剣を外し、──即座に【強化】によって直上へと跳んだ。

 ローロが選んだ“騎士”同士の戦場、それは標高1000mを超す対流圏の境目だった。周辺には何も無く、“騎士”の巻き起こす余波的影響の心配もない。【強化】魔法を構成する内の一種、【反作用点生成】によって空に立つローロへと、“騎士”2名は即座に追従──。

 青ばかりが占める大空。

 地平線の先まで見通せる世界。

 ローロ・ワンの強化された視覚は、マッハ5以上の速さで空へと駆け上り、そのままの勢いで構えた剣と共に突進する2名の騎士が映る。

 愚直なまでの直線的攻撃。

 一方をかわしても、少しだけタイミングをずらして同じ構えをするもう一方が追撃してくるはずだ。


「……」


 少女は一歩踏み込む動きと共に右手の剣を叩き込む。

 狙いは突進によって近接する剣の腹。

 単純な理由として、マッハ5よりもマッハ15の方が三倍速いのは自明の理である。物理法則同士の衝突において、勝ったのはローロ・ワンだった。──だから“騎士”の持つ剣があっけなく砕かれ、虚を突かれた男のわき腹に少女の回し蹴りがぶち込まれる。

 更にその回転の勢いのまま、ローロは軌道を変えて突撃してくるもう一方の“騎士”をかわして見せた。


「──あのガキ本当に人間か……!?」

「だから侮るなと言った!」


 腹部に蹴りを叩き込まれた方の“騎士”が、口から決して少なくない量の血を吐きながら吠える。援護の形でその傍まで後退する片割れの方が言葉を返し、二人は即座に体勢を立て直した。

 そもそもが極超音速域にまで加速可能な【強化】魔法を扱える時点で、並みの“騎士”ではない。まず間違いなく世界中を見渡しても十本の指には入るほどの強者達だ。


「まだいけるな」

「当然だろ」


 先の蹴りで間違いなく内臓にまで深い損傷を負ったはずの男は、口端の血を拭うと、砕けた剣をそのままに構えた。

 この二人は覚悟が違うな。

 明らかに勝っているのはこちらの方だというのに、何一つ諦めていない。これは何かを待っているのか──ローロはそう判断する。

 警戒する中、男達が再度突進を開始。──直後。


「!」


 背後から裂帛の吐息。

 なるほど、三人・・目の・・騎士・・。【迷彩】などの攪乱系魔法で潜んでいたのだろう。

 視界を巡らせる必要もない。

 恐らく背中に向けて剣が振り落とされようとしている。

 ローロ・ワンが受け持つ判断機能は冷徹に状況を理解し、即座に【推進】魔法を複数展開した。【強化】魔法を構成する内の一つである【推進】魔法は、【強化】魔法のような人体保護魔法の展開を行わない分、単体で展開する際の魔力変換工程が少ない。そして、ローロ・ワンの魔力操作技術は比肩する者がいない程に『速い』──少女より速い魔法展開速度とはつまり、超光速・・・のみである。

 もはや人体には達成不可能な領域で、ローロ・ワンは自身の各関節域へ【推進】魔法を展開・実行した。それを悠々と叶えるだけの魔力が今のローロにはあった。


「────」


 少女の肉体は全身に付与された【推進】魔法によって凄まじい機動を始めた。その各関節は人体稼働の範囲でありながら、【強化】とは別種の強引な軌道を描き。結果として一切の準備動作なしでの宙返りを実行する。

 瞬間的に背後を取られた三人目の“騎士”が、裂帛の吐息を、驚愕一色に染めるよりも速く──ローロはその背中に剣を振るうが。


「そう簡単にはいかねえよ……!」


 先ほど蹴り飛ばした“騎士”が、剣身の半ばで砕け散った剣でローロの斬撃を受け止める。瞬時に少女は後方へと引き下がり距離を取った。男は一歩踏み込み、砕けた剣を全力の咆哮と共に振るう。それを弾きつつ、急襲を仕掛けた騎士が悔し気に呟くのが聞こえた。


「すみません……奇襲、失敗しました……!」

「気にするな。波状攻撃の手を緩めるなよ」

「はい!」


 後方の“騎士”二名が一斉に魔力放出を開始する。魔法として展開される前の魔力、『物質らしきもの』、無色透明の『霧らしきもの』。魔法戦において魔力放出は『これから魔法を使用する』という意志表示を敵対者に知らせてしまうため、基本的に魔力放出から即座に魔法展開を行うのが基本戦術セオリーだ。

 そんな最適解をかなぐり捨てて魔力放出を行うという事はつまり、セオリーを守る余裕すらないという事。


「……」


 “騎士”が関与する戦闘は基本的に3秒で終わる。

 何故なら亜音速以上まで加速可能な人体が振るう剣は3秒もあれば敵を殺せるからだ。

 そんな“騎士”が3名、連携を取って殺意を向けている事実。経過時間は戦闘開始から既に6分を超えた。この時点で通常の“騎士”は敗北を理解するはずだ。“騎士”相手に一切の劣勢を見せず対応し続けているローロ・ワンに対し、何故彼らは撤退という選択を捨てているのか。あまつさえ最大出力だろう魔力放出さえして、ローロの体を休ませることなく波状攻撃を繰り返す意味──。


「残り1分です!」


 やはりそうか。

 三人目の“騎士”が叫んだ言葉に、ローロは理解する。


「あと60秒──長すぎるだろが!」

「この一分に命を賭けろ」


 彼らが狙っているのは時間切れだ。ローロ・ワンが現在も放ち続ける直径20m分の魔力量が尽きる時間を、攻めて攻めて攻め続けることで耐え忍ぼうとしている。

 知っているのだ。ローロ・ワンが本来持つ魔力総量が手のひら大ほどの極少量しかなく、それを禁術によって補っていることを。自身の肉体を魔力に変換する魔法、【質量転換マスコンバート】──少女が選択した代償は両手両足の爪全て。消化時間は10分である。

 彼らが計る通り、魔力放出可能な時間は残り1分を切っている。そして【質量転換】を再発動するためには、代償とする肉体の選択と、消化時間の設定を発声によって行わなければならない。──つまり喋る暇さえ与えなければ追加の魔力放出はなくなり、ローロ・ワンは尋常の少女に戻る。


「騎士三人で包囲してこうまで圧倒されるなんて……!」


 ──残り48秒。

 明確な弱点を持つローロ・ワンに、“騎士”達の波状攻撃は止まらない。そしてローロもまた、“騎士”達に致命打を与えることが出来ないでいた。常に優位に立つローロ・ワンはしかし、殺人を避けていることが明白だったからだ。


「戦場においてそれは驕りだぞ、ローロ・ワン!」


 だとしても私は人を殺したくありません──。


「はッ! 俺らを殺さず勝てるってのか? ええ!?」


 ──勿論です。


「こんな子供が、“騎士”を舐めてくれる……!」


 ──残り29秒。

 下方から。

 上方から。

 前方から。

 一斉に“騎士”達が突進してくる。ローロの予測によれば、驚異的なことにその突進開始からローロ・ワン到達までは完全に同一である。もはや自身の命など何とも思っていない者達が見せる、死すら厭わない行い。完成された連携。少女はまず前方から迫りくる男への対応を決めた。先ほど腹部を蹴り飛ばした“騎士”だ、その怪我は決して無視できるものではない。その隙を突き、包囲攻撃を突破する──。


「────」


 しかしローロが突き進む眼前、男は突然剣を放り投げてきた。半ばで砕けた剣を左手で払う少女の前で、男が自由になった両手を大きく・・・広げる・・・。そして尚も突き進む。

 男の、ローロより二回り以上大きな体が、少女の視界を全て塞いだ。──突然の行いだ。しかし、ローロ・ワンが無手の相手に拘束されるはずがない。即座に【推進】で軌道変更を。





 悪いな、と。男が笑って喋った気がした。





 直後。ローロ・ワンが常時展開する索敵魔法は遠方から迫りくる膨大な量の熱を感知する。 

【発熱】による魔力の熱量変換、それを砲撃として利用する極めて単純かつ高威力な砲撃型魔法──“魔法使い”。遠方からの支援砲撃。四人目・・・。時間切れを狙っていたのはブラフであり、こちらが本命か。

 ──その時。

 ローロ・ワンの判断機能は選択を迫られた。

 視界を塞ぎ、行動しようものなら全力でそれを阻害するだろう目の前の“騎士”。上下から突進してくる“騎士”2名。彼らはローロ・ワンに向けて放たれた、推定直径50mを超す熱量の塊が直撃しても構わない気概でいる。恐らくこのまま時が進み続ければ、0.5秒ほどでこの場に居る全員は炭化するだろう。


 ・──『私は』『人を』『殺したくはない』


 そうとも。生体脳スレーブの感情は間違っていない。どのような選択であっても、メフトが──自身の主君が作った人的被害の存在しない平和を、ローロは崩したくない。私は私の望む世界を守るためここに彼女の騎士オヴィディエンスとして立つ。

 殺人忌避の感情を、ローロ・ワンは歓迎する。

 だから・・・





 ──・私は掌握し、私達と共に行くW e h a v e c o n t r o l





 少女の後頭部に、紫紺の輻輳円環が紡がれた。それは時という概念の中で言えば0.005秒で起きた出来事であり。

 演算型魔法群百京によって構成される絶対演算魔法【MOSマギマ】は稼働状態へ移行。

 膨大な処理能力を解放された『ローロ・ワン』は、100m角かつ厚み20mの壁を瞬時に【物質化】魔法にて創造。更にそこへ一万を超す防護魔法を展開し、砲撃型魔法に対する盾とした。

 そして時の進行は絶対の精度として突き進み続け──砲撃型魔法がローロの生み出した防壁に直撃、霧散する。 


「──な」


 目の前の男が驚愕の言葉を紡ぐ間を与えず、ローロは後方へ跳躍。上下から迫りくる突進さえもかわし、更に、砲撃から位置を割り出した遠方の“魔法使い”へと、複数種の砲撃型魔法ならびに拘束魔法を射出した。

 僅か1秒以下で起きた展開に騎士達が呆然と立ち尽くす中、ローロは明朗に言葉を紡ぐ。


「【MOSマギマ】、稼働状態への移行を確認しました」


 自身の後頭部で、紫紺の輻輳円環という形で顕現を果たした魔法。絶対演算魔法【MOS】。それこそがローロ・ワン最強の力であり、あらゆる手段の選択・構築・決定を叶える処理能力の塊である。


「魔法使い沈黙! 魔法使い沈黙! 拘束されています!」

「超遠距離からの精密魔法だと……!」

「さっきの【物質化】はなんだ! 展開速度が速すぎて反応できなかったぞ!」

「これは極めて単純な戦法ですが──」


 ──残り12秒。

 “騎士”達の言葉を無視して、ローロは【MOS】による処理能力を超多量魔法展開に割いた。

 そして吹き荒れるは攻性魔法8億・・


「────」

「──なんだ、これは」

「人間に出来る業じゃない……」


 高度1000mの空間を埋め尽くす砲撃型魔法、物質化系魔法、拘束系魔法、それらを認識阻害させる攪乱系魔法──世に存在するありとあらゆる攻性魔法が大空にはあった。その全てが、“騎士”達が再度態勢を立て直すよりも速い1秒以下で展開されていた。

 豪華絢爛。

 華やかに花開くは絶対的物量による空間飽和。

 億単位の魔法が生み出す莫大な光量を背に、銀色の髪の乙女は断言する。


「退避するための空間さえ潰すだけの物量の前には、“騎士”でも太刀打ちはできません」


 ──残り5秒。

 しかしその5秒が絶望的に遠いことを、“騎士”達は身をもって理解し。


「────撤退ッ!!」


 ──4秒。

 “騎士”3名は【強化】魔法の最大速力を持って退避行動を開始。


「【質量転換マスコンバート】」


 ──3秒。

 しかしそれを許すほどローロ・ワンは甘くない。


血液500mlサクリファイス


 ──2秒。

 “騎士”の一人が移動した先で攻性魔法のひとつが直撃、瞬時に拘束魔法によって四肢を束縛され、地へと落下していく。


消化0.1秒カウントセット


 ──1秒。

 更に“騎士”の一人は攻性魔法によって全身を強打され、失神。自由落下を開始。


「魔力放出、開始」


 ──0.05秒。

 撤退を決定した“騎士”は、しかしローロへと突き進む挙動を取っていた。1秒の後にはその全身に攻性魔法が殺到し、無力化させられるというのに。

 どこまでも諦めることのない行動。

 強い意志。

 “騎士”たるべきを体現するその様。

 ローロ・ワンは瞬間的に放出された魔力全てを【強化】魔法に変換し、男へと直進。

 その全速域は音という領域を超えて、もはや光速で判断すべき状態にあった。




 秒速1000km。光速の0.3%である。




 その速度で振るわれた剣は的確に男の剣を崩壊させ、同時に両腕を粉砕骨折。尚もローロ・ワンは止まらず剣の軌跡を捻じ曲げると、男の腹部めがけて剣を叩き込んだ。──防護魔法を剣に纏わせた状態で。

 結果として、少女は戦闘能力を失った騎士3名と共に地へと降下する。否、降下と言うよりもそれは線状の軌道を取った砲撃に近いほどの衝撃を秘めていた。

 そして、『議国』首都、かつての軍総司令部跡地へとローロは舞い戻る。落着の影響を徹底的な防護魔法によって防ぎながら。


「こ、ろ……せ」

「殺しません。殺しは、好きではありません」


 剣を叩きつけられるまま共に戻った騎士の男が呟くのを、ローロは首を横に振って否定する。

 ローロは既に【質量転換】による魔力放出を終えていたが、未だ【MOS】の展開状態にある。彼女が本来もつ魔力量であってもどのような状況にも対応ができた。


「──さて、調印をお願いします」


 天空での攻防を、拘束魔法によって逃げ隠れすることも出来ずに見守る他なかった国家代表の男へと、ローロは再度剣を突きつけた。


「このような荒事をすれば、国は荒れるぞ……!」

「ご安心を。私の主君は、没収した資産をこの国の復興と治安維持に当てるおつもりです」


 あなた達よりよほど正しい統治をします。

 そう言い切ったローロの後頭部にて、天使のそれにも似た紫紺の円環は回転を続けている。




 ◇




 その日、戦争は開幕し、その日、戦争は終結した。

 宣戦布告を行った『議国』代表者が調印した降伏文書によって。

 厳密に言えば僅が10分だけ行われた『国民なき国』と『議国』による戦争行動は、その極まりすぎた異常性から世界中を震撼させた。

 “騎士”3名が無力化され、更には“魔法使い”1名の支援攻撃さえ無力化させた事実。

 それより前に放たれた砲撃型魔法の全弾が軍事・政治的拠点すべてを精密に狙撃し、国家運営機能に甚大な影響を与えた事実。

 しかし人的被害はゼロであり、その後に訪れるはずの治安悪化さえ皆無だった事実。

 これら全てをローロ・ワンなる17歳の少女一人が巻き起こしたと、後に元国家代表の男は新聞記事にて証言している。




 “魔王の騎士”ローロ・ワン。




 その名を、個人で国を制圧可能な戦略兵器の台頭を、誰もが衝撃と共に知ることとなった。

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