【不死 VS 不死】 Act.7


 人間のものじゃない、低いうなり声。

 僕の目にはその禍々しい姿がはっきり見える。

 耳まで裂けた口、鋭い牙、暗い赤の目、逆立った髪。

 まるで魔物のように伸びた爪。

 危険を察するとたくさんのコウモリに分裂して避ける。

 攻撃する時はまた実体になって襲いかかってくる。

 分裂したコウモリは火で1匹残らず焼かないと。

 でなければ実体を焼く、聖剣で斬る。

 完全に実体の時に凍らせて、聖剣で斬る手段もある。

 僕がアイスブレスを使うと一瞬で空気が冷えるから、みんなにもすぐわかる。

『任せろ! 来い、ビリー、サン!』

『OK! 僕は右手を殺る!』

 9000度のファイヤーブレス。下っ端のヴァンパイアなんか一瞬で蒸発だ。

『凍らせる!』

 アイスブレスを使った一瞬後には、レオが飛び込んで来て聖剣でヴァンパイアを斬り捨てる。

 バルさんの魔法攻撃もすごい。僕も1300年で何人か見てきたけど格段だ。

 他のみんなもすごい。

 でなくちゃ一晩で2桁のヴァンパイアなんて退治できないからね。

 人間が攻撃の炎だけで敵を見定めて討つなんて、普通は真似できないよ。

『まだだ! 右に気配があるぞ!』

「——東水平3度。距離約700! 複数……3匹だ!」

「よーし、いっけええぇ!!」

「このままブチかますぞ! 動けない奴は無理するな!」

「この程度で戦線離脱するような間抜けはいねえよ、ここにはさ!」

 本当にタフなパーティだよ。

 僕の観測にすぐ反応して動く。

 速い。

 前に寸前のところでキングを逃がしたのが、本当に悔しかったんだ。

「カイリ、バルに回復。他は遭遇次第攻撃!」

 走りながらカイリがバルに魔力移動した。

 4才の猫でこの強さはありえない。本物の稀少種。

 みんなの魔法レベルもほんとに高くて、不安が全然ない。

『ルイ、左頼んだ!』

『任せて!』

 僕ら戦闘魔獣はバディに命を託し託される。

 半瞬の油断だって許されない。

 敵より一瞬前に動いて、完全体の状態で倒した。

 その間に他の2匹もパーティのみんなが。

「他には気配はどうだ?」

「感じないね……カイリは?」

『感じない。いたとしてもかなりの距離だ』

「カイリも感じないって。たぶんこの辺にはいないね」

「ん……少し南に歩いてみるか。日の出までまだある」

「で、ルイ様は血晶を手に入れたのかな?」

「下っ端だから、ちっちゃいよ。小指の爪の先くらい」

「じゃあ俺にくれ」

「みんなでパーティしなよ。金貨5枚くらいにはなるから十分飲めるよ」

「じゃあ明日の出陣前にギルドに行ってくる」

 大きなタウンだからギルドがあるんだよね。

 規模は小さいから大きな取り引きはできないけど。

「やりぃ、宴会!」

「だが翌日には残すな。私たちはガーディアンだ」

 みんな声をそろえて「おう!」って返事して。どんどん歩いて行く。

 カッコいいなあ、ガーディアン。

 もちろんバディのみんなも。

 アンデッド相手に戦うだけあって、本当にすごいよ。

『魔力減ってる奴はいないか?』

『お前はバルの大事なストックだ。俺たちのことは気にするな』

『そうだ。〝順番〟を忘れるな』

 カイリは戦死順位最下位の猫。敵のサーチ以外は攻撃にも参加しない。

 ただバルさんのためにだけパーティにいる。

 それは——。

『来た! 大物だ!』

「直進仰角7度、1匹、強い!!」

 駆けつけるまでもなく、向こうから飛びかかってきた。

 ものすごく素早いやつで危なかった。

 バルさんがとっさに魔法を使わなかったら全滅してたかも。

「助かったぜバル! 何度も助けられてきて感謝の言葉が思い当たらねえ!」

「まったくだ、本当にありがとう」

「いや、俺は自分の役目を果たしてるだけなんで」

 そう言って、ヴァンパイアが消滅した場所に行った。

「どうだ? 血晶」

「うん、100枚前後かな。ひとり15枚くらいになるかも」

 本当に善良。普通は自分の狩りの成果を頭割りにしないよ。

「そんな大金いいのかよ、ほんと」

「俺はみんなのおかげで生きてるんだ。当然のことさ」

 バルさんは戦闘魔術師として最低限の身体能力はあるけど、資質が極端に魔力に偏ってる。

 体術で1度落第して、卒業が危うかったって笑ってた。

 でも、この人は、これでいいんだ。誰だって得手不得手はあるよ。

「まだ行けるか?」

「おうよ! ガーディアンの名に賭けて!」

「名に賭けて!」

「俺たちの命より尊いもののために!」

「守るもののために!」

「俺たちは不屈!」

 ほんとに、毎日思うけど士気の高さと結束力がすごいんだよね。

 討伐数は問われない。

 つまり、何匹でも可能な限り討伐しろってこと。

 任務は〝町を平穏に保つこと〟だけど、要はヴァンパイアを駆逐しろって言われてるわけで、そのためにはノーライフキングの討伐が必要になる。

 正直に言うと、可能性は低い。

 僕もキングの強さは知らない、戦ってないから。

 だけどこないだ感じたあの一瞬の気配——恐ろしかった。

 1300年生きてて、あの日以来……殺された日に感じたものに匹敵する恐怖だった。

 たぶん、真正面からキングに向き合ったら、パーティは3分ももつかどうか。

 僕だってどうなるかわからない。

 敵はそれくらい、それ以上に強いんだ。

 そして、みんなわかってる。

 もしかしたら町はなくなるかもしれない。

 もしも消えてしまうなら、最後のひとりを見送るまでみんなは戦うんだ。

「しかし、どうしても不思議なことがある」

 デニーが口火を切った。

「何故あんな凶悪な魔物を天主様は放置なさるのか」

「確かに。あれこそ神罰の対象じゃないか?」

「ルイはどう思う?」

 レオが抱っこしてた僕に訊いた。

「僕はこう考えてる。あれはきっと天主様がお創りになったものじゃない。天主様はみんなに等しく命を授けるはずなのに、あいつは持ってない」

「言われてみればそうだな」

「天主様がお創りになったものじゃない。だから、どうにもできないのかも」

「じゃあ何であんな化け物が生まれたんだ?」

「そうだね、例えば、疫病か戦争か、何か大勢の人が亡くなることがあって、みんなが死にたくないって強く思ったとする。執念の塊ができて、あいつになった……とか」

「そうだな、執念には命はない。なら死ぬこともないわけか」

「万能の天主様であっても御手を出しかねる……もしそうなら恐ろしいことだ」

「仮説でしかないけどね、可能性はあると思うよ」

 夜明けまで任務を果たして、居酒屋で宴会になった。

 町民も夜は物騒で出歩けないし、明るいうちに飲むことが多いんだって。

 不真面目だなあ。天主様に叱られるぞ。

 でも冒険者のパーティは別。

 命がけで一晩働いたご褒美。

「今日の戦果に乾杯!」

「ルイに感謝だ!」

 みんなご機嫌。

 僕たちも魚でご相伴。

『ここの魚美味いよな』

『美味いって言ったらティアマトだろ』

『あれはね、ゆっくり煮込むとスープがトローッとして、身がプリプリで、塩以外の味なんかいらない美味しさなんだ』

『想像もつかねえ……スープ食いてえ』

『こうなるともう食うまで死ねねえよ』

『トローップリプリ……ハァハァ……』

 ほんとに食欲の権化だな、君たちは。

 僕が煽ってる部分はあるけど。

 でも本当に。

 みんなでティアマトのスープを味わえること、僕は願ってる。

 心から。

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