第30話 偉業の象徴
弥生時代の九州では当たり前の習慣が近畿地方では皆無であって、古墳時代つまり前方後円墳になって突然全ての近畿地方の大規模古墳から副葬品として「三点セット」が出土することになる。
これは「三点セット」が九州北部で定着していて、後に近畿地方へ伝播したことを物語っている。しかし副葬品では伝播しても三種の神器が「三点セット」になるのはまだまだ先であった。神武東征で神武天皇が即位した時は、鏡と剣の二種だけだった
しかも剣は草薙剱である。これは敗者の剣であり継承や即位には相応しくない。
これが即位に使われたのは、天孫族がまだ「三点セット」が意味することをよく知らなかったと思われる。三種の王器は南方系の習俗で北方系の天孫族には馴染みがなく、そんな概念がなく定着していなかったので長い間二種のままだったのだろう。
天皇家は、ずっと後になって南方系の「三点セット」を取り込んで他の氏族達の間の融和をはかった。三種の神器は南方系の文化と日本の文化を融合させたものなのだ。
日本は古代、多民族国家である。初め南方から何度も多数の民族が移り住み、後に北の朝鮮から何度も多数の民族が集団で移り住んできた。このようにバラバラにやってきた民族が、工夫して強調して共存するのは並大抵の苦労でなかった。古代異民族どおしは、対立するのが常識だった。そして異民族は戦って追い出すか滅ぼすのが常だった異民族が、共に暮らすのルールは古代はなく、非常識なことで多くの問題と軋轢をともなう困難な事柄だった。
異民族どおしの対立や疑心暗鬼を取り除き、恐怖心や疑惑、とまどいを緩和させ、風習やしきたりを認知して新しい秩序や習慣を構築するのは相当な努力と忍耐が必要だった。
現在においても、多民族国家は難しい。古代は異民族は対立することが当然で、一つにまとまった日本は世界の偉業を成し遂げたといっても過言ではない。
そして、その偉業の象徴が三種の神器なのだ。
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