第5話 お姫様

 朝から挨拶などをして、リルは今朝食兼昼食を食べていた。聖騎士たちは普段から、起きてからすぐ雑事を済ませこのくらいの時間に食事を摂るらしい。そして夕食を摂る。一日二食だ。

 

 リルは昨日に続き、美味しい食事に大満足していた。今朝のスープは新鮮な野菜とソーセージがたっぷり入っていた。あんまり美味しいので作った人にお礼を言いたいと言ったら、まだ来ていないらしい。

 料理人は街から午後にここにやって来て、夕食と朝食を作って帰っていくようだ。ついでに掃除と洗濯もしてくれると聞いてリルは驚いた。万能の家政婦さんだ。

 

 食事の後は、騎士たちの殆どが森を巡回に行くらしい。リルは今日はイアンとお留守番だった。馬に乗った騎士たちを手を振って見送る。

 ロザリンだけがリルの日用品を揃えるために、街に向かって駆け出していった。

 

 リルは靴が届くまでの間ずっとイアンに抱き上げられている。裸足で歩くのは危ないからと、その優しさがリルはとても嬉しかった。


「私は今日は何をすればいいですか?」

 イアンに運ばれながらリルは聞いた。リルの仕事はルイスの通訳をして森に異変がないかを聞くことだ。今日はルイスが森に行かないのでそれが出来ない。ならばどうしたら良いのだろう。

「そうだな、リルは朝リス達に森に異常はないかを聞いてくれただろう?あれでお仕事はおしまいでいい。ここで一番大切な仕事は神獣たちの住処を守ることだからな。何も無ければそれでいいんだ」

 

 リルはそれだけでいいのだろうかと考えた。リルの葛藤を悟ったイアンは、リルに提案する。

「残りの時間は勉強をしようか。今日はまだ急なことで教科書が揃っていないから、この国のことを教えてやろう」

 勉強、それはとても大切なことだと『みちるちゃん』が言っている。リルのような子供は勉強が仕事のようなものだと。リルはイアンの提案を了承することにした。勉強をすれば今は役に立たなくても、将来みんなに恩返し出来るかもしれない。リルはそう考えた。

 

「はい、勉強頑張ります!」

 リルは両手の拳を握りしめて気合を入れた。その様子をイアンは微笑ましく感じていた。

 何を教えてやろうか、イアンがそう考えていたその時だった。

 

 来客を知らせるベルが鳴り、イアンは嫌な予感がした。

 きびすを返して玄関に戻ると、嫌な予感が的中していたことを知る。

「何をしているんですか、兄上」

 そこにはイアンとよく似た男が立っていた。男は芝居がかった口調で言う。

「何って、可愛い弟に会いに来たに決まってるじゃないか」

 

 男はイアンと同じように白銀の巨大な狼を連れていた。ルイスがその狼に近づき話し出す。

『久しぶりだなマーリン』

『ええそうね、イアンが騎士団長になって以来かしら』

 狼たちは積もる話がある様で、楽しそうに会話している。

 イアンは頭を抱えていた。状況を飲み込めないリルは目を白黒させている。


「その子が『通訳者』かい?初めまして、僕はリヴィアン・ウィルソン。こっちが守役のマーリンだよ。よろしくね」

「リルです、よろしくお願いします」

 差し出された手を握って握手を交わす。イアンの兄らしいこの人は、悪い人ではなさそうだった。

「早速だけど、リルのスキル判定をさせて欲しいんだ。もし本当に『通訳者』なら王族の庇護下に入るからね」

「待ってください兄上。リルはまだこの国のことを何も知りません」

 イアンはリルを政治的な事情にあまり巻き込みたくないと考えている。こんなに早く、リルの未来を勝手に決めてしまいたくなかったのだ。

「相変わらず甘いねイアン。この国にとって『通訳者』がどれだけの意味を持つか分かっていない。リルを守るためには必要な措置だよ」


 リルは会話の意味はよく分からなかったが、イアンが自分のために怒ってくれているのはわかった。

「あの、イアンさん。大丈夫です。私ちゃんとスキル判定します」

 それを聞いたリヴィアンは優しく笑う。

「リルの方がイアンより大人じゃないか。大丈夫、悪いようにはしないよ」

 イアンは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。リヴィアンは弟の甘さに仕方ないなと笑う。優しい子なのだ、昔から。

 

 

 

 場所を客間に移し、リルのスキルを判定する。出てきた結果は想定通り『通訳者』であった。

 リヴィアンは頷くと、リルに言った。

「リルはお姫様になりたくないかい?」

 その言葉にイアンは怒った。

「兄上、リルは賢いです。ちゃんと話せば理解します。丸め込むのはやめてください」

 イアンはリルに向き直ると説明する。

「リル、この国にとって『通訳者』は宝だ。それは初代国王が持っていたスキルだからだ。初代国王は近隣に住まう神獣たちと約束をした。神獣たちの住処を人間から守る代わりに、この国の人間を襲わないこと。神獣と話せるリルは、神獣と共に暮らすこの国の人にとって大切な存在なんだ。ここまでは分かったか?」

 

 リルは考えた。要するに神獣と喋れると、喧嘩してしまっても止めることが出来るという事だ。話し合いができるのは大切なことだと『みちるちゃん』も言っている。リルは頷いた。

「リルの力を欲しがる人は沢山いる。だから王様がリルのことを守るために、リルには王族の子供になって欲しいと言っているんだ」

 権力抗争の駒にさせない為だねと『みちるちゃん』が言っている。

 でもリルは別のことが気になった。


「……ここにいたらダメなんですか?」

この場所はリルにとって特別な場所だ。たった一日しか居ないが友達もできた。離れたくないと思う。リルは別の場所で暮らすのが怖かった。

「ここに居てもいいよ?」

 リヴィアンが当然のように言う。

「だって、イアンの子供になればいいんだから」

 リルは大混乱していた。王様の子供になるのでは無かったのだろうか。ポカンとしているリルにリヴィアンは言った。

「あれ?もしかして言ってないの?イアンはこの国の第三王子だよ」

 リルは絶句した。イアンが王子様だったなんて思いもしなかったのだから当然である。リヴィアンが大きなため息をついた。

「全くイアンは、貴族の面倒事が嫌いなのは分かるけど、ちゃんと王子だって名乗らなきゃ。その肩書きは君を守るためのものでもあるんだよ?」

 駄々っ子を見るような目でイアンを見たリヴィアンは、再びため息をつく。

「とにかくリル、イアンの養子になってここに居るのと、僕か他の誰かの養子になってお城で暮らすのとどっちがいい?」


 リルの答えは決まっている。

「私、ここに居たいです!」

 リルはイアンの方を見た。養子になったら迷惑だろうかと不安がっているのが顔に出ている。イアンも覚悟を決めた。

「リル、俺の娘になるか?」

「はい!」

 リルは泣いてしまいそうだった、優しい家族ができるのだ。顔も覚えていない本当の父とは違う。リルが本当に欲しかった優しい父が。

 その様子をリヴィアンは微笑ましげに眺めていた。逃げ癖のある弟のために、面倒ごとはこちらで引き受けてやるかと思うくらいには感動的な光景だったのだ。


「それじゃあリル、今日からリル・ウィルソンと名乗るんだ。本物のお姫様だからね。嫌な奴が近づいてきたら無視していい。それが出来る身分なのだから」

 リルは差し出された書類にイアンと一緒に名前を書いた。

 なんとも慌ただしいが、二人は親子になったのである。 

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