自殺後の世界

森本 晃次

第1話 爆発事故

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ちなみに世界情勢は、令和5年1月時点のものです。いつものことですが、似たような事件があっても、それはあくまでも、フィクションでしかありません、ただ、フィクションに対しての意見は、国民の総意に近いと思っています。


 ある日の夜のことであった。静けさの中で、何も音がするはずがないと思っているその場所で、

「カツッカツッ」

 という乾いた音が響いている。

 慣れているはずのその音であったが、毎回聴いていると、その音に敏感な時と、そうでもない時で、感じる度合いの違いに、自分でも驚かされるのであった。

 特に違いを感じるのは、温度と湿気だった。

「まるで、天気予報だな」

 といって、一蹴されるかも知れないが、冗談ではない。実際に寒い日を、本当に寒く感じたり、少し生暖かいにも関わらず、ゾッとするほどの寒さに感じることはあるのだ。

 そのコントロールが、

「湿気ではないか?」

 と思うのだ。

 その違いも、時と場合によるし、ひょっとすると、

「その時の自分の調子によるものなのかも知れない」

 と感じるのだった。

 さらに、温度の違いを感じさせる要素として、

「明るさ」

 いわゆる、

「調度」

 というものが影響しているのかも知れない、

 同じ明るさでも、体調によって、かなり変わってくるものであるが、特に感じるのは、肌が、敏感な時と、そうでない時でかなり違うようだ。

 肌が敏感な時は、えてして、身体に熱を持っていたり、熱さが身体の内に籠って、けだるさを誘うもので、そんな時に限って、本来なら、見え方が違うのだろうが、いかんせん、真っ暗なため、目で、コントロールができないのだ。

 それによって、身体が感じる感覚がストレートに襲ってくるので、余計に、体調の悪さが、ダイレクトに襲い掛かってくるのだった。

 この日の音は、想像以上に耳に響いていたのだ。

 真っ暗な中で、胸の鼓動が激しくなる。いつもであれば、これくらいの時間が経つと、目が慣れてきて、少しずつだが、視界が広がってくるものだが、胸の鼓動があるせいか、どうも、いつもほど、身体がいうことを聞いてくれないようだった。

 手に持った懐中電灯が小刻みに震えている。距離感が掴めないのか、揺れているその先に見えているはずのものが、おぼろげにしか見えてこない。

 週に、何度も同じ時間に、見回りをしているので、慣れる慣れないという問題でもないはずだった。

 本当であれば、薬品の臭いがプーンとしてくるのだろうが、慣れのせいか、感覚がマヒしていた。

 それでも、同じ臭いであっても、湿気の臭いや、汗の臭いは、慣れてきても、鼻に突くのだった。

「薬品の臭いの方が、ひどいはずなのに」

 と感じる。

 人の臭いというのは、自分の臭いでなければ、敏感に感じるものだが、さすがに、薬品の臭いには勝てないだろう。

 かといって、

「どちらかがどちらかの臭いを打ち消す」

 ということはないようで、

 必ずどちらかの臭いのきつさが、鼻に残ってしまい、いつもその感覚になるのだった。。

 つまりは、

「今日は、人の臭いがきついが、今日は薬品の方がきつい」

 などということはない。

 一度どちらかにそのきつさを感じたのであれば、そっちばかりを気にするようになるのであろう」

 と感じるのだった。

 しかし、彼女の場合はそんなことはなく、いつも、汗の臭いばかりが気になっていた。

 ただ、それも、

「汗をまったく掻いていないという時に限って、薬品の臭いを感じるのだが、そんな時でも、それまで感じなかった汗の臭いを感じるようになる」

 ということであったが、

「それが、最初から感じていたはずなのに、意識がなかっただけなのか、薬品の臭いが、汗の臭いを引き出す効果があるからなのか?」

 この不思議な感覚を、時々、

「気持ち悪い」

 と感じていたのだった。

 だから、

「今日は汗を掻いていない」

 と思ったとしても、どこかから湧いてくるような汗の臭いに、誘導されるかも知れないと思うと、無意識に、その日の湿気を自分なりに感じるようにするのだった。

「今日はまったく湿気がない」

 と感じる時以外は、どこかからか臭ってくる、汗の臭いが、湿気によってもたらされたものだと感じさせることに、

「私の感覚は、いつもと変わらない」

 と、いまさらながらに思い知ら去れるのであった。

 ただ、その時の汗の臭いというものは、毎回同じ臭いというのは、一度としてなかった。

 それは、

「自分が分かってない錯覚によるものなのか?」

 それとも、

「一度時間が経つことで、臭いを意識から一度リセットするからなのか?」

 自分でも、よく分からなかった。

 そんな臭いが、次第に頭痛に繋がっていくことがあるのだが、それに気づいたのは、最初から分かっていたわけではなく、しばらく経ってからのことだった。

 それを思うと、

「臭いを感じるようになったのも、しばらくしてからだった」

 と感じたのも、すぐではなかった、

 分かった瞬間というよりも、別の何かのきっかけの時に感じたのだということを理解したのだった。

 というのも、実際に体調が悪い時には、

「鼻が詰まっている」

 という時もあったからで、鼻が詰まっていると、臭いを感じないということが常識のようなはずなのに、臭いを感じないと思った時でも、汗の臭いが感じることがあったのだ。

 だが、それは、

「薬品の臭いと混じったことで、臭いが拡散された気持ちになるからだろうか?」

 とも感じたのだ。

 確かに、薬品の臭いは、

「鼻が詰まっていても、関係ない」

 というほどきついことがある。

「薬品の臭いは、鼻で感じるのではなく、身体全体で感じるのだ」

 いうことであった。

 実際に感じた臭いを思い出してみると、体調の悪い時だけは、思い出すことができる。

 しかし、思い出した臭いは、決して薬品の臭いではなく、汗の臭いなのだ。実に不思議な感覚であるが、そうだったのだ。

「昔は、体調が悪ければ、薬品の臭いを感じていたのに」

 と思ったが、今は、

「立場が変わったからではないだろうか?」

 と彼女は感じたのだ。

 というのも、彼女は、看護婦だった。

 ここは、病院で、そこの看護婦であった。

 入院患者が数十人くらいは抱えることができるような、個人病院としては、まあまあの規模で、外来だけでなく。入院病棟もあるというおとなので、看護婦の数も結構なものだった。

 彼女は名前を、

「夏目みゆき」

 と言った。

 看護学校を卒業した、准看護婦だった。年の頃は27歳で、看護婦歴も、そろそろ10年というところで、ある意味、ベテランではあった。

 学校を卒業してから、いくつかの病院を転々とした。この病院には、3年前から世話になっている。

 他の看護婦も年齢としてはバラバラで、婦長さんともなると、40歳くらいの人で、結婚もしている人だった。

 子供が、まだ小学生ということで、

「子供はおばあちゃんに預けている」

 ということで、

「おばあちゃんが面倒を見てくれるのであれば、よかったですね」

 というと、照れ臭そうに、

「そうなんですよ」

 というのだった。

 自分が恵まれているということに、どこか後ろめたさのような気がするのか、照れ臭いからなのか、結構、この話になると、引っ込み思案なところを見せるのだった。

 しかし、彼女は、堅実なところがあって、決して、不真面目ではなく、きちっとしているところはちゃんとしないと、我慢できないタイプのようだった。

 それだけに、余計に、堅実さを表に出さないと我慢ができないのかも知れない。

 それを思うと、みゆきも、

「婦長さんのようにならないといけないんだわ」

 と、せめて、心構えだけでも考えるようにしようと思うのだった。

「看護婦という仕事は、中途半端にはできない」

 というのが、婦長さんの口癖だったのだ。

「私は婦長さんほど、この仕事に一生懸命になれないわ」

 と思っていた。

 というのは、

「別に看護婦としての仕事が嫌だ」

 というわけではない。看護婦という仕事がどういうものかということは、看護学校でお授業、さらに、研修として勤めた病院でも、嫌というほど身に染みるかのように、言われたことであった。

 だから、

「不真面目な気持ちがある」

 というわけではなく、必死にやってはいるが、それと苦手ということが結びついているわけではない。

 苦手意識があるわけではない。逆に、身が引き締まる気持ちになった方が、自分の身体も動くというものだ。

 みゆきの場合、

「習うよりも慣れろ」

 と、パソコンなどの習得でいわれる言葉がそのまま、看護業務に当て嵌まるというわけであった。

 つまり、

「身体が憶えている」

 というわけであった。

「身体が忘れるようでは、どうにもならない」

 というのは、看護学校で言われてきて、身に染みていることだが、その気持ちがどこにあるのかというと、

「患者を救いたい」

 という気持ちだけでは、どうにもならないということだ。

 自分の中で、奮い立たせるだけの何かがなければ、過酷な看護というものは、できないということではないだろうか?

 というのも、特に、上司からいわれることは、精神的に病んでしまうのではないかと思うほどにきついことが多かったりする。

 それもそうであり、

「命を預かっている」

 というのは、ウソでも何でもないことだ。

 それを、

「お金のため」

 として割り切れるものではないだろう、

 どうしても、

「お金のためだ」

 として割り切ろうとすると、自分の気持ちの中で、割り切ることが、自分にとっての美徳であったりすれば、それを、

「言い訳」

 あるいは、

「免罪符」

 ということにして、自分を納得させようとすると、どこかで甘えが生まれるのではないだろうか?

 その甘えが出てきた時、怒られると、

「どうして、割り切って一生懸命にやろうとしている自分が起こられなければいけないのか?」

 という、被害妄想のような気持ちになってしまうと、看護婦のような仕事は務まらない。

 やろうとしても、自分の中で、

「看護、してやっている」

 という気持ちがどこかに出てくると、上司の言葉が鬱陶しくなり、次第に、

「お金の問題ではない」

 と考え、自分が、その場に身を置いたことを後悔していると思うようになる。

 そうなると、それまでせっかく頑張ってきた気持ちが、甘えに支配されてしまい、すべてを忘れてしまいそうになるのだ。

 そんな時に、責められると、どうにも言い訳しかできない自分が、居たたまれなくなり、逃げ出したくなる気持ちになる自分を、

「言い訳や免罪符」

 としてしか、考えられなくなってしまうことであろう。

 看護婦をしていると、

「オフが楽しめない」

 という人と、逆に、

「普段が大変なので、オフくらいは羽目を外す」

 という二種類の人がいるだろう。

 みゆきの場合は、あたかも前半の方であった。

「オフで羽目を外してしまうと、真面目にならないといけない時に真面目になれない」

 と思い込んでいたのだ、

 しかも、その真面目さというものが、

「自分を元に戻すことができない」

 と思い込んでいるだけで、それだけ、嵌めの激し型がハンパではないというわけではなかった。

 実際に、節操をもつことはできるし、わきまえるところはわきまえる。ただ、一度だけ、酒に酔った時、記憶がないほどに酔っぱらっていたようで、自分でも、楽しい気分になっていたことは分かっていたが、それをまわりから後になって、

「あんなに羽目を外すみゆきさんを見たのは初めてだわ」

 と皆、実際に驚いているようだった。

 それはあくまでも、普段羽目を外さない人が外したというだけのことで、本人が、意識する必要も、ましてや、反省することなどもまったくないのだ。

 むしろ、

「あなたも普通の人だったのね」

 というくらいに、サッパリした気持ちにさせてくれるというくらいで、

「ちょうどいい塩梅だ」

 といってもいいくらいだっただろう。

 それを思うと、みゆきは、

「皆から担がれたわけではないのに、気を遣うあまり、まわりを変に意識してしまって、恐縮してしまった」

 といっておいいだろう。

 それを考えると、

「オフで羽目を外すことはやめておこう」

 と考えるようになった。

 みゆきは、冗談が分からない娘ではなかった。

 ただ、彼女はある時から、まわりを意識するようになった。それも、必要以上にということであった。

 というのが、あれは、みゆきが、高校生の頃だっただろうか。

 彼女にはお兄ちゃんがいて、

「看護婦への道、頑張れよ」

 といってくれていたのだが、そのおにいちゃんが、ある日、行方不明になって、それから2カ月後くらいに、事故で亡くなったということを聞かされた時、そのショックははかり知れないものだった。

 大学の仲間と、避暑地に遊びに出ていたようで、それで、

「不慮の事故」

 に遭ったということであったが、

「まさか、おにいちゃんが、誰にも連絡もせずに、遊び歩いているなんて」

 という思いがあったが、それ以上に、

「捜索願を出しているのに、警察はまともに見つけようとはしてくれなかった。もっと真剣に探してくれていたら、こんなことにはならなかったのに」

 ということで、みゆきの警察に対する不信感と、恨みは相当なものだった。

 今でも、時々あの時の悔しさを思い出して、

「うわぁ~」

 と叫びたくなることがある。

 さすがにそれは抑えているが、

「抑えずに叫ぶことができれば、どれほど気が楽化?」

 と考えるようになったのだった。

 警察のその時の態度は、いかにも、面倒臭そうであり、聞くことも、

「警察じゃなくとも、誰にでも聞けるような質問をいちいちしてくるな」

 というイライラが募っていたほとだったが、その思いというか、予感は当たっていたということであろう。

「警察なんて、そんなものだわ」

 と思っていたが、その思いはその時から始まったわけではなく、もっともっと昔からだたような気がする。

 おにいちゃんの事故は、もちろん、

「殺人の可能性もあるのではないか?」

 ということで、調べられた。

 一緒に行った中に怪しい人もいないわけでもなかったが、結局、誰が怪しいという決めてもないし、実際に、事故を、

「事件だ」

 といって捜査するだけの決定的な証拠もなかった。

 こういう場合。決定的な証拠でもない限り、普通は、捜査を進めることはできない。警察というところはそういうところで、

「怪しきは罰せず」

 ということになるのだ。

 要するに、

「面倒くさいことに首を突っ込むことを嫌がる」

 というべきだろう。

 下手に誰かを犯人にして検挙したとしても、それが後になって、

「冤罪だった」

 などということになると、芽も当てられない。

 その時の捜査として、ボートに確かに穴のようなものが空いていたということであったが、そのボートの貸し出しはランダムに化しだされるもので、

「不特定多数と狙った犯罪」

 ということであればいざ知らずだが、

「特定の誰かを狙った犯罪などということができるはずもない」

 のであった。

 そういう見解に至ったことで、警察は、

「事故だ」

 と判断し、マスゴミにもそのように発表した。

 だから、ニュースでも、

「ニュースフラッシュ」

 程度の、まるで、スライドされるかのようなニュースが、三面記事のように流れただけだったのだ。

 だから、世間では、翌日には誰も覚えていない程度のもので、仲間内で、数日もすれば、話題にも上がらない程度のことであった。

 実際に、一緒に遊びに行っていた連中の方が特に、余計に、

「話題にしよう」

 などと思うわけもない。

「この話はタブーだ」

 と言わんばかりに、誰も何も話題にすることはなかった。

 だから、この話題は、家族以外からは忘れ去られ、最近では家族の間でも、

「なるべく触れないようにしよう」

 という感じになってしまっていた。

 確かに家族としては、いつまでも、ひきづっているわけにもいかないということであろう。

「うちには、みゆきがいるんだから。いつまでも、この話題を引きづっていても仕方がない」

 と。父親が判断したのか、事故から半年が経った頃には、

「この話題は、タブーだ」

 ということになっていた。

 ただ、誰も話題にしないだけで、気持ちの中で忘れるなどということはありえない。それを思うと、家庭内でのぎこちなさは、どう解釈すればいいのか、みゆきは、自分が思春期だけに、感受性の強さから、どこか、耐えられない気分にもなっていたのだ。

 かといって、

「家族が、タブーだというのを、いまさら引っ張り出して話をしたところで、おにいちゃんが戻ってくるわけでもないのだから」

 という、急に冷静になった気分で、落ち着いている自分に、みゆきは気づいていたのだ。

 みゆきは、中学時代まで、幼馴染の男の子がいて、いつも一緒にいる友達がいたのだが、その友達に対して、

「幼馴染って、都合いいわえ」

 と言ったことがあった。

 彼が、

「どうして?」

 と聞くと、

「だって、彼氏でもないのに彼氏のふりをしてくれるでしょう?」

 というと、

「あ、そっか」

 と、彼は、分かっているのか、納得はしているようだった。

「彼氏のふり」

 ということなのだから、彼氏ではないのだ。

「ただの幼馴染だ」

 という意識があったとしても、いくらふりだといっても、イチャイチャしていたり、身体が触れ合ったりすると、ドキドキくらいはするものだろう。そうなると、自分が、思春期であることくらいは分かっているだろう。彼の性格から見て、自分の考えていることを他人に悟られないようにすることに関しては、すごいものがあると思っている、しかし、それでも、

「幼馴染の渡しを、ごまかすことはできないわ」

 というくらいの自信が、みゆきにはあり、

「それが幼馴染と、彼氏との違い」

 というくらいに思っていた。

 彼氏というと、出会いからが圧倒的に短くて、絶対につき合いの長さにはおいつくことができるわけはない、

 それだけに、

「相手のすべてを知っていて、相手にも知っていてもらって安心できるのが、幼馴染で、相手のことを知りたくて、相手にも知ってもらいたいと思うのが彼氏だ」

 と思っていた。

 彼氏には幼馴染に感じない

「情熱」

 を感じるというもので、逆に幼馴染には、彼氏にはない

「安心感」

 を与えられると思うのだった。

 それを考えると、

「短いかも知れないが、それでもいい」

 と思うのが、彼氏であって、

「情熱的ではなくてもいいけど、ずっとそばにいてくれるとすれば、幼馴染以外の誰でもない」

 ということである。

 もし、彼氏と熱愛中に、

「幼馴染と彼氏、どっちを選ぶ?」

 と聞かれたら、どっちだろう?

 まだ、これから有頂天を目指すのであれば、

「彼氏」

 と答えるであろうが、少しでも、頂点を超えていれば、

「幼馴染」

 と、答えるに違いない。

 そのことは、彼氏と付き合っている時には分からなかったが、彼氏と別れてから、感じたことであった。

 今までに、何度か、彼氏と呼べるような人と付き合ったが、そんなに長続きしたわけではなかった。

 というのも、みゆきの、

「本当に彼氏にしたい」

 と感じていたのは、実は、

「亡くなったお兄ちゃん」

 だったのだ。

 子供の頃からの憧れで、

「大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになる」

 などと、結婚というものをまったく知らなかった時に、平気で言っていたものだった。

 お兄ちゃんも。黙って笑っていたが、それが幼馴染に似ているのだ。

 だから、兄がいなくなった今、兄の代わりが幼馴染で、だからこそ、彼氏と付き合っても、うまくいくはずがない。

 兄であったり、幼馴染と比較してしまうからだ。

 そういう意味では。みゆきの周りには、男として、

「しっかりした人が絶えずついていてくれる、羨ましい女だ」

 ということであった。

 その日のみゆきは、夜勤の日だった。二人での見回りだったのだが、交替で仮眠をとるようにしている。まず最初にみゆきが見回りの時間なのだが、さすがにまだ、日も回っていないので、眠れるわけでもなく、もう一人はナースセンターで待機していた。軽く音を小さくしてさえいれば、テレビを見てもいいことにはなっていた。

 早速、もう一人はテレビを見ていたのだ。

 ただ、だからと言って、絶えずナースコール医気を配っているのは当然のことであり、それは、彼女が見回りをしている時の、みゆきにしても、同じだった。

 みゆきは、いつものように順番通り、決まった部屋を回っていた。

 現在入院患者は、8人足らずであった。2人部屋でも、一人しかいなかったり、一部屋丸々空いているところもあった。比較的、病床使用率も高いわけではないので、それほどの緊張感はなかったのだ。

 しかも、内科のように、急変する病気を持っているわけではないので、痛み出した患者や、ギブスなどで身体の自由が利かない人が、ナースコールというのが、多いくらいだろうか。

 それに、ほとんどの患者が眠っているだろう。本当に、

「深夜の見回り」

 と、ほぼ変わらなかった。

 その日も、みゆきの当番の時間では、何も異変はなかった。いつものように、20分もかからないくらいの時間で見回りを済ませ、ナースセンターに戻ってきた。

「異常ありませんでした」

 と、報告するみゆきに、同僚は、

「ご苦労様でした」

 といって、ナースセンターで、二人は、少し、自分の仕事をしていた。日勤ナースからの引継ぎの、いつもの、

「カルテの整理」

 であった。

 本当は日勤ですべてができるのだろうが、夕方のバタバタした時間の整理分は、

「残業してまでする必要はない」

 ということと、

「夜勤の時間に、眠気覚まし程度にできる」

 という点で、日勤から夜勤の引継ぎとして、だいぶ前から、恒例になっていた。

「患者をおろそかにしなければ、別に夜勤の時間、無理な仕事をする必要はない」

 というのが、ここの先生の考え方で、そういう意味では結構楽な職場だったのだろう。

 それに、職場環境も、昔と違い、

「コンプライアンス重視」

 ということも言われるようになり、

「ブラック企業の代表」

 とでもいわれるような、看護婦業界の夜勤もそこまでひどくはないようだった。

 昔は、本当に、前の朝出勤して、そのまま夜勤に突入などという病院も多かったようだが、

「今はそんなことをすれば、労働基準局が黙っていない」

 ということで、減ってきていた。

 もちろん、病院によっては、看護婦の数が慢性的に足らず、入院患者もたくさんいて、しかも、毎日のように、亡くなる人がいたり、救急患者も受け入れるような病院であれば、「それくらいのブラックは、当たり前」

 ということになるのかも知れない。

 そんなブラックというのは、病院が大きくなればなるほど、ひどいものだが、逆に個人病院のような、小さなところも、結構、労働条件は粗悪だったりするようだ。

 もちろん、病院によって、ピンキリなのだろうが、それも、院長先生の胸三寸というべきであろうか、看護婦にとっては、運がいいか悪いかの2拓であろう。

 どちらでもないこの病院は、比較的安心できる病院のようで、看護婦も気楽に仕事ができていた。

 やはり、精神的な余裕も、いくら緊張感が必要な病院といえど、必要である。

 比較的、安心できる病院ということもあり、ここの病院は、近所でも、

「安心できる」

 ということでは、有名なようだ。

 奥さんたちのウワサなどでは、病院というと、

「あそこは、やぶだ」

「あの病院は安心できない」

 などという、ネガティブなウワサは結構あるくせに、

「あの病院なら安心できる」

 というウワサは、そうは思っていても、誰もしないようであった。

 そのおかげというべきか、

「ウワサのない病院が一番安心だ」

 と思えたからだ、

 だから逆に、

「安心できる」

 などというウワサは、中途半端な感じで、まともに、信用できないという感じになるのではないだろうか?

 だから、この病院も、最初は、

「本当に安心できるのかしら?」

 と言われていたが、実際に悪いウワサが本当に流れてこなかった。

 そういうウワサを一体どこから仕入れてくるのか、一部の奥さん連中は、そのあたりのマスゴミよりも、情報を持っていたりする。

 それも、根も葉もないウワサなどでなく、実際に信憑性のあるものだったのだ。

 そのウワサのおかげで、実際に、

「やぶ医者に当たることなく、無事にいられるのだ」

 それだけに、ウワサというのは、意外にも安心できるもので、まんっざら、バカにできるものではないのだった。

 みゆきの病院はそんな中でも、レストランで言えば、三ツ星レストランというところであろうか。治療は丁寧だし、先生の腕もいい。しかも、看護婦の質もいいということで、平均的にすべてにおいて、いい点をつけられていたのだ。

 一つ苦言があるとすれば

「院長がイケメン」

 というところであった。

 院長といっても、40過ぎくらいであるが、先代から病院を受け継いですぐのことだったのだ。

 元院長は、そろそろ70歳くらいになるので、まだ引退というわけではないが、息子に後を託すには、ちょうどいいタイミングでもあったのだ。

 だから、今は、新旧二人の先生が、患者を診ていた。

 そのうちに、院長も引退することになるだろうが、それまでに、もう一人くらい、先生を募集する必要があった。だがいざとなれば、元院長の顔の広さで、インターン一人くらいは、すぐに用意してくれるという状態にはしていたのだった。

 現院長も、父親あのウワサは聞いていたが、最初は、

「そのせいで、親父と比較されるのは、嫌だな」

 と、自分がインターンの時代は思っていた。

 そういう意味で、

「早く、親父の病院に戻りたい」

 とは思っていた。

 ただ、すぐにでも院長を引き継ぎたいなどということはなかった。いずれは引き継ぐことになるのだろうが、それよりも、

「今は気楽にできればいい」

 ということで、実際に、彼は、

「気楽に生きられればいい」

 と、よく言えば、

「楽天的な天真爛漫な性格」

 と言えばいいのだろうが、悪くいえば、

「能天気なお花畑思想」

 といってもいいだろう。

 そういう意味で、

「今の院長は、つかみどころのない人だわ」

 と看護婦からも言われていて、そもそも、イケメンというのは、そういう人が多いと感じている彼女たちに、違和感はなかったのだ。

 患者の方としても、無意識にそのことを思っているのか、能天気なところよりも、イケメンなところにばかり目がいき、

「何かあったら、他のやぶ医者にいくよりも、このイケメン先生に診てもらった方がいいんじゃないか?」

 ということで、皆、この病院にやってくるのだった。

 そんな、この病院であったが、さすがに、外科で、そんなに入院患者が絶えずいるというわけでもない。

 特に、最近では、どこの病衣も、

「なるべく入院期間を減らす」

 というのがモットーになっているようで、

「病院が悪戯に入院させて、儲けているようだ」

 という世間のウワサに敏感に反応したからであろう。

 だから、この病院でも、そんなに入院が長い人もいない。

 さすがに、どこか近くで数人を巻き込む大事故があったりして、救急車で運ばれなかった人がこっちにまわってきたことがあったが、その時には、脚の骨が折れているということで、入院を余儀なくされた人がいた。

「一応、大事故だったので、後から何か容体が急変してもまずい」

 ということで、

「念のため入院」

 という人もいたりした。

 そんな人は、平均で、

「2週間くらいの入院であろうか?」

 というのが、基本的に足の骨が折れているので、松葉づえだけではきついという人を、簡単に放り出すわけにはいかないということであろう。

 今入院患者の中には、複雑骨折を起こしていたり、数か所の骨が折れていたような、当時は、大けがだったという人だけが残っている。実際にその事故から、3週間以上が経っていたのだ。

 その事故というのは、近所の工場での、爆発事故だった。

「薬品に引火した」

 ということであり、一次は、半径50メートル以内の立ち入りが禁止されるというほどの大事故だった。

 その日のニュースでは、全国ニュースとなり、

「速報」

 という形で、テレビ画面にテロップが出たほどだった。

 爆発から、現場では、火災も発生し、消防車数台が出動しての懸命な消火作業が行われたようだった。

「そんなにひどい事故だったんですか?」

 と警察から、けが人のことを聞かれた時、院長が聞き返すと、

「それはひどかったですね。その後起こった火災では、あたり一面が黒鉛に見舞われましたからね。しかも、その場所が化学薬品などを結構収納された倉庫もあったので、それに誘爆される形で、建物が吹っ飛んだりするほどだったので、周辺を立ち入り禁止にして、正解だったと思います」

 ということであった。

 院長も警察から聞かれたが、

「ああ、けが人の方は大丈夫ですよ。皆さん、人によって症状の度合いは違いますが、普通に元気ですよ」

 というと、警察も安心したようだった。

「じゃあ、院長先生、後の手当ての方、よろしくお願いいたします」

 といって、警察は帰っていった。

 これだけの大事故だったので、死人も数名いたようで、救急病院は、一時パニックに陥ったようで、

「先生の数が足りません」

 ということで、休みのインターンが、急遽駆り出されるほどであった。

「これだから、ブラックだって言われるんだよ」

 と、渋々出勤してきたインターンだったが、あの時の、まるで、

「野戦病院」

 と化した救急病棟は、騒然としていた。

 そんな様子を見ていて、もう彼らの頭には、

「ブラック」

 という言葉が消えていて、本来の医者としての意識がよみがえってきて、患者の治療にあたっていた。

 もちろん、一つや二つの病院で賄えるほどではなかったので、救急病院はどこも大変だったようだ。

 まるで、テレビドラマの、

「救急救命」

 をモチーフにした作品を見ているようだったが、さらに臨場感を増すと、今度はリアルすぎて、余計に曖昧な感覚になってくるのだった。

 そんな状態において、

「救急救命ってすごい」

 と、みゆきは思ったのだ。

 その日、みゆきは非番で、看護学校時代の友達と、ショッピングをして、夕飯を食べた帰り、偶然、救急病院で、患者が運ばれてきているのを見た。

 まだ、その時は何が起こったのか分からなかったが、明らかに尋常ではない。

 二人とも、

「看護婦魂」

 といえばいいのか、黙って通りすぎる気にはなれなくて、通り過ぎる人を見ながら、後ろから邪魔にならないように追っかけてみた。

 すると中に入ると、最初に感じたのは、薬品のプーンという臭い。普段から慣れているはずなのに、いまさらながらに驚かされる臭いだった。

「それにしても、これは」

 といって息を呑んだが、

「うーん」

 という呻き声が至るところで聞こえてきた。

「急いで、こっち見て」

 という、ヒステリックな声が聞えた。

 ただ、しばらくいると、声はほとんどがヒステリックになっていて、

「人はパニックになると、ここまでになってしまうんだ」

 と思った。

 ただ、やっている本人たちは、自分のことよりも、目の前の患者のことしか考えていない。

 下手に気が散ってしまうと、何もできなくなり、

「どう対応していいのか分からなくなる」

 という感覚になっている気がした。

 とにかく、

「こんな臨場感見たことがない」

 という思いと、

「普段の自分たちが、どれほど楽をしていたのか」

 と思うと、身が引き締まる思いになっていた。

「皆、これが毎日続くんだ」

 と思うと、背筋に寒さを感じたのだ。

 そして、

「私なら、毎日なんて耐えられるだろうか?」

 と感じたが、

「これも慣れなのだろうか?」

 と勝手に考えていた。

 救急病院の恐ろしさのようなものを見せつけられた気がして、

「本当に恐ろしい」

 と、今度はまた時間が経つと、そう思うようになった。

 そのうちに、

「そろそろ行こう」

 と友達が、

「このままなら、ずっと見ていることになる」

 といって、半分強引に、その場から離れたのだった、

「そうね。ずっと見ていても、埒が明かないわね」

 といってその場から離れたが、二人はずっと無言で、

「声をかけた方が負けだ」

 と言わんばかりの様子に、みゆきは、

「一人になりたい」

 と思ったのだが、お互いにほぼ同時に、

「今日は帰ろうか?」

 ということになり、そのままの流れで、その日はお開きになった。

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