落ちた僕と堕ちた彼女

猫魔怠

落ちた僕と堕ちた彼女

 高校2年の夏。

 僕は人生で初めての告白をした。


 「1年生の時からずっと好きでした。僕と付き合ってください!」

 「‥‥‥私も、あなたのことが好きです。よろしくお願いします」


 そう言って彼女は僕の差し出した手を優しくとってくれた。

 彼女の手はとても柔らかくて、優しい暖かさを持っていた。



 =====



 「ねえ、優也くんはどこの大学に行こうとか決めてたりするの?」


 交際を開始してから約半年が経過した3月の頭。

 彼女はシャーペンを口元に当てながらそう尋ねてきた。


 「う〜ん。特に決めてないかな。正直に言うと、将来これをやりたいってことがないんだ」

 「そうなんだ。ならさ、私と一緒の大学に行かない?」

 「一緒の?」

 「うん。私ね、東京の方にある大学行こうと思っているだけど、その大学はレベルが高い代わりに学べる範囲がすごく広くてね。在学中にやりたいことを見つけるのにちょうどいいと思うんだ」


 そう言って鞄の中から取り出したパンフレットを見せてくる彼女。

 軽く見た感じ、本当に幅広く学問を学べるみたいだ。

 彼女の言う通り、やりたいことを見つけるのにはちょうどいいかもしれない。

 でもなぁ‥‥‥。


 「僕にはちょっと難しいかな。学力的に」

 「大丈夫!私が教えるから!」

 「‥‥‥う〜ん」

 「‥‥‥ホントはね、私が優也くんと一緒の大学に行きたいって言うのが本音なんだ」

 「‥‥‥」

 「東京に行ったら実家からは出るわけだし、同棲もできたらいいなぁ〜って思ってて‥‥‥」

 「僕、頑張るよ!怜奈と同じ大学に行けるように頑張る!」


 我ながら単純だなぁと思ったけど、可愛い彼女との同棲のためなら僕は死ぬ気で頑張るさ。



 =====



 「‥‥‥遠距離になっちゃったね」

 「うん‥‥‥ごめんね。僕が落ちちゃったばっかりに」

 「ううん。優也くんは悪くないよ。誰だって失敗する時もあるよ」


 そう言って微笑みかけてくる彼女の笑顔に胸が締め付けられる。

 僕と彼女は同じ東京の大学を受験した。

 そして彼女は受かって、僕は落ちた。

 今日からは遠距離になってしまうのだ。


 「それじゃあ、そろそろ行くね」

 「‥‥‥うん」


 ガラガラと音を立てる白のスーツケースを引いて改札を通り抜けた彼女。

 僕はその背中に向けて叫んだ。


 「怜奈!必ず、必ず来年は合格するから!それまで、待ってて!」

 「ーーッ!うん!待ってる!優也くんのこと、待ってるから!」



 =====



 最近、彼女の様子がおかしい。


 「ーーそうなんだ。じゃあ、今はレポート作成で忙しいんだ」

 『んっ‥‥そう、なの‥‥‥。だから、あんまり、んっ、休めてなくてぇ‥‥‥んぁ』

 「怜奈、どうかした?さっきからなんか苦しそうだけど」

 『ううん、何でもないの。はぁ、はぁ‥‥‥ちょっと、バタバタしてるだけだから‥‥‥んぁっ』

 「怜奈?」

 『んっ、大丈夫、だからぁ。心配、しないでぇ‥‥‥』

 「そっか‥‥‥。怜奈がそう言うなら。じゃあ、体に気をつけてね。おやすみ」

 『う、ん‥‥‥。あっ、おやす、みぃ‥‥‥』


 彼女は今みたいに通話中に苦しそうな、でもどこか艶のある声を出すようになった。

 でも、それを必死に誤魔化している。

 何かあったのではないかと不安に思ってしまう。


 「‥‥‥まさか、浮気?」


 そんな最悪の可能性に思い至ってしまう。

 頭をブンブンと振ってその考えを追い出す。


 「僕が怜奈を信じなくてどうするんだ。怜奈はそんなことはしない」


 僕は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、机に広げたままの参考書に向かった。



 =====



 クリスマスも近くなった12月20日。

 僕は彼女の誕生日をどうしても一緒に祝いたくて、彼女には内緒で東京に来ていた。

 片手には彼女へのプレゼントが入った紙袋が吊るされている。


 「怜奈、喜んでくれるかな」


 多分彼女は喜んでくれるだろう。

 いつも通り、柔らかくて愛おしい笑顔を浮かべて「ありがとう」って僕に言ってくれるはずだ。


 浮気さえしていなければ。


 「ーーッ!」


 頭を振って頭の中に浮かんだ最低な考えを捨てる。


 「怜奈は、そんなことしない」


 いつぞやと同じように、自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 僕は彼女が通う大学に向かって足を進めた。



 =====



 彼女が通っている大学に着くと、正門の側の壁に寄りかかり小さく息を吐く。

 地元とは比べ物にならない人の数に少し疲れてしまった。

 そのままの体勢で彼女を待つことにする。

 事前に彼女から今日の予定を聞いていて、あと数分もすれば今日の講義を終えた彼女が出てくるはずだ。


 しばらく待っていると、奥の方から彼女がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。

 僕は久しぶりに見る彼女の姿に胸が高鳴る。


 でも、彼女の隣にガタイのいいマンバンヘアの男がいるのが目に入った途端、心臓がドクンと嫌な弾み方をした。


 彼女はマンバンヘアの男の隣を楽しそうに歩いている。

 ドクン、ドクンと心臓が弾み続けている。


 彼女が僕に気がついた。

 一瞬驚いたような顔をした彼女は小走りで僕の側まで近づいてきて、足を止めた。

 彼女の表情は何かを堪えるかのように苦しげだった。


 ドクンドクンドクンと心臓の弾むスピードが上がっていくのがわかる。


 「‥‥‥優也くん。来てたんだね」

 「‥‥‥う、うん。怜奈、誕生日でしょ。だから、一緒に祝いたくて‥‥‥」

 「そうなんだ。嬉しい」


 そう言って微笑む彼女の笑みにはどこか影がある。

 何か後ろめたいことを隠しているかのような影が。


 「‥‥‥優也くん。私、優也くんに謝らないといけないことがあるの」

 「‥‥‥え」


 心臓が、痛い。

 痛いくらいに、大きく跳ね回っている。


 「ごめんね、優也くん。私ーー」


 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 聞きたくない、聞きたくない。

 その先の言葉が予想できてしまうから、僕が正気を保てなくなってしまうから、聞きたくない。


 でも、僕の思いは通じない。

 彼女は口を動かした。


 「ーー私、もうあなた無しの人生なんて考えられなくなっちゃったの」

 「‥‥‥ゑ?」

 「私と結婚して。あなたの子供を孕ませて、あなただけのものにして」

 「‥‥‥ゑ?」


 光が消え、今にもハートマークが浮かび上がってきそうな目をした彼女が僕にしなだれかかってきた。

 そして両手を僕の背中に回してぎゅぅっと痛いほどの力で抱きしめてくる。


 「スゥー‥‥‥ハァ、スゥー‥‥‥」


 しかもものすごく匂いを嗅いでくる。

 呼吸音がよく聞こえる。


 理解ができない。

 彼女の行動にも、今の言葉にも。

 僕が考えていたことと真逆だ。


 「‥‥‥えっと、別れたい、じゃなくて?」

 「なんで?何でそんなこと言うの?優也くんは私と別れたいの?私のこと嫌いになったの?他の女のところに行っちゃうの?」


 表情が抜け落ち、光を宿していない瞳で彼女が見つめてくる。

 ゾクリと得体の知れない恐怖が僕の全身を走る。


 「い、いや、そう言うことじゃなくて」

 「じゃあ、何で?」

 「だって、怜奈あの男の人と楽しそうに歩いてきてたから‥‥‥」

 「浮気してると思ったの?」

 「う、うん」

 「そんなことしない。それにあの人は私の友達」


 そう言うと彼女はマンバンヘアの男をこちらに連れてきた。

 遠目で見てもガタイがいいとは思っていたけど、近くで見るとさらに大きく感じる。

 威圧感たっぷりだ。


 「あらぁ、話に聞いていた以上にいい男じゃない。怜奈はいい彼氏を持ったわねぇ」


 威圧感たっぷりの外見を持った男から意外すぎる口調で言葉が飛び出してきた。

 いわゆるオネエ口調。

 ギャップがすごい。


 「優也くん、彼は与四郎くん。見た目はかなり怖いけど、中身は可愛いのよ。あと恋愛対象は同じ男の子だから私には微塵の興味もないわ」

 「怜奈の言うとおりよ。だから安心してちょうだい」

 「は、はぁ‥‥‥。で、でも、だったら通話の時の声は?」

 「通話?」

 「そう。やけに艶っぽい声を出してたのにやたら誤魔化してたでしょ?あれはどう言うこと?」

 「‥‥‥えっと、あれは、その」


 顔を赤く染めてモジモジし始めた。

 その姿にまた不安が高まっていく。


 「怜奈、しっかり答えて」

 「‥‥‥あ、あれは、もうずっと会えていない状態で優也くんの声を聞いたから、その、、1人でシてたの‥‥‥」


 かなりぼかして伝えてきたけど、言わんとしていることが理解できた僕の頭の中は一瞬にしてピンクになった。

 何ならちょっと興奮した。


 「‥‥‥これで、私が浮気してないって信じてもらえた?」

 「う、うん。信じるよ」

 「そっか。じゃあーー」


 ガシッと彼女が僕の腕を拘束してきた。

 その顔は何かを堪えているかのように色っぽく赤く染まっている。


 「もう、いいよね?」

 「‥‥‥へ?」

 「私の家に行こ?そこでいっぱいイチャイチャして私にあなたの種をいっぱい注いで?私を孕ませて?」

 「え、いや、ちょ、待って!まだ僕心の準備がーー」

 「大丈夫。どんなことになっても私はあなたを離さないから」

 「いや、そういうことじゃなくてーー」

 「あらぁ、お盛んね。頑張ってぇ〜」


 その後、僕と彼女は大学在学中に結婚した。

 いわゆる、デキ婚というやつだ。

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