時間遡行で切り抜ける! 悪役令嬢アルバイト
冬至 春化
「第8話 vs悪役令嬢(Take11)」※ボツ
〜これまでのあらすじ〜
幼い頃から母と二人で田舎で暮らしてきたセシリア。
十五歳の誕生日、さる伯爵家の一人娘だということが判明したセシリアは、一日にして伯爵令嬢に!
二年次から王都の学園に通うことになったセシリアは、裏庭で出会った正体不明の貴公子と仲を深める。しかしその正体は第三王子のエミルだった。二人の関係が表に出てから始まった嫌がらせは、なにをしても酷くなるばかり。
最高学年である三年生となり、身を引こうと決意するセシリアを呼び止めたのは、エミルの婚約者であり、嫌がらせの首謀者である公爵令嬢サフィーナだった……。
***
震える拳を胸の前で握りしめて、セシリアは踊り場に立つサフィーナを見上げた。
「ど……どうして、そのように私を目の敵にするんですか? 私が、なにかしましたか?」
逆光を背に受けながら、サフィーナは口を噤んだ。
「ほんとうに、分からない?」
しばらく間をおいて、冷たい口調でサフィーナが吐き捨てる。セシリアは階段の中ほどに立ち竦んだまま目を伏せた。
理由は分かっていた。私が、エミルさまに不用意に近づいたから。
身の程を弁えずに、エミルさまとサフィーナさまの間に入ろうとしたから……。
「ですから、私、エミルさまとは何もないと申し上げました」
「ふん」
サフィーナは鼻を鳴らし、波打つ金髪を片手で払いのけた。
その視線が不自然に泳ぎ、ふらふらと窓の外を見る。思わず視線の先を追うと、日の当たる時計台である。
(何の時間を気にしているの?)
セシリアは訝しんだ。次の授業まではまだ時間がある。
怪訝にサフィーナを窺うが、彼女は腰に手を当てたまま真剣に時計台を睨んでいた。
かちん、と長針が動いてから、きっかり十三秒。
「どうして、わたくしが、あなたを目の敵にするかですって?」
いきなり会話を再開したサフィーナが、ゆっくりと階段を降りて近づいてくる。こちらを見据える眼差しには、なにか鬼気迫る決意のようなものが感じられた。
なにか様子が変だ。そうと悟って逃げようとしたセシリアの肩に、サフィーナの手が置かれる。
「それはね、あなたのことが、気に食わないからよ!」
どん、と肩を押された。足が階段から離れ、身体が宙に浮く。
突き落とされたのだと気付いて、血の気が引く。
刹那、
「――危ないっ!」
彼の声が、聞こえた。
結論から言うと、セシリアの背を誰かが受け止めることはなかった。
「いたた……」
勢いよく尻餅をついたセシリアの背後で、「あ! これまずいかも」と掠れた呻き声が上がる。
恐る恐る振り返ると、廊下の真ん中でエミルが床に伸びていた。
「なんで?」と階段上でサフィーナが呟く。
道行く生徒たちが大きく彼を避けて歩いて行くなか、彼は足首を押さえて、息も絶え絶え体を起こした。
「すごく痛い……折れてない? 捻挫かな? い、医務室……担架……」
自分の尻の痛みも忘れて、セシリアは慌ててエミルに駆け寄った。
「エミルさま! どうされたんですか!?」
「先刻、鶏小屋の扉が経年劣化で壊れていて鶏が逃げ出していてね。殿下は足元の鶏を避けようとして、近くの箒を踏んづけて転倒なさり、恐らくは捻挫……あるいは骨にひびが入っているかもしれないと、これから医務室へ行くところだったんだ」
エミルの友人カイニスが流暢に説明する。
そんな、エミルさまが足首を負傷しているなんて! セシリアは青ざめた。
「わ……私、すぐに担架をさがしてきますね!」
叫んで立ち上がろうとしたとき、背後で「行かなくて良い!」とサフィーナが大きな声を出した。
階段の手すりをばしばしと叩いて、サフィーナは地団駄を踏んでいた。「ああもう、何なのよ」と、いつも澄ましている公爵令嬢らしからぬ姿に、セシリアは目を丸くする。
「サフィーナさま……?」
怯えるセシリアに向かって、サフィーナは大袈裟な動きで手を振った。
「いいえ、セシリアちゃんに非はないわ! 悪いのは、そこのっ」
サフィーナは床に転がるエミルに向かって指をさした。
「あなたね、階段から突き落とされるヒロインをタイミングよく受け止めることもできないの!? わたしが何回このシーン繰り返してきたと思ってるのよ!」
え? え? と、捻った足を庇いながらエミルが目を白黒させる。
「もう! やっと完璧なタイミングだったのに!」
叫んで、サフィーナは壁へ片手を押し当てる。
その瞬間、常に高慢なサフィーナの面立ちに奇妙な表情が浮かんだ。
苛立ち、疲労、――そして、悲しげな眼差しで足元を見つめ、唇を噛む。
いちど大きく息を吸って、彼女は昂然と額を上げた。壁へ当てた手の二本指が、とんと壁面を叩く。
「……【遡行申請:一時間】」
サフィーナさま、なにを言っているんですか? 口を開きかけたそのとき、セシリアの足元が大きく揺らいだ。
サフィーナの豊かな金髪が、ぶわりと浮いて波打った。制服のスカートがはためき、彼女を中心につむじ風が巻き上がる。
「ちょっぱやで鶏小屋を直してくるわ! テイク12で今度こそ決めるわよ!」
目の前が暗くなる一瞬、サフィーナが拳を握るのが見えた。
「絶対にあなたたちをくっつけて、わたしは、生きて日本に帰る!」
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