6. 生まれながらの気品

「さて! それでは予選を開始します! 私が『用意、スタート!』と言ったら、プレイを開始してください。最後まで残った8名が決勝トーナメントに進みます!」


 うぉぉぉぉぉぉぉ!!


 プレイヤーたちはテトリスマシンを高くつき上げ、スタジアムは興奮のるつぼと化していく。それぞれ、今まで必死に寝る間を惜しんでテトリスを攻略してきたのだ。スポットライトを浴びるのは自分だとばかりに、テンションマックスで叫んだ。


「それでは行きますよーー? 用意は良いですか?」


 急に静まり返るスタジアム。


 さっきまでの歓声が嘘のように、みんな血走った目で合図を固唾をのんで見守る。


「それでは……、スタート!!!」


 パパパパーン! パッパー!


 吹奏楽団がにぎやかなJ-POPメドレーを演奏し、プレイヤーたちは一斉にプレイに没頭した。


「ゲームオーバーになったらもう再開しちゃダメですよ、スコアでバレますからね?」


 ワハハハ!


 まだ余裕のあるプレイヤーたちから笑いが起こる。


 タケルは会長と共にステージの袖から感慨深く観客席を見上げた。自分の些細な思い付きがあれよあれよという間にこんなに多くの人の熱狂に繋がっている。それはまるで夢を見ているかのようにすら感じるのだ。


「いよいよ始まったな、タケルくん!」


 会長もワクワクした様子でタケルの肩を叩いた。


「えぇ、こんなに盛り上がるなんて最高ですよ! でも、テトリスはまだ第一歩にすぎませんよ?」


 タケルはニヤッと笑って会長を見た。


「え? 次は何を作るつもりじゃ?」


「それはお楽しみですよ」


 タケルは満面に笑みを浮かべながらステージを見上げる。


 そう、これはまだスタート地点に過ぎない。これを足掛かりにスマホを作り、莫大な富を築き、そして魔王を撃ち滅ぼして人類の歴史に名を残す。それはITベンチャーをキーとした壮大な旅なのだ。でも、今『魔王を倒す』なんて言っても会長には頭がおかしいだけにしか見えないだろう。


 ははっ……。


 タケルはつい変な笑いがこみあげてきて苦笑した。



        ◇



 くあぁぁぁ! しまったぁぁ!


 ゲームオーバーになってしまったプレイヤーの嘆き声があちこちから上がり始めた。


「スタッフのお姉さんたちは、まだプレイしている方のそばに立って旗を振っていてくださいねーー!」


 ぴったりしたコスチュームを着込んだスタッフの女性たちはにこやかに周りを見渡し、人だかりができているそばで赤い旗を掲げた。


 やがて、残っていた強者も、一人一人とゲームオーバーになっていき、お姉さんの数も余るようになってくる。


「はい、今、残ってるのは十名! あと二人脱落で確定です! あっ、後一名……。そして……確定、確定です!! 今残っている方、決勝トーナメント進出確定です!!」


 パパパパーン! パッパー!


 吹奏楽団の元気な演奏が決勝進出者を祝福し、会場は割れんばかりの拍手が響きわたった。


 タケルも拍手をしながら予選通過者を眺めていると、見慣れた顔がいる。クレアがタケルに向かってVサインを出しているではないか。なんと、クレアはこの数万に及ぶ参加者の中で勝ち残ったのだ。


「へっ? ま、まさか……」


 タケルは目を丸くしながら口をポカンと開けてしまう。数万の人の中で勝ち残る、それは並大抵の話ではない。きっと人知れずハードな練習を重ねていたのだろう。


 タケルはそのクレアの執念に苦笑しながら首を振り、そして大きく腕を突き上げ、サムアップしながらその健闘をたたえた。



        ◇



 いよいよ決勝トーナメント。ステージ裏では会長自ら進行の段取りを確認していく。この規模のイベントを成功させればアバロン商会の威信も高まるというもの。会長はビシッとタキシードに身を包んで、スタッフたちに檄を飛ばしていった。


「ちょ、ちょっと、困ります!」


 出場者の控えスペースでスタッフの女性が声をあげた。


 何事かと見れば、予選通過者と思われるフードをかぶった少年に屈強な護衛が二人ついて、護衛が特別待遇を要求しているようだった。


「ご、護衛……?」


 タケルは首をかしげた。なぜ、テトリスプレイヤーの少年に護衛がついているのか?


「あわわわわ……。ま、まさか……」


 会長はその様子を見ると真っ青になって駆け出した。


「我々は護衛であり、この方のそばを離れることはできない!」


「大会の規則では予選通過者のみの入場となっておりまして……」


「何を言う! そんな規則無効だ!」


「せめて、お名前をうかがっても……?」


「お前に名乗る名などない!!」


 押し問答が続く中、会長が割り込み、少年にひざまずいた。


「こ、これは殿下! 大変に失礼をいたしました!」


 えっ……?


 スタッフたちは驚いて後ずさる。


「ほう、お主は我を知っとるのか?」


 少年はフードを滑らかに脱ぎ、輝く金髪をファサっと揺らすとその鮮やかな真紅の瞳でニヤリと笑った。幼さを帯びたその端正な顔立ちには、生まれながらにして備わる高貴な気品が宿っている。彼こそが、才能に恵まれ、王国でも類を見ない名声を持つ第二王子、ジェラルド・ヴェンドリックだった。

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