untitled Fairy tale【Replay】
メリアルド・ディリア
秘事
コーヒーの日:メリアルド×ティード【untitled Fairy tale_Replay】
「俺の顔、そんなにおかしいか?」
ボクの目の前で読書に耽っていたティードが不意に言った。視線は紙面に落としたままで、ボクの返事を待っている。
陽に透けると鮮明な紅色になる、暗い
昼食を食べたあと、ボクとティードは夕食までの間、
ティードは
「…おかしく…ないよ?」
「だったら、さっきから俺を凝視してるのはどう言う了見だ?」
「…えッ、……とぉ〜」
視線は落としたままのティードから、答えづらい質問がすかさず飛んで来て、返す言葉に困って、ボクは言い淀む。
改めて、ティードが美形なんだな、って思ってた…とは言えない。
「その本、面白いのかな~って思って。さっきからお茶も飲まずに夢中で読んでるから…」
「…別に。寝食忘れる、ってほどでもねぇな」
そう答えてボクを見たあと、不意に視線を逸らして、ティードはちょっと前に紅茶を煎れて持ってきたマグカップを持ち上げて、ふ~っ、と息を吹きかけた。
曖昧なカタチだった湯気が彼の息に絡みついて、一緒に空気に溶ける。
その仕草が、なんだかとても色っぽい感じがして、心臓がキュッとなった。
寝癖がついたままの濃紺の髪は、梳かせば艷やかで、羨ましいくらいに綺麗で、髪色とは対象的な紅い眼は、野生動物のように鋭いのに、笑うと優しくて、粗野な言葉を放つ唇や、筋の通った鼻、細い眉が、ナイトメア特有の色素の薄い肌の上に整然と並んで、頬に差す赤みに彩られてる。
そりゃ、街の女の子たちが放っておかないよね、ってくらいの美貌の持ち主なのに、目の前で熱いお茶を冷ましつつ飲む兄は色恋事に興味がないのか、そう言う事には積極的な行動はしてなさそうで…。
正直、もったいないって思う反面、
「そう言うお前は退屈そうだが…、それ、つまらないか?」
紅茶を一口飲んでマグカップをゆっくりとコースターに戻して、ボクが抱える本を指差した。それにボクは太腿の上に広げた大判の本を眺めてから、またしても誤魔化すように答える。
「え!? あ…いやぁ~、そんな事ないよ」
「ティーダのイチオシ作家の新刊だろ?」
ティードに答えながら彼を見ると、いつの間にか紙面に視線を落としていて、ボクの顔は見ないまま、続けざまに質問を投げてくる。
お兄ちゃんは手の中の物語に夢中らしい…。
ボクの膝の上の小説本は、娯楽小説が好きなティーダが冒険に出る前に『読んでみたらどうだ?』と言って置いて行った本で、確かに面白いと評判の
そんな思いがティードに答えた声に乗ってしまった。
「うん…そうだけど……」
「なに?」
浮かない気持ちで答えるボクに、ティードは視線を上げることなく短い返事を寄越しただけで、文字を追いながらボクの返事を待っている。その様子がちょっと面白くなくて、ボクは大袈裟に溜め息を吐いて、不満と一緒に答えを吐き出す。
「…ボクが家の中でおとなしく読書出来る性格じゃないの、知ってるでしょ…」
「まぁ…な」
頷きながら『よく知ってる』とでも言いたげに、視線は本に落としたまま苦笑いを浮かべる。その様子がやっぱり面白くなくて、庭で
「あっ! ねぇ、庭で手合わせしない?」
すると、ティードは心底呆れた…、と大袈裟に一息吐いて、ボクを見据えて確認するように答えた。
「……お前のその脚で何をするって?」
添え木と包帯で大仰なほどに固定されたボクの右足首を指さしながら。
一昨日、日課の鍛錬中にティードの蹴り技を避けた時に、バランスを崩して変な方向に足を着いて、久々に捻挫しちゃった。
ティーダがいてくれたら、その場で
腱を痛めてるかもしれないから、しばらくは固定しておいたほうが良い。って言って、ちょっと捻っただけなのに添え木と一緒に足首をこれでもかってくらいに包帯でぐるぐる巻きにされちゃった…。
勝手にはずすと怒るから、ボクの右足はぐるぐる巻きのまま。一昨日から動きづらくて仕方がない。
それで、家でおとなしく出来ないボクが、退屈なだけの読書に勤しんでるのは、
「…もう、ぜッんぜんッ痛くないし。ちょっとなら右足着いて歩けるし…、筋トレ…くらいなら…」
「駄目だ」
伺うように下手に言ってみたものの、ティードからはすかさず『却下』と御達しが降りてくる…。
ティーダもだけど、うちのお兄ちゃんたちはボクに対して過保護が過ぎるんだよね…。
大事にしてくれてるのは分かってるし、有り難いとも思ってるけど。
時々、息苦しくなる…。
何を言ってもティードから返ってくるのは『ダメ』って一言だけだから、思いっきり不服だと頬を膨らませて、真顔を向けるティードを見詰めて無言で訴える。
しばらく見合って、ティードが不意に視線を逸らした。
「駄目だ。…ただでさえ、ティーダの留守中にお前に怪我させてんだ、アイツが帰って来たらなんて言われるか…。俺がネチネチ小言を言われんだぞ?」
面倒臭いことになった、と言いたげなティードに「…どうしても、ダメ〜?」と、愛想笑いを向けてみるけど、お兄ちゃんはボクを一瞥して、読みかけの本に再び視線を落として「駄目だ」と短く返してきた。
視線を合わせないのは『断固拒否』の意思表示。
こうなったらティードも譲ってくれないからなぁ…、諦めるしかないか。
頭では納得したつもりでも、気持ちがそれを受け入れられなくて、ボクはモヤモヤした感情を持て余して不満を吐き出した。
「わかったよ…、つまんないのっ!」
そう言いながら、オットマンに上げていた右足を下ろして、体重をかけないようにソファの肘掛けに手をついて立ち上がる。
どうにか気分を変えようとお茶を淹れに
「! お前なぁ…」
手のかかる妹だ、とでも思ったのか、ティードの顔には呆れやら苛立ちやらが浮かんで険しいものだったから、その感情に感化されたのか、ボクも気が立って、普段よりも素っ気なく強い語気で返してしまった。
「安心してよ、庭には行かないからッ!」
「…だったら」
なんで立つんだよ…、と言葉を飲み込んだティードの眼を睨みつけて、ボクは八つ当たり的に返す。
「ボクにはお茶を淹れる自由もないの?」
いつの間にか、ティードの顔には呆れよりも心配が溢れてたから。
その過保護さに辟易して、思わず苛立ちをぶつけてしまった。
「それは…、その足だと溢すだろ? だったら俺が……」
「もぉ~、うるさいなぁ。…ほっといてよ!」
ティードの手を払うと、彼はびっくりしたように一歩引いた。
ボクがいつになく苛立ってるから、戸惑ってるのかもしれないけど、その様子や『手助けしたい』っていう無言の圧がとにかく鬱陶しくて、これ見よがしに溜め息を吐き出して、ボクは踵を返し
右足を庇ってひょこひょこ歩くボクを気遣って、ティードがなにか言いたげに黙って後を付いて来る。
それがまた、煩わしい。
怪我してるからか、いつにも増して手を出そうとしてくるの、本当に面倒臭い。
ボクが廊下に出てもティードは黙ったまま後を付いて来るから、思いっきり不愉快だと顔を顰めて振り返り、纏わりつくイライラを不満と共に、彼に投げ付けた。
「…もう、子供じゃないんだから、ほっといてったら!」
「………」
半ば怒鳴りながら振り返ったボクを、ティードは黙ったまま、不満げに見下ろしてる。
そりゃ、そうだよね。今のボクの一言は、いくらなんでも八つ当たりが過ぎるもん…。
それでも険しい目付きでティードを見上げてると、彼の眼が不意に伏せて、その表情には悲しげな色が浮かんだ。
滅多に見せないティードのその表情が居た堪れなくて、何も言い返してこないことに苛立って、ボクは溜め息を付いて、彼に背を向けて歩き出した、その時、右足に走った不意の痛みにバランスを崩して
前傾で倒れ込むボクの体を、ティードの左腕が後ろから支えるように抱き止める。
「…っ!」
ティードの狼狽に近い呻き声が耳元でして、彼の体温がボクの背中を包む。思いもしない熱さに驚いて、ボクは後ろを振り向くことが出来なかった。
その熱の意味を知ってるから。
「…と、危ねぇな」
耳元でティードが呟く。それに伴った呆れとも安堵とも取れる溜め息がボクの耳を擽って、思わず頬が赤くなる。
お互いに兄と妹『家族』だと認識してるけど、ボクに向けるティードの視線が『妹』を見るものじゃないことは、ちょっと前から気付いてた。
けど、気付かないフリをしてるのは、ティードがボクを『妹だと思おうとしてる』のが感じられたから。
ボクに対しては『良き兄』であろうとしてるのが分かってたから。ティードの気持ちを嬉しく思ってても、それは言わないようにしてきたし、これから先も言わないつもりにしてる。
でも、それが、不意の接触に揺るぎそうになって、今、ティードの顔を見たら『妹』では居られなくなるような気がして、関係性が壊れるのが怖くて振り返れなかった。
「……大丈夫か?」
低く少し緊張した伺うような声が降ってきて、それに頷きながら、平静を装って答えるのがやっとだった。
「うん…大丈夫。…ごめん、心配してくれたのに」
ボクの言葉に応えるようにティードの腕に力が込められて、さらに強く抱き締められた。
彼の頬にボクの耳が当たって、そこに宿る熱が伝わってくる。
その灼熱に頭が灼かれて、くらくらする…。
「…頼むから、こんな時くらいは俺の言うことを聞いてくれ」
音のない廊下に、ティードの低い声が響いた。
二人分の体重を支えるために壁に付いたティードの右腕が、固く握った拳が小さく震えている。
そこに宿る感情が何なのか、ボクにはわからないけど、彼が何かしらの激情を抑えてるのは、混乱したボクの頭でもわかった。
「……うん、ごめん」
「茶は俺が淹れるから、お前はソファに戻ってろ…」
そう言ったあとティードは押し黙って、ボクの髪に唇を押し当てた。そのあとに彼から漏れた溜め息は、名残惜しそうで、ボクを離すのを躊躇ってるようにも感じて、ボクから離すように促した。
そうしなきゃいけないと思ったから。
「……もう大丈夫だから、離して」
「…あぁ」
俯いたまま彼を見る事なく言ったボクに、ティードは腕を離すと何もなかったように
それは暗黙の了解。
今、見合ってしまったら、『戻れなくなる』ことがお互いに分かっていたから。
残された彼の熱が冷めるのを寂しく思いながら、離れて行く背中を見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます