メイズさん対フランメさま(1)

 メイズさんの刃はフランメさまの腕に深く食いこんでいた。メイズさんはにやりと笑って刃を引こうとしたけれどかみそりはビクとも動かず、逆に力ずくで引きずり倒されてしまった。フランメさまの腕は傷口からほどけて大小さまざまな蛍に変わり、トゲだらけの脚で刃をからめとっていた。

 顔面から石畳に叩きつけられたメイズさんの後頭部めがけて、フランメさまがロングスカートの中の足を振りあげた。もぎ離されたかみそりが落ちる。

 けれどヒールが石段に突き刺さる瞬間、メイズさんは背中に目でもあるみたいに、その攻撃を紙一重でさけた。ガサガサと地面を這ってかみそりを口にくわえ、フランメさまに飛びかかる。首の後ろにしがみつくと、かみそりでフランメさまの顔面をめちゃくちゃに切りつけた。


 キャーキャキャキャキャ!!

 メイズさんののどから、金属をこするような笑いがあがった。


 フランメさまの首がいきなりぐりんと半回転した。メイズさんを引きずりおろそうと両手が伸びる。けれどメイズさんは紙一重でそれもかわした。カギみたいに曲がった指が空をつかむ。まるでフランメさまの動きがわかっているみたいだ。


 いや。わかっているかのように、じゃない。わかっているんだ。


 フランメさまはどうにかメイズさんをつかまえようと長いスカートを引きずり引きずり、腕を振りまわした。そのたびに人間ではありえない角度に関節が曲がったり、ねじれたりする。

 メイズさんはそのすべてを踊るようにかわしながら、何度も何度もかみそりで切りつけた。傷口からは青い蛍がこぼれ落ちる。落ちた蛍の一割くらいは格闘のどさくさで踏み潰されて青白い汁を飛ばしたけれど、残りはぶぶぶぶと舞いあがってフランメさまの身体にもぐりこみ、また元どおりひとつになった。

 メイズさんは懐中時計をちらっと見ると、不機嫌そうに歯をいた。


 あたしは最初、二体の怪物が争っているすきに横を通り抜けて晴神はるがみ様の社まで走ろうと思っていた。でも無理だ。戦いが激しすぎる。二体は空間をめいっぱい使って争っていた。石段を駆けのぼり、かと思えばそこから飛びかかって、切りつけ、つかみ、蹴った。もつれて転がり、投げとばし、叩きつけた。そのたびに石段が砕け、石灯篭がひっくり返る。


 あたしは前に進むどころか、森の方へじりじりとあとずさっていた。

 と、いきなり後ろから肩をつかまれる。ギョッとして振りむくと、泥だらけの顔にひんまがったメガネを乗せた峰子が、息を切らせていた。シャベルはなくしたらしく、手ぶらだ。

「峰子! ……生きてた!?」

「バカ。勝手に殺さないで。……それより、アレどうなってるの」


 峰子があごをしゃくった先では青い蛍が飛び回り、メイズさんの周りにいくつもの火柱をあげていた。メイズさんはその間をぬうように歩き回っては、フランメさまの身体を切りつけてゆく。


 あたしは説明の代わりに、峰子にランタンを見せた。峰子はゆがんだメガネの奥で目を細めると、ニヤッと笑った。

「なるほどね。フランメさまは、降女ふるめ候補になった女を生かしておけない。メイズさんもそれに気づいて……ううん。縫がそのアイディアを思いつくためのフラグが立ったことに気づいて、慌てて飛んできったわけね」

「……フラグ?」

「そうなるために必要な条件、っていうか……。とにかく、やったじゃん縫。プレイヤー気取りのやつらを盤上に引きずりおろしてやった。野蛮人バーバリアンのくせに上出来」

「それ、ほめてる?」


 戦いのほうに意識を向ける。ついにフランメさまがメイズさんをつかまえた。メイズさんの予知も万能じゃない――特にこんな、目まぐるしく状況が変わり続ける格闘の最中では。

 フランメさまはメイズさんを地面に押さえつけ、両目の青い光を浴びせた。チョコレート色の巻き毛がぱっと燃えあがる。メイズさんが絶叫し、フランメさまの手に噛みついた。そのまま指を食いちぎる。フランメさまは裂けた口から悲鳴の代わりに青い光を吐くと、メイズさんを振り回して石灯篭に叩きつけた。

 それでもメイズさんは離れない。フランメさまの身体を伝って這いあがり、今度は喉に噛みついて、蛍をむしりとってバリバリ噛みくだいた。その間も、手に持ったかみそりで脇腹や背中を何度も切りつける。フランメさまの顔が福笑いみたいに歪み、目鼻を背中にくっつけた蛍がウジャウジャ動き回った。髪を振り乱したメイズさんの顔は半分焼けただれて顔がむきだしになっている。鼻と口だけで目がない。


 ああ――みにくい。


 争いは、なんてみにくい。



「どっちが勝つのかな」

 木の陰に隠れながら、あたしは言った。峰子が爪をむ。

「どっちでも同じよ。勝ったほうが私たちの敵になるだけ。どうにかして、共倒れさせないと。共倒れ……」

 そこで峰子はフッとなにかを思いついた顔になって、ポケットからよれよれの黄色い紙を取り出した。ユーシャンさんからもらった護符の、残り一枚だった。

 峰子がつぶやいた。

「縫。上まで走れる?」

「足くじいちゃったけど、肩貸してくれればなんとか……なんか思いついたの?」

「……一か八かになるけど」

「上等」


 あたしがうなずいたそのとき、千載一遇のチャンスがやってきた。石段の上のほうにあった石灯篭がいきなり崩れてきて、フランメさまの後頭部に直撃したのだ。よろけた先に、また別の石灯篭があったからたまらない。フランメさまの身体はふたつの石灯篭にはさまれてぐしゃりとつぶれ、蛍がワッと舞いあがる。メイズさんはけたけた笑いながら、石段に散らばってもがいている蛍を踏みつぶしはじめた。


「……今!!」

 峰子の合図で、あたしたちは森から飛びだした。

 メイズさんの姿がぐんぐん近づいてくる。あたしたちに気づいたメイズさんは金時計に目を落とし、ギクリと硬直した。なにか、とても悪い予測が出ていることに気づいたんだろう。


 メイズさんはかみそりを振りかざし、あたしたちの前をふさごうとした。

 そのとき、空中に散っていた青い蛍がみるみる結集してフランメさまの姿になると、後ろからメイズさんにのしかかった。体格差にものを言わせて押し倒すと、ひとかたまりになってこっちへ転がってくる。


 あたしと峰子はギリギリでその横を走り抜けた。すれ違いざまに振り向くと、赤いワンピースと青いドレスが二色の渦巻になってもつれ合いながら、お互いに刃と爪をくいこませあっているのが見えた。


 そこからはもう、振り向かずに走った。つづら折りの石段は傾斜こそゆるいけど長い。あたしはともかく峰子は途中から明らかにバテはじめて、どっちが肩を貸してるんだかわからなくなった。

 それでもなんとか石段を登りきると、下にあったのと同じような石鳥居の奥に、ちんまりしたお社が建っていた。

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