うどんと呪文(3)
うどんを食べ終えて図書館へ戻ると、自転車置き場に女の子がいるのが見えた。
なんか見覚えがある子だなと思って足を止めると、向こうもこっちに気づいて、駆けよってくる。峰子が意外そうな声をあげた。
「
それは、バスケ部一年生の別宮泉ちゃんだった。背が小さくて、肩までの髪を三つ編みにしている。運動をしたがるタイプには見えないので、たぶん初音先輩めあてで入部したクチだろう。呪いの儀式をやったメンバーの、最後のひとりでもある。
「よかった。
はにかんでいた泉ちゃんが、いきなりすっと無表情になった。
「なんでバレー部の人と一緒にいるんですか?」
「その人、私たちの敵ですよね。ふたりで、なにしてるんですか」
自分より背の低い泉ちゃんに、峰子がぐっと気圧されたのがわかった。
「もしかして私達のこと、裏切ったんですか?」
「な、なんでそうなるのよ。そんなわけないじゃない」
「でも紗々美先輩の家に火をつけたのも、先輩の家を焼こうとしたのもバレー部でしょう。
「言ったけど……」
「バレー部が敵なら、敵と仲良くするのは裏切りじゃないんですか。初音先輩だって、そう言うと思いますけど」
「違う! 初音先輩は……もう、そうは思ってない。今朝、私に話してくれたから」
初音先輩の名前が出たとたん、峰子がちょっとムキになったのがわかった。あたしはなかなか口をはさむタイミングがつかめない。
「そんなこと、信じられないです。私聞いてないですもん。今朝からずっと、グループチャットにも投稿ないですし」
「たぶん先輩は自分の手で、この不毛な争いを終わらせようとしてるのよ。なのに、私達が火に油注ぐようなことしちゃダメだと思わない?」
「なんか、信じられないな。初音先輩のイメージじゃないです、そういうの。っていうか、
「え。な、なによ。そういうとこって」
「自分が一番、初音先輩のことわかってる……みたいな。たった一年早く入部したのがそんなに偉いですか。前から思ってましたけど、感じ悪いですよ、そういうの」
泉ちゃんが峰子に向ける視線に、今ははっきり敵意が宿っていた。
峰子は反論できないみたいで、くちびるをぎゅっと
代わりにあたしがなにか言い返してやろうかと思ったけど、その前に泉ちゃんは方向転換してしまった。そのまま、自転車を置いたところへすたすた歩いてゆく。
「……もういいです。初音先輩がいなくても、バスケ部は私達で守りますから。どっちが正しいかは、初音先輩が戻ってきたらわかるでしょうし」
「ちょっと、
「敵とこそこそ会ってるような人には教えられません。それじゃあ!」
そう言い残して、泉ちゃんは自転車に乗って去っていってしまった。
「どうする? 追いかけよっか」
あたしは峰子に耳打ちした。泉ちゃんは自転車をこぐ速度も大して早くない。あたしの足なら走っても追いつけそうだ。
けれど、峰子は首をタテに振らなかった。泉ちゃんに言われたことがよほど悔しかったのか、顔を真っ赤にしてうつむいている。
「……いい。どうせ、私の言うことなんか聞かないだろうし。それよりフランメさまのことを調べるほうが先」
「あんた、なんかスネてない?」
「ない!」
まあ、峰子の言うとおりではある。泉ちゃんがなにをする気だとしても、まさか力づくでしゃべらせるわけにはいかないし。あたしはバレー部からはぶられてるし……。
とにかくフランメさまの呪いさえ解くことができれば、バレー部とバスケ部とで争う必要はなくなるのだ。
あたしたちは図書館のロビーに戻ってきた。とはいえ、午前中あれだけ頑張ってなんの成果もなかったことを考えると、どうしても足どりが重くなる。
なんとなく、ロビーに置かれたガラスのショーウインドーへ目が向いた。
ショーウィンドーの中には『ふるさとの歴史』というタイトルで、昭和の街の写真や昔の農具なんかが並べられていた。あたしが物心ついたときからずーっと置きっぱなしになっていて、普段はわざわざ注目する人もいない(と、言い切れるほど図書館に来ているわけじゃないけど)。
だけど今日に限って、峰子がその前で足を止めた。
「峰子?」
声をかけても反応しない。メガネの奥の目を真ん丸にして、ショーウィンドーを見つめているだけだ。正面には、ボケボケの白黒写真がパネルに張り出されている。
『
『この地域は長年、水不足に悩まされており、ダム建設は急務でした。その建設地に選ばれたのが、旧
ダムを作るために村が沈んだという話は、小学校のころに聞いた気がする。確か、社会科の調べ学習かなにかで聞いてきたんじゃなかったっけ。
けど、それがどうしたっての?
不思議に思っていると、峰子が紙みたいに白い顔であたしを見た。
「ねえ、縫……。これ、なんて読むと思う?」
峰子が言う「これ」というのは、パネルの下に並べられている、ふたつの
どちらも小さくて地味な提灯だった。言われなければ気にせずスルーしてしまっていただろう。紙はすっかり黄ばんでよれよれになっている。
表面には筆文字でそれぞれ、
『降女』
『不降女』
と書いてあった。
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