迷子鬼譚(2)
はじまりは去年の秋口だった。
残暑の厳しいある日、菅生さん一家は県内の海辺へ遊びに行った。
そしてありすちゃんとももかちゃんの姉妹は、その砂浜で不思議なものを拾った。それはばらばらになった懐中時計の部品で、なんと部品一式がすべてが同じ場所に流れついていた。
不思議に思った家族は、それをバケツいっぱいに拾い集めて帰宅した。父親の菅生さんの職場近くに、半分趣味でアンティークを扱っている時計屋があったので、彼に頼んで復元してみてもらうことになった。
菅生さんは本当に直るとは思っていなかったが、三ヶ月ほどして、新品同然になった懐中時計が戻ってきた。とはいえ骨董品としての価値はほとんどないという話だったので、時計は長女のありすちゃんがアクセサリー代わりに持ち歩くようになった。
それから何週間かして、時計屋が死んだ。柱時計を修理しようとして、落ちてきた時計の下敷きになったのだ。時計の針が目に刺さってしまい、時計屋は即死。不幸な事故だった。
時計屋はその少し前からおかしな行動や発言が多くなっていたので、そのせいでありえないミスをしたのかもしれないと、親しい人たちは噂しあった。
時計屋の死は、ただのお客にすぎない菅生さんの耳には入らなかった。
一方で、ありすちゃんの様子にも少しずつ変化が起きていた。
ひとりごとが増え、ももかちゃんや友達と遊ぶことが減った。どこで手に入れたのか、両親が買ってもいないアクセサリーやメイク道具を持つようになり、問いつめられても反抗的な態度をとるようになった。
そして、ありすちゃんが通う小学校で不審な事故が起きはじめた。
落ちてきた理科室の備品に当たったり、防火扉に挟まれたり……子供たちの
なんとなくみんな、ありすちゃんに近づかなくなった。本人はそんなことはまったく気にしていない様子で、あの懐中時計に向けて一日中、ひとりごとをしゃべっていた。
ついに両親もこれはおかしいと気づいて、ありすちゃんから懐中時計を取りあげようとした。けれど、ありすちゃんは絶対に時計を手放そうとしないばかりか、ますます心を閉ざすようになった。
そして、三ヶ月前。ある春の日……。
「ありすちゃんは、妹のももかちゃんをバールでなぐって殺そうとした」
ユーシャンさんの言葉を先取りしたのは峰子だった。
「ももかちゃんは一命をとりとめたけれど、ありすちゃんは精神病院に入れられることになった。菅生さん夫妻は噂になるのを恐れて、ももかちゃんを連れて引っ越した。……でしょう? 知ってますよ、そのくらい」
ユーシャンさんはうなずかなかった。
「表向きは、そう。だけど……本当は家族が引っ越す前に、もう一波乱あったんだ」
事件のすぐあと、両親が集中治療室に入ったももかちゃんの回復を祈っていると、ある人物が接触してきた。それは奥さんのママ友で、話を聞いてみると、その人の実家は隣の
彼女は言った。
――こんなこと言うと、頭がおかしいと思われそうだから黙ってたけど……。
――おたくのありすちゃん、なにかよくないものが憑いてるみたいなの。
意外にも、菅生さん夫妻はこれを信じた。
もしかしたら、それまでにもなにか、説明のつかないことを目にしていたのかもしれない。
神主さん――ママ友さんのお父さんを菅生家にまねいて、ありすちゃんのお祓いを行うことになった。
お祓いは成功した。……らしい。
らしい、と言うのは、その場に居合わせた人から話を聞くことができなかったからだ。菅生一家の引っ越し先は不明で、ありすちゃんもどこかの精神病院に入った、ということしかわからない。例のママ友はお祓いの現場には行かず、あとで父親の神主から「なんとかなった、子供は助けられた」ということを聞かされただけだった。
神主は、お祓いの二日後に亡くなった。
実家の石段で足をすべらせて、首の骨を折ったのだった。
「……二年前の事件のあとも、私はずっと、ネットで情報を集め続けてた。実話怪談の掲示板とかを巡回して……もしまた
そしてユーシャンさんは一ヶ月ほど前、「神主の父が死んだ話」というタイトルで投稿されていた怪談を見つけた。
投稿したのはもちろん、菅生さんのママ友だ。そこには菅生さん夫妻から聞いたらしき、浜辺で時計の部品を拾った話なども書かれていた。
「懐中時計っていうのを見て、間違いないと思った。広島からの距離は離れていたけど、四国とは瀬戸内海でつながってる。それから一ヶ月、本人とメールのやりとりをしたり、時計屋さんの家族から話を聞いたりしながら夏休みを待って……やっと昨日、現地を見に行ってみたら」
「あたしがいた」
「そう。おそらくだけど……時計はまだ、あの家のどこかにある。神主に封印された状態で。ただ、あいつは道教の儀式で生まれた、台湾の化物だ。日本人のやりかたじゃ、完全には封印できなかったんだと思う。だから今度こそ、私がとどめを刺す」
そう言って、ユーシャンさんは自分のバッグから黄色いお札を出した。赤い墨で漢字がずらずらずらっと書かれ、四角いハンコが押してある。
「これは、私のひいじいちゃんが遺した奇門遁甲封じの護符。実物はもうないけど、去年台湾に帰ったとき、写真をもとに
「効くんですか、それ」
「……前はほとんど効かなかった。ただ、今の
そういうユーシャンさん自身、不安そうな顔をしているのが気になった。
「その……メイズさんをやっつけたっていう友達に、また手伝ってもらったりは」
あたしがたずねると、ユーシャンさんはかぶりを振る。
「知らせてない。自分がバラバラにした遁甲盤のカケラが別の土地で災いを起こしてるなんて知ったら、あの子はきっと責任を感じて傷つく。だから知らなくていい。あの子はもう、充分傷ついた」
ユーシャンさんはそう言って、ちょっと遠い目をした。
ふと気になってガラスの向こうを確認すると、うろちょろしていたバレー部員はいつの間にかいなくなっていた。それとも、まだどこかに隠れてこっちを監視してるんだろうか。
「私の話はこれで終わり。……次は、あんたたちの話を聞かせて」
ユーシャンさんはそう言って、あたしと峰子を見つめた。
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