迷子鬼譚(1)

「だけど、まずは場所変えよう。なんか殺気立った連中がうろうろしてる。あれ……あんたを探してるんでしょ」


 ハイネック女はそう言って、あごをしゃくった。

 そうだった。あたしは詩歌先輩たちに追われているんだ。「裏切者」のあたしが今の先輩たちに見つけられたら、どんなことをされるか……あるいは、させられるか……考えたくもなかった。


「私が泊まってるネカフェに行こう。シャワーもあるから」

 そう言われて、自分たちが泥だらけだったことを思い出した。あたしがひっぱたいた峰子の顔は赤くれてきているし、たぶんあたしは全身ひっかき傷だらけだ。

 とはいえ。


 あたしたちが返事できずにいるのを見て、ハイネック女は困ったような顔で笑った。

「いや、わかる。怪しいのは自覚してる。そうだな……私、メイズを追ってるんだ。前に友達が退治したあの化物を、もう一度よみがえらせないために。うん……こうやって正直に話すと、よけい不審者か」

 ハイネック女はそう言って、ほっぺたをかいた。

 自信なさそうな動作がクールな見た目とミスマッチで、あたしは逆に、この人を信用してもいいような気がしてきていた。メイズさんの言葉には逆らってしまうけど、構うもんか。他人の家に放火しろなんて占いを聞くよりましだ。


 あたしは立ちあがって、ハイネック女と向き合った。

「……教えてください。メイズさんのこと。あたしは須賀……」

「縫でしょ。知ってる」

 ハイネック女は、自転車のフレームをぽんと叩いた。そこには、名前と学校名と住所を書いたシールが貼ってあって……って、あ!!

「もしかして昨日、あたしが置いていったから……?」

「そう。あのときメモさせてもらった。それで今日は、朝からあんたをずーっと見張ってたわけ。おかげで、今こうして話せてる」

 自転車の上から手を伸ばして、ハイネック女は言った。

「私はウー宇珊ユーシャン。……さ、乗って。三人乗りできるか、試してみよう」



 ハイネック女……もといユーシャンさんは、台湾出身だという。今は広島県の北斗市というところに住んでいる、中学三年生だった。

「この街で起きてることは、ネットで前から調べてた。でも、さすがに訪問するには夏休みまで待つしかなくて。四国は遠い。……あと私、大学生だってウソついて泊まってるから、ネカフェで中三だって言わないでほしい」

「……よくごまかせましたね」

 と、言ったのは、なりゆきでついてきた峰子だ(丸メガネは回収した)。さすがに置いていくわけにはいかなかったし、峰子もあたしと同じくらい、なにが起きているのか知りたがっていた。

「身分証とか要求されませんでした?」

「された。日本語よくわからないフリしてゴリ押した」

 なるほど。



 お目当てのネカフェは、駅の裏手の雑居ビルにあった。峰子は片方はだしだったので、ついでにスーパーでスリッポンを買ってゆく。

 シャワーで汗を流したあと、「人目がある場所のほうがいい」というユーシャンさんの提案で、駅前のドーナツショップに移動した。

 隠れてもどうせメイズさんの占いで見つかってしまう。それよりは、開けていて人が大勢いる場所にいたほうが安全だというわけだ。確かに詩歌先輩たちも、駅前で堂々と放火はできないだろう。

 人心地ついたところでお腹も空いていたので、ドーナツを食べながら話を聞くことにする。

「えーと、フレンチクルーラーとポンデリング二つずつ、ポンデのストロベリー。オールドファッションも二つ。あとチョコリング……」

「ちょ、ちょっと縫。私そんなに食べないけど」

「は? なんであんたが食べんの。自分の分は自分で注文してよ」

「いや量」

 あたしがメロンソーダのLを受け取って席につくまで、峰子はずっとなにか言いたげな顔をしていた。なんか文句あんのか。


 そして、ユーシャンさんは話しはじめた。

 物語のとんでもなさはあたしの想像以上だったし、意味不明な難しい言葉も多かった。それでも話についていけたのは、それがどこか、あたし自身の体験に重なるところがあったからだ。

「……メイズさんは、台湾で生まれた。本当の呼び名は迷子メイズゥ小鬼シャオグイという」



 百年以上昔のこと。台湾に、ある道士(霊能者みたいなものらしい)がいた。道士には小さい娘がいたんだけれど、その子はあるとき、不幸な事故で死んでしまった。

 なんとか娘をよみがえらせたいと思った道士は、養小鬼ヤンシャオグイという術を使うことにした。土に娘の血と骨を混ぜこんで人形を作り、その人形に、娘の魂を宿らせようとしたのだ。


「でも養小鬼ヤンシャオグイは死者を生き返らせる術なんかじゃない。死者の魂を長く留めれば、ただの化物になってしまう。おまけにその道士がやったのは、普通よりもさらに危険な術だった」


 道士は娘の魂を宿す依代よりしろとして、懐中時計に似せた遁甲盤とんこうばんを作った。

 遁甲盤というのは占いの道具だ。その占いは方位や日付を使った奇門遁甲きもんとんこうというもので、現在では開運術なんかに使われている。養小鬼ヤンシャオグイにも持ち主に幸運をもたらす力があるというから、道士はそのふたつをかけあわせることで、より大きな幸運を引き寄せようとしたのかもしれない。

 だけど結果的に生まれたのは、未来を見通し、人間の運命をねじまげてその命を食べる恐ろしい怪物……迷子メイズゥ小鬼シャオグイだった。


「戦争が終わって、迷子メイズゥ小鬼シャオグイは日本に持ちこまれた。それを封印するために台湾から呼ばれたのが、道士だった私のひいじいちゃん。ひいじいちゃんのかけた術で、迷子メイズゥ小鬼シャオグイはずっと北斗市に封じこめられていた。だけど、二年前……私がその封印を解いてしまった」


 ユーシャンさんが望んでそうしたわけではなかった。メイズさんが占いを通じて周りの人たちを操り、そうなるように仕向けたのだ。


迷子メイズゥ小鬼シャオグイのやり口は狡猾だ。はじめは幸運を与えて、占いをすっかり信じさせる。そして相手を、占いの結果になんの疑問を持たず行動する操り人形にしたてあげる。霊感商法と一緒。依存させる。孤立させる。それから……敵を与える」

「……敵」

 それってまさに、今のバレー部が置かれている状況と一緒なんじゃないか。

「だけど、それは迷子メイズゥ小鬼シャオグイの罠だ。あの占いをやった人間には、あいつとの『つながり』ができてしまう。あいつはその『つながり』を利用して幻を見せ、とんでもないところへ迷いこませて……死に追いやる。二年前は、四人死んだ」

 あたしは背中に冷たいものを感じた。

 占いをやったら? だったらあたしは、もう……。


「私も一度死にかけた。そのときできた傷がこれ」

 ユーシャンさんはそう言って、ハイネックのえりをまくってみせた。

 峰子がハッと息をのむ。だけどあたしは、そこになにがあるのか、とっくに知っていた。

 ユーシャンさんの首には、刃物ですっぱり切ったみたいな、大きな傷跡があった。


「結局、あいつを退治したのは私の友達だった。迷子メイズゥ小鬼シャオグイにも弱点があったんだ。ひとつは、どんな幻を生み出してもにおいまでは再現できないこと。もうひとつは推測だけど、あいつ自身、自分でねじ曲げた未来の先の先まで、完全に予測できるわけじゃないってこと」

 あたしは、詩歌先輩がやっていた「実験」のことを思い出した。確かにあのときも、占いでわかった未来をひとつ変えれば、そこから先の占い結果は全部ひっくり返ってしまっていた。


「結果的に、人間をナメくさってたあいつの言動そのものが逆転のヒントになった。友達があいつの懐中時計をバラバラにぶっ壊すと、力を失った人形も崩れて消えた。時計の残骸は増水した川に流されて……たぶん、海に出た」

 ユーシャンさんは淡々と話しながら、店のガラスの向こうをちらっと見た。

 見覚えのある女の子たちが、物陰からこっちを見つつ、電話で話している。遠くて顔はよく見えなかったけど、バレー部一年の誰かだろう。詩歌先輩があたしたちを見張らせてるんだ。

「ここまでが、私の体験した事件。この先は電話やネットでいろんな人から聞いた話で、推測とかもかなり入ってる。でも、そんなに大きくは外れてないはず」

 ユーシャンさんはそう断ってから、話を続けた。

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