フルメトフランメ(3)
峰子の話なんか聞きたくもない……と言いたいところだったけど、正直、興味があった。
トイレで立ち話もなんなので、自販機前の談話スペースに移動する。みんな決勝戦を見に行っているおかげか、他には誰の姿もなかった。
「例の朝練事件、おぼえてるでしょ? あの、すぐあとよ。初音先輩が『バレー部を呪ってやろう』って言いだしたのは……」
「興味があるなら、放課後、私の家に来ること。ただし、覚悟はしておいてもらうよ。少しばかり血を見ることになるからね」
そう言われて、みんながちょっと尻込みする中、初音先輩の誘いに乗ったのは、前から先輩のオカルト話に夢中だった峰子、面白そうな遊びに目のないギャルの
儀式の参加メンバーはその日の夕方、さっそく初音先輩の自宅に集まった。おしゃれな洋風の一戸建てで、二階の部屋には半円形のバルコニーがついている。両親は不在で、家には峰子たちだけだった。
はじめて初音先輩の部屋を訪れた泉ちゃんは、落ち着かない様子でしきりにキョロキョロしていた。初音先輩は苦笑する。
「
「あ、ハ、ハイ」
泉ちゃんが顔を赤くする。対照的に、紗々美先輩は他人の部屋とは思えないほどリラックスしまくっており、勝手にベッドでゴロゴロしている。
「ってゆーか、ズミがこういうの来たがるの珍しいよね。ミネは肝試しとか好きだし、来るだろうなーと思ってたけど」
「いえ、その。最近、ファンタジー小説とか読んで……魔法とか、儀式とかに興味があったので……」
泉ちゃんはそう言うけれど、本当は初音先輩の部屋に来たかっただけだろうな、と峰子は感じたそうだ(どうせお前もそうだろ、とあたしは思った)。
「さて。はじめようか」
ぶ厚いカーテンを閉ざすと、部屋はほとんど真っ暗になった。明かりはローテーブルに並べたキャンドルのみ。エアコンも切っているので蒸し暑い。
そしてキャンドルの中心には、キッチンナイフと小皿が置かれていた。
「最初に、今日の儀式について話しておこう。私たちはこれから『フランメさま』の霊を呼び出し、
「……フランメさま?」
峰子たち三人にとっては、はじめて聞く名前だった。
「ああ。
「なに、カケーって」
「火あぶりになったということさ、紗々美」
初音先輩の話を聞いて、峰子はゾクゾクと暗い興奮をおぼえた。この、退屈でどん詰まりの田舎町をそっと抜け出して、スリリングな妖しい魔法の世界へ分け入ってゆくような気がしたからだ。
「まずは契約の対価……
初音先輩はそう言って、キッチンナイフで人差し指の先を切った。
小皿に血の
初音先輩はアルコール配合のウェットティッシュで刃を消毒すると、ナイフを紗々美先輩に回す。続いて泉ちゃん、そして峰子。四人の血が小皿に集まった。
初音先輩はそこにアロマオイルを少しだけ注いでかき混ぜると、ランプに入れて火をつけた。
部屋に、ぱっと薔薇の香りが満ちる。
「さて。ここに呪われるべき者達の名を記したリストを用意した。次はこれを火にくべ、フランメさま召喚の呪文を
「あの……は、初音先輩」
おずおずと手をあげたのは泉ちゃんだ。
「呪われたら……どうなっちゃうんでしょうか。ま、まさか、死んだりとか」
「さあて、どうだろうね。……怖くなったなら、やめてもいいけれど?」
「い。いえ。大丈夫です」
「よし。なら続けよう」
初音先輩はそう言うと、バレー部レギュラーと府頭先生の名前が書かれたリストをランプの火にくぐらせた。ぽっと燃えあがったそれを、クリスタルの灰皿に落とす。
「さあみんな、私に続いて。バールガミサ・バルガミサ」
「……バールガミサ・バルガミサ」
「フルメトフランメ・フルメカツレウァ・アーメフラッシェ・タムウェー」
「フルメトフランメ・フルメカツレウァ・アーメフラッシェ・タムウェー……」
初音先輩たちは同じ呪文を何度も何度も繰り返した。おかげで峰子もすっかり、呪文の中身をおぼえてしまったというわけ。意味はさっぱりわからなかったが……フランメ、という言葉が入っていたので、たぶんドイツ語なんだろうと峰子は思った(あたしはその呪文、どこかで聞いたような気がしたのだけれど、どうしても思い出せなかった)。
灰皿に落としたリストはあっという間に燃え尽き、黒い燃えかすだけが残った。それでも初音先輩の詠唱は止まない。
やがてオイルが尽きたのか、アロマランプの火がだんだんと小さくなりはじめた。すでに他のキャンドルは消されておいて、部屋の明かりはそのランプだけ。火が弱まるにつれ、部屋はどんどん暗くなってゆく。
やがて、最後の炎がふっつりと消え、部屋は一面の闇に染まった。
同時に、初音先輩の呪文も途切れている。闇と沈黙の中、峰子たちは息を殺し身じろぎひとつしないまま、初音先輩の言葉を待っていた。
と、峰子の隣にいた泉ちゃんが、ひゅっと息をのんだ。峰子もすぐに、その原因に気づく。光だ。
カーテンのわずかな隙間から、ちらつく青い光が漏れていた。
峰子には、その光の正体がなんなのか想像もつかなかった。車のヘッドライトとか救急車の回転灯とか、白や赤の光なら珍しくもない。けど、青い光なんて。
シルエットになった初音先輩が、窓際に向かってじりじり移動しはじめた。そっとカーテンに手をかけ、勢いよく左右に引く。
そこには。
――なにもいなかった。
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