灼熱の夏(2)

 あたしと峰子が果西かさい第一だいいち中学校の体育館に駆けつけてみると、思ったとおり、女子バレー部と女子バスケ部のにらみあいになっていた。


 バレー部の練習着に身を包み、腕組みをしてコートに立つのは西林さいりん詩歌しいか先輩。我らがバレー部の主将だ。

 締めるべきところはキッチリ締めるけれど、基本的には優しく面倒見のいい人で、部員みんなから慕われている。おでこによく目立つほくろがあって、ちょっと大仏様の額にあるアレ(白毫びゃくごう、とか言うらしい)に見えなくもない。

 おかげで、ついたあだ名は「仏の西林」だ。


 そんな詩歌先輩の、いつになく厳しいまなざしを半身で受け流すようにして、東山初音先輩が立っていた。

 こちらは、まだ制服姿だ。ツンとすました横顔。毛先にゆるいウェーブがかかった黒髪は、付け焼き刃の峰子とは比べようもないくらいサマになっていた。耳たぶで光っているのはシルバーのピアス。もちろん、校則違反である。

 さっきも言ったように、初音先輩は女子バスケ部の部長。そして学校でも指折りの有名人……いや、問題児だった。

 誰が呼んだか、「悪魔の東山」。



 今でも語り草になっているのは、あたしと峰子が一年生の春。新入生を体育館に集めて部活動紹介が開かれたときのことだ。

 バスケ部の次期部長として壇上にのぼった初音先輩は、こんな演説をやらかしたのである。

「我らが果西第一中学は、全生徒への部活動加入を義務づけるという前時代的じだいおくれな校則を定めておきながら、肝心な部活動の充実には驚くほど無頓着だ。文化部は美術部、放送部、吹奏楽部のわずか三つ。残りはすべて運動部だ。教師諸君の、子供なんて適当に外で走りまわせておけばいい――そうすれば『悪さ』をする暇もなくなって、手がかからずに済む――という、浅はかな考えが透けて見えるというものだね」


 初音先輩はここで言葉を切ると、唖然あぜんとしている一同をぐるりと眺め回した。いちいち言葉が難しくて、あたしには半分くらいしかわからなかったけれど、それでも先生方にケンカを売っているというのはわかった。


「だが、私たちは馬車馬ばしゃうまではない。人間だ。果たして、脳死状態でだらだらとボール遊びをする行為が人間らしさを育むだろうか? いなだとも。人間の輝きとは知的好奇心と自由な精神こそが生み出すものだと、私は考えている。そこで、我が女子バスケットボール部は、まじめに練習を……しない」

 体育館の後ろのほうで見守っていた先生たちが、慌てて壇上に向かってくる。

 初音先輩はその様子を見ると、さっと逃げ出す構えをとりながら、こちらにウインクをしてみせた。

「放課後の数時間といえど、諸君の大切な人生の一部! それを無駄にさせる権利は誰にもない。女子バスケットボール部は、諸君の自由な時間を尊重する!」

 そして初音先輩は拍手喝采を背中に受けながら、体育館を飛び出していった。


 その年、女子バスケ部はいっぺんに部員数トップへと躍り出た。

 公約どおり部員を束縛しない初音先輩の方針により、ほとんどの部員は幽霊部員、というか実質「帰宅部」になったけれど、初音先輩個人にシビれてしまった一部のグループは彼女のとりまきになって行動をともにするようになった。

 もちろん、峰子もそのひとりだ。



「……初音先輩!」

 あたしを追い抜き、峰子が初音先輩のところへ駆けていく。

「やあ、峰ちゃん。おはよう。そこの詩歌大仏が、コートを譲ってくれなくてね。少しばかり難儀していたんだよ」

 どこか面白がっているふうな初音先輩の軽口に、詩歌先輩の眉がひそめられた。

「当然でしょう。譲る理由がないもの」

「あるさ。今朝の体育館使用権は、私たちバスケ部にある。チカちゃんは確かに、そう請け負ってくれたよ」

 チカちゃんというのはバスケ部顧問の近見ちかみ先生のことだ。若い女の先生で、親しみをこめて……というよりはなかばナメられて、そんな呼ばれかたをしている。


 あたしは峰子と初音先輩、そして数人の女子バスケ部員――別名・初音親衛隊――の横をすり抜けて体育館に入ると、詩歌先輩の脇についた。

「詩歌先輩、おはようございます。峰……じゃなかった、バスケ部の瀧さんも、さっき同じこと言ってました。近見先生が、府頭ふとう先生に話つけたって」

「本当?」

 小さくてつぶらな瞳が見開かれる。

「はい。でも、聞いてないですよね、そんな話」

 話し合っていると、初音先輩が図々しく口をはさんでくる。

「そんなもの、君たちのところのオランウータンが連絡し忘れただけじゃないのかい?」

 それを聞いて、峰子はじめ、バスケ部の連中が爆笑する。こっちでも双子の熊野くまのクミとマミがけたけた笑っていたので、あたしは肘鉄ひじてつを食らわせて黙らせた。

 でも実際、部活動中じゃなければあたしもお腹を抱えて笑っていただろう。なぜなら「言いえて妙」だったから。

 ちょっとだけゆるみかけた空気を引き締めたのは、昇降口のほうから飛びこんできた平城へいじょうれん先輩のひと声だった。

「先生たち、来たよ」

 見ると、近見先生とオランウータン……じゃなかった、バスケ部顧問の府頭先生が、渡り廊下をこちらへ歩いてくるところだった。

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