第93話 テルドリス遺跡

 テルドリス遺跡は、王都ルディナリアから船で二日ほどの無人島にある。

 ミズトたち討伐隊は冒険者ギルドが用意した大きな船で、遺跡のある島へと向かっていた。


「おうおう、剣聖と言ってもまだ小僧のくせに、舐めた口きくじゃねえか!」

 船上に低音の声が響いた。『氷雪旅団』のリーダー、ジェイクが剣聖ギルバートを怒鳴りつけたのだ。


「フン、笑わせるな。たかが冒険者の分際で、この剣聖と対等なわけないだろう」

 見下すように言い返す。


 長髪で優男やさおとこの剣聖ギルバートは、他の戦士系クラスと違い、金属製の鎧は装備せず、黒い革で造られた服を着ていた。

 背中には、どうやって抜くのか不思議に思えるほどの長い剣を背負っている。


「言うじゃねえか! レアクラスの剣聖と言っても、てめえは所詮勇者の腰巾着でしかねえんだ。ここでしつけてやろうか?」

 ジェイクが背負っていた斧の柄を掴んだ。


「やるというなら、相手してやっても良いぞ、冒険者風情が」

 剣聖ギルバートも剣に手をかけた。


「待て待て待て待て! ギルバート、お前なにケンカなんてしてんだ! そっちの傷のオッサンもちょっと落ち着いてくれ!」

 勇者リアンが二人の間に入り、両手を広げ手の平をそれぞれに向けた。


「リアン、そこをどけ。こういう老害は排除しておくのに限る」


「ああ? 勘違いした小僧には、やっぱりしつけが必要みたいだな!」


「だから、こんなとこで争っても意味ねえだろぉが!!」

 勇者も参戦するんじゃないかという勢いで大声を上げた。


(…………こんなんばっかだな)

 離れた位置にいたミズトは、呆れるようにその様子を見ていた。


 たった二日間の行程で、こんな争いが何度起こったことか。

 一癖も二癖もあるB級冒険者が集まると、お上品に大人しくしている者は少なかった。


 とくに、柄の悪い『氷雪旅団』のメンバーか、冒険者を見下した態度の剣聖ギルバートが、必ずと言っていいほど絡んでいる。

 その度に取り纏めのハロルドや勇者リアンが仲裁に入り、なんとかここまで来たのだ。


 ただ、実力を疑われている異界人いかいびとのミズトも何度か争いのネタにされたが、上手く切り抜けて巻き込まれないで済んでいた。


「ねえ、ミズト、そのフェンリルも戦うのかしら?」

 そんな争いごとにはまったく興味を示さないセシルが、ミズトのかたわらに座っているクロを見て唐突に言った。


「え? セシルさん、クロがフェンリルって分かるのですか?」


「もちろんよ、精霊使いだもの。でも、黒いフェンリルは珍しいわね。見たことないわ」


「さすがセシルさんですね。やっぱり黒くてもセシルさんが召喚するフェンリルと同じなのでしょうか?」


「そうね、間違いないわ。ただ、精霊界にいる精霊と違って、こっちで生活している精霊は、死んだら復活しないわ。戦わせるなら気をつけて」

 セシルはしゃがんでクロを撫でた。

 無表情のセシルと反対に、クロが嬉しそうに声を出す。


「召喚する精霊とは違うってことですね。アドバイスありがとうございます。戦わせたことはないですが、気にかけることにします」


 とは言ったものの、ミズトはクロで気になることがあった。

 言葉で言った通りクロが戦ったことはない。しかし、ずっとミズトと行動を共にしてきたクロは、経験値が分配され『ドラスヴェイル古代坑道』を攻略したあたりから、レベルがおかしなことになっていたのだ。


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 クロ LV81

 種族 :ブラックフェンリル

 加護 :ミズト・アマノ

 属性 :火水風地

 ステータス

  筋力 :A

  生命力:B

  知力 :A

  精神力:B

  敏捷性:A

  器用さ:B

  成長力:A

  存在力:A

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(レベル81って、セシルと一緒に戦ったアークデーモンと同じなんだけど…………。クロってもしかして強いのか?)


【クロはまだ幼体のため戦闘可能か不明です。ただし、その辺のモンスターに殺されることはないでしょう】


(そうか……。まあそれならそれでいいか)

 ミズトはセシルと同じようにしゃがむと、一緒にクロを撫でながら、前の世界で何度が耳にしたことのある『ペットは家族の一員』と言っている気持ちを、なんとなく理解しだしていた。



 *



 無人島に到着すると、船員たちを残し六パーティで構成された討伐隊が船を降りた。

 島には植物などの自然は少ないようで、かつて建物だったと思われる石の残骸が無造作に散らばっていた。


「なんだよ、おい。遺跡っつうより元遺跡だな。建物らしいものが何一つ残っちゃいねえじゃねえか」

 『氷雪旅団』のジェイクが辺りを見回しながら言った。


 彼の言う通り、建物の原型を留めているものはなく、見えるものと言えば崩れかけた石の柱や壁だったと思われる断片だけだった。


「そのようだ。だが我々としては戦いやすくなり好都合だの。ここはダンジョン化され、古代種が出現すると思われるエリアまで、かなりのモンスターと遭遇するという情報だ。それでだ、ミズト。君には先に確認したいことがある」


「どのようなことでしょう?」

 ミズトは元の世界の自分と同世代に見えるハロルドに答えた。


「君の使える最強の攻撃魔法が何か教えてもらいたい。本来、そんなものを他人に教える筋合いはないのだが、皆の憂慮を少しでも払拭しておきたいのでの」


「私の使える最強と言われましても、そもそも私が習得している攻撃魔法は『ストーンバレット』『ファイアアロー』『エアーショット』『ウオーターボール』の四種類だけです」

 ミズトは自分に視線が集まっていると感じながらも、事実を答えた。


「てめえ、ふざけてんのか! 全部初心者用の魔法じゃねえか!」

 ジェイクが怒鳴りつけるように言った。


「申し訳ありませんが、四つしか習得していないのは事実です」

(戦闘では『ストーンバレット』しか使ったことないけどな)


「ちょっと待てよ、ハロルドさんよぉ! どうすんだ、これ? 四属性が使えるのは異界人いかいびとっぽいとしても、最弱魔法じゃ話になんねえぞ?」


「そう言うな、氷雪旅団の。やはり最初の話の通り『ミズトとセシル』には、戦って実力を見せてもらおうぞ」


「ケッ、なんかやってられねえ気分だぜ」

 ジェイクはミズトをひと睨みし、そのまま歩き出した。

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