第83話 廃教会
その日の夜、トリスターノは約二十名の冒険者を引き連れて廃教会へ向かった。
C級冒険者『草原の風』もいるので過剰な戦力ではないかと思えたが、記録的な早さで昇級した
現状のエシュロキア冒険者ギルドで考えうる最高戦力を揃えた。
「トリスターノさん。何度も言いますが僕はミズト君と戦ったりしませんから。彼と戦いにならないように参加することにしたんです」
トリスターノと並んで歩くニックが言った。
「ああ、分かってるさ。ギルドもC級同士の戦いなんて望んじゃいない。君たち『草原の風』は保険だ」
「それならいいんですが……。トリスターノさんは本当にミズト君が来ると思ってるんですか?」
「それは正直分からん。しかし、何かしらあるのは間違いないだろうと考えている」
「なるほど、そのための僕らってことですね」
ニックは納得するように言った。
それからトリスターノ達が廃教会へ辿り着くと、長い間使われていないはずの教会に明かりが
「やはり誰かいるようだな。お前ら、気付かれないように近づくぞ」
トリスターノは小声で冒険者たちに言った。
皆で静かに教会へ近づいていくと、中から話し声が聞こえてきた。
この周辺には古い墓地しかないためか、声が漏れることを警戒している様子はない。
「よくやった、アンガス。殺人の罪まで押し付けるとは、さすが闇ギルドだな」
「ふん、我々にすればどうってことのない依頼だ。それよりも先に金だ、レジナルド」
「貴様、子爵様の前だというのに、意地汚い奴だ」
「よい、レジナルドよ。アンガスと言ったな。ちゃんと『精霊石の首飾り』は持ってきたのだろうな? それの買い手はもう決まっておるのじゃ」
「もちろんだ。我々の仕事に抜かりはない」
ジャラっと貴金属が鳴らす音が聞こえると、トリスターノが扉を蹴破り教会内へ駆け込んだ。
「そこまでだぁ!!」
「な、なんだ? 何者だ!?」
「これはアボット子爵。まさかあなたがこんなところにいらっしゃるとは。隣は商人のレジナルドか。で、黒いのが闇ギルドのアンガスだな」
教会内には太った中年の男が二人と、黒装束で盗賊風の男が一人いた。
「き、貴様は冒険者ギルドのトリスターノ!?」
声を上げたのは商人のレジナルドだ。
「現場は抑えたぞ。レジナルドよ。お前は黒い噂が絶えない商人だったが、まさか禁止されている精霊石の売買に関わっていたとはな」
「なっ!? くっ……こうなったらアンガスよ、追加も支払うから、こいつら全員殺すんだ!」
「無理だな……。その男の後ろにいるのはC級冒険者の『草原の風』だ。俺一人ではどうにもならん。それに、外に配備していた俺の仲間の気配もなくなっている」
アンガスは両手を上げジャスチャーで表現した。
「そ、そんな……。し、子爵様! どういたしましょう!?」
「ええい、どいつもこいつも役に立たんわ! トリスターノとやら。貴様は貴族であるこのワシをどうしようと言うのじゃ?」
「領主様所有の屋敷から『精霊石の首飾り』を奪い、王国法で禁止されている精霊石の売買に関わった疑いで、領主様へお引き渡しします。それに、冒険者ギルドとしては、冒険者に罪を
「貴様ぁ! 貴族に向かって無礼であるぞ! 貴族であるこのワシが、貴様ら
アボット子爵は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「いいえ! 例え貴族でも王国法を侵す者は罰せられるわ!」
強い口調で前へ出てきたのは、鎧ではなくドレスを着たクレア・フェアリプスだった。
「何だと? 小娘が、貴族のような恰好をしおって!」
「無礼者! アボット子爵よ、貴方はどなたに対して発言されているのか理解しているのか!」
続いて現れたのは、全身に鎧を装備したエドガー・スモールウッドだった。
「そ、それは王国騎士の鎧!? 馬鹿な、なぜ王国騎士がこのようなところに!?」
「こちらにおわすお方はフェアリプス王国第一王女、クレア・フェアリプス王女であらせられる! 控えるのはアボット子爵、貴方の方である!」
「ク、ク、クレア王女だと……? そんなわけ……」
たじろいでいるアボット子爵に、クレアは近づいて言った。
「アボット子爵。率先して王国法を遵守すべき貴族でありながら、私利私欲のために自ら王国法を破った行い。王女であるこの私が確と聞きましたわ!」
「く、くそ……」
「そういうことですよ、子爵殿。平民の俺たちにどうこうされなくても、王族は別ですよね?」
トリスターノはニヤっと笑った。
「あ~あ、どうも形勢が悪いみたいだな」
そう言ったのは闇ギルドの盗賊アンガスだ。
「アンガス、諦めるんだ。お前が率いるこの町の闇ギルドは、今日を機に壊滅させてやる」
「トリスターノ、今日は貴様らの勝ちだが、次はそうはいかんぞ。我々闇ギルドを必要とするあくどい連中なんて、まだまだいくらでもいるんだ。じゃあな!」
アンガスは大きく飛躍した。
「ま、待て!」
トリスターノの声と同時に、周囲にいた冒険者が逃がすまいと武器を構えた。
しかし、それよりも早く、アンガスは何かに撃ち落されるように、急激に落下し地面に激突した。
「ぐはっ!?」
アンガスは衝撃で気を失った。
「でかした! よし、お前ら、三人を拘束するんだ!」
トリスターノがそう言うと、冒険者たちがすぐに紐を取り出し縛り上げた。
「くそ!」
「なぜこんなことに……」
アボット子爵と商人のレジナルドは険しい表情をしている。
「はっは、観念したみだいだな。アンガスを止めた者、お手柄だ! 誰だ? ニックたちか?」
トリスターノは縛られた三人を、嬉しそうにポンポンと叩きながら周りを見回した。
「いえ、僕たちではありません……」
ニックが答えた。
「なんだ? 違うのか? 今のお手柄は誰だ?」
「たぶん…………ミズト君です」
「何? ミズトが来たのか?」
「ミズト君! いるんだよね!?」
ニックが声を張り上げた。
「……」
「ミズト君、いるのは分かってる! 今の『ストーンバレット』はキミの魔法じゃないのか?」
「…………ニックさん、こんなところで偶然ですね」
(なんでバレたんだ?)
物陰からミズトが現れた。
「やっぱりミズト君か! はは、なんで分かったんだって顔してるよ」
「いえ、そんなつもりは……」
(ちゃんと気配を消してたつもりなんだが)
「キミ、冒険者ギルドへの情報提供をダニエルに頼んだでしょ? ダニエルには口止めしてたみたいだけど、ボニーちゃんに聞いたよ」
(あぁ……なるほど……)
【ミズトさんが誘導したことに気付いていたようです】
「なんだ、ニック。知っていたのか?」
トリスターノが驚いた顔で聞いた。
「はい、ミズト君がここの情報提供をダニエルに頼んだのは知ってました。だから何か裏があるんだろうと参加しました。――――教会の周りにいる闇ギルドのメンバーを気絶させたのもキミだろ?」
「何? 周りにそんなのもいたのか? それにしてもどういうことだ? ミズト、詳しく話を聞かせろ!」
トリスターノはミズトに詰め寄ってきた。
(ん~、そう言われてもな)
【こうなっては全て正直に話すほかありません。変に隠すと状況が複雑になってしまいます】
(ったく、面倒くさいな)
ミズトは仕方なくトリスターノ達に事情を話すことにした。
ミズトの話は、最初にアボット子爵に依頼され屋敷に侵入したところから始まった。
彼らに罪を
犯人たちの隠れ家がスラム街エリアにあり、そこで奪った品物を依頼主に引き渡すことを知り、第三者の証人を作るために冒険者ギルドへ情報提供したこと。
事の
「なんだミズト。お前、冒険者ギルドを利用したのか?」
「申し訳ございません、トリスターノさん。私が捕まえても何の解決にもならないと思いましたので」
「くー、そんなことせず、俺たちを信じて相談してほしかったが、子爵からミズトの指名手配依頼が来たのも事実だ。今回は仕方あるまい」
「すみません、ありがとうございます。ニックさん、クレアさんもありがとうございます。お二人にも来ていただけるとは思いませんでした」
ミズトは二人に頭を下げた。
「ミズトよ。その二人は最初からお前のことを信じ、ミズトはきっと誰かに利用されたんだと言い張り、真犯人の捜索を買って出てくれたんだ。感謝するんだぞ」
(え? まじか……)
「そうだったんですね。こんな私のために恐縮です」
「それに、クレア様は自分の立場が何かの役に立つだろうと、身分を明かし王女様として同行いただいたのだ」
「どうせ異界人のあなたは私の正体を知っていることだし、そろそろ冒険者ごっこも潮時と思っていたのよ」
クレアはミズトを見ないまま言った。
【王族の証人なんて、これほど心強いものはございません】
(まあ、そうだな……)
「クレアさん、お力添えいただき心より感謝申し上げます」
「ふん、そんな形式ばった礼などいらないわ。そんなことより……その……あの子はいないのかしら?」
(ん? ああ、クロか)
「クロ」
ミズトが呼ぶと、クロが顔を出し、話を聞いていたかのようにクレアに近づいて行った。
「ああ……! この黒い素敵なモフモフがたまらないわ!」
クレアは王女の品格を
「オホン! だいたい話は分かった。ミズトよ、悪いが明日の夕方にギルドへ顔を出してくれ。それまでにお前の件は片付けておく」
「承知しました、よろしくお願いします」
(ふう、これでとりあえず解決だな。誰かさんにはちょっと引っ掛かる事があるが、まあいいか……)
何も言わないエデンのことは気にせず、ミズトはトリスターノ達を置いて廃教会を出た。
その後、ミズトは宿の部屋に戻ると、話を聞くまでもなく結果を知ることが出来た。
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◆クエスト完了◆
報酬が支給されます。
クエスト名:潔白の証明
報酬:経験値100
金100G
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