第61話 新しい職場
翌日、宣言した通り『ギール地下遺跡』の依頼のみを受領すると、ミズトはすぐに町を出て向かった。
『ギール地下遺跡』は、フェアリプス王国南部最大の町である『エシュロキア』の冒険者たちほとんどに利用されている、巨大なダンジョンだった。
採取できる素材や、宝箱から獲得できるアイテムは種類が豊富で、地下三十階まである構造は階級の高い冒険者たちも満足させた。
冒険者で稼ごうとしているミズトにとっては、何度も通いつめる場所になりそうだ。
「冒険者ギルド証の提示をお願いします」
入口に立っている二人の衛兵のうち、一人がミズトに確認を求めてきた。
ミズトが愛想を見せながら渡すと、衛兵は事務的に両面を確認して、
「どうぞお通りください」
と冒険者ギルド証を返却した。
入場のために数十人の列が出来ている。ひとりひとり丁寧に確認していられないのだろう。
(並んでるのは
ミズトは、かの夢の国のアトラクションにありそうな『ギール地下遺跡』の入口を見上げた。
この辺りは神殿や寺院のような宗教的な雰囲気の建築物がいくつもあり、その中でも最も大きな建物の内部に地下へと続く入口が存在していた。
受付を終えた冒険者たちが、そこへ流れ込むように吸い込まれて行く。
(ある意味ここが新しい職場みたいなもんだし、転職して初めて出社する時と同じ感覚かもな)
この世界に慣れてきたミズトも、わずかながら高揚感を感じていた。
中に入ると、『エシュロキア迷宮』のような転送陣はなかった。
となると行きも帰りも徒歩になるので、あまり深くは潜れそうにない。ミズトはダンジョンなんかで寝泊りするつもりはないのだ。
と言ってもG級冒険者の受けられる依頼は、地下五階までで事足りるのだが、時間の許すかぎり素材やアイテムを集めて効率よく稼ぎたいので、依頼の内容を済ませた後も、今後の為により下層へ進めるだけ進むことにした。
【下層に行けば行くほど、依頼に関係なく高額で買い取ってもらえる素材やアイテムの獲得が期待できます。合わせて経験値も稼げますので、地下二十階以降をおすすめします】
(いやいや、それ日帰り無理だよな? やっぱ毎日帰って風呂入ってベッドで寝たいし)
【冒険者らしからぬ発言ですが、ミズトさんがそうおっしゃるなら仕方ありません。ただし、冒険者の階級が高くなれば、いずれにしても行く必要が出てきます】
(まあ、たしかにな……)
ミズトは途中で宿泊施設でも作ってくれればいいのに、と考えていた。
結局、『ギール地下遺跡』の初日は地下八階まで潜った。
まずは依頼内容を優先したが、その後は採取できる素材や、宝箱がありそうな場所、出現するモンスターを確認しながらゆっくり進んだ。
帰りはなるべくモンスターを無視して駆け抜け、夕方には冒険者ギルドに戻ることができた。
「今日も一日で全部達成されたのですか!?」
ミズトが受付に行くと、なぜか担当がいつもの女性に代わり、ミズトの報告に声をあげた。
「はい、今日は素材採取だけでしたので、彼の鼻が役立ってくれました」
ミズトは足元にいるクロを見た。
「ワン!」
素材はクロが見つけてくれることにしているのだ。
実際は、ある程度近づけばエデンが見つけてくれているのだが、エデンの存在を言うつもりもないし、言ったところで信じてもらえないだろう。
「そうでしたね、ミズトさんの使い魔は素材を見つけることが出来るお話でした……」
どれほど優秀な犬でも、人を捜しあてることはあっても素材を見つけることは聞いたこともない。受付の女性は腑に落ちないまま、依頼達成の処理を済ませた。
「ありがとうございます、助かります。また明日もよろしくお願いします」
ミズトは報酬を受け取りながら言った。
「ミズトさん、素材採取ではなくアイテム収集の依頼をお受けになるなら、パーティを組むことをお勧めします。ご自分で声を掛けるのが難しいようでしたら、私の方でいくつかのパーティにお声掛けしてみますが、いかがでしょうか?」
「いえ、結構です。パーティを組む必要が出ましたら、私自身で声を掛けますので」
まるで声を掛けられないせいでパーティを組まないような言い方をされ、少しムッとした。
素材と違い、アイテムはほとんどが宝箱からの獲得となる。
そのため開けてみないと何が入っているか分からないのだが、モンスターを倒して出現する宝箱は、モンスターの種類によって獲得できるアイテムがある程度限定されている。
それゆえに、冒険者ギルドのアイテム収集の依頼には、対象となるモンスターが記されており、結果として同じモンスターとの戦闘を繰り返すことになるのだ。
戦闘が中心となる依頼になるので、受付の女性はアイテム収集の依頼を受ける場合にはパーティを組むように勧めてきていた。
「そうですか、ご自分で探されるのですね、分かりました……。この町にはたくさんの冒険者さんがいらっしゃいますので、きっと良い仲間が見つかるはずです。もしうまく見つけられなかったら、いつでも私にご相談くださいね!」
「ご心配、痛み入ります」
ミズトは頭を下げると、冒険者ギルドを出て宿へ戻った。
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