第59話 町の中にあるダンジョン

 冒険者ギルドを出て向かったのは『エシュロキア迷宮』。

 町と同じ名前なのは、入り口が町の中にあるからだった。


(町の中にダンジョンがあって危なくないのか?)


【はい、ダンジョンからモンスターが出てくることはまずありません。あるとすればスタンピードが発生したときぐらいでしょう】


(スタンピード?)


【スタンピードとは、モンスターが異常発生しダンジョンの外まであふれ出てくる事象です。ただし、ある程度事前に兆候を察知可能であり、大規模ダンジョンしか発生しませんので、『エシュロキア迷宮』のような初心者向けの小規模ダンジョンなら安全です】


(ふうん、そういうのもあるのか)


 それからミズトは、いくつかある大通りの一つに出た。

 まだ朝だと言うのに人通りも馬車の行き来も多い。いや、昼間よりも多いようなので、もしかすると日本で言う通勤通学ラッシュにあたるのかもしれない。


「邪魔だガキぃ! 道を空けろ!!」


 突然後ろから怒鳴られたと思うと、ミズトのすぐ横を馬車が勢いよく駆け抜けていった。

 ミズトが中に入り過ぎて歩いていたため、衝突しそうになったようだ。


「庶民のくせに邪魔になってんじゃねえよ!」

 馬車を操作する御者ぎょしゃが、速度を落とさず振り向いて怒鳴った。


(なんだアイツ、スピード出し過ぎじゃねえか。だいたいこういうのは普通、歩行者が優先だろ?)


【どちらが優先という規則はございません。ただし、あれは大商人の馬車ですので、歩行者が避ける方が通常のようです】


(大商人とか意味分からねえし。なに我が物顔でスピード出してんだ。次ぶつかりそうになったら魔法でぶっ壊してやるわ)


 ミズトは受付の女性との口論でイライラをつのらせており、遠ざかる馬車に今にも魔法を撃ちこむ勢いでいた。


【貴族の馬車だった場合、不敬罪で死刑になる可能性もありますのでご注意ください】


(はあ? 不敬罪で死刑? 貴族とか俺には関係ないし。やれるもんならやってみろ! 全員叩き潰してやる!)

 ミズトはやってもいない自分の罪を想像し、怒りを抑えられなくなっていた。


【ですから、馬車を壊さなければ良いと思われます】


 それを言ったら元も子もないエデンの言い分を無視して、ミズトは会ったこともない貴族への悪態をつきながら歩き続けた。



 *



 『エシュロキア迷宮』の入り口周辺は大きめの林になっていた。

 防護壁の内側にあるためモンスターは出現せず、たくさんの植物や普通の動物が生息しているようだ。


 途中、ポーションの調合で使える薬草もいくつか見掛けた。

 売れもしないポーションをたくさん作るつもりはないが、自分で使う分が必要になったらこの辺で採取すれば良さそうだ。


 『エシュロキア迷宮』に着くと、入り口には小屋が建っていて、テーマパークへの入場でチケットを見せるように、冒険者ギルド証の裏面を見せるとダンジョン内へ通してもらえた。

 入ってすぐにある魔法陣は、一度攻略したことのある階層へ転送してくれるようだったが、初入場のミズトはそのまま素通りし、地下一階へ降りていった。


 中はミズトの唯一知っているダンジョン『エンディルヴァンド地下洞窟』に比べると、だいぶ狭い通路だった。

 向こうはダンジョンと言っても巨大な地下空洞のような場所で、そもそも通路という言葉の印象とはちょっと違った。

 ところがここ『エシュロキア迷宮』は、床、壁、天井が全て人工的な石造りで、ミズトのイメージするRPGのダンジョンに近かった。


 なお、ダンジョンに関わる冒険者ギルドからの依頼内容は、主に次の二種類に分類された。


 一つ目はダンジョン内で採取できる様々な素材集め。

 『青の魔石』のように薬師が調合で使用する材料だけではなく、鍛冶師や錬金術師が必要としている材料や、中には特殊な食材なんかも採れるダンジョンもある。

 今回、ミズトが受けた依頼は、三つともこの種類に該当した。


 二つ目は宝箱から獲得できる魔法具などのアイテム入手。

 ダンジョン内では宝箱が置いてあることがあり、また、稀にモンスターを倒すと出現することもある。

 ダンジョン内の宝箱からしか獲得できない貴重なアイテムが、この世界には多々あるのだ。


(なあ、エデンさん。エンディルヴァンド地下洞窟に行ったとき、宝箱はボスからしか出なかったよな? 途中で見掛けた覚えがないんだけど)


【エンディルヴァンド地下洞窟ではセシルさんが最短の道順を選んでいたため、宝箱の設置場所を通らなかったと思われます。また、ボス戦以外は、モンスター討伐後すぐに移動していたため、宝箱の出現にお二人とも気づいていませんでした】


(宝箱が出たけど放置してたってこと!? なんかもったいないな……)

 ミズトは一瞬そう思ったが、よく考えれば、あの時は自分の力で進んでいたわけではないので、ボス戦の分け前を貰えただけでも有難く思えてきた。

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