第48話 魔法使いミズト

「なああんた、その外見って異界人いかいびとだよな?」


 少しすると、冒険者風の四人組が声をかけてきた。

 敵意は感じないが、ミズトを警戒しているようだ。


「はい、こちらの世界ではそう呼ばれているようです」

 ミズトは隠して面倒なことにならないよう、素直に答えた。


「そ、そうか……。もしかして……あんたが噂の『凶暴戦士』なのか? ドゥーラの町を救った英雄の」


「はい?」


(凶暴戦士って……、まさか俺の話が広まっているのか?)


【あれほどの功績を残したので、冒険者ギルドや冒険者から広まっていてもおかしくありません】


(マジか……変にもてはやされるのが嫌だから町を出たんだが……)

「申し訳ございません、私は魔法使いですので、その『凶暴戦士』という方ではございません。その方も異界人いかいびとなのですか?」

 ミズトはマジックバッグから杖を取り出した。


「お、おお、魔法使いだったか! そうかそうか! ああ、『凶暴戦士』ってのはこの辺じゃ有名な異界人いかいびとの戦士だ。ドゥーラの町を救ったみたいだが、手がつけられないほど凶暴って話だ」

 冒険者たちの警戒心が急に消えた。


「そ、そんなに凶暴な異界人いかいびとがいるのですね……。聞いたことありませんでした」

(なに、その広まり方。ロクな噂になってねえな)


「そうなのかそうなのか! 異界人と言っても、何でも知ってるわけじゃないんだな! 魔法使いなら良かった。てことはそれは使い魔ってことか」

 冒険者は勝手に納得したようだ。


(使い魔? 魔女につかえる黒猫的なやつか……?)

 ミズトは、老人たちに一通り撫でまわされてから戻ってきた、足元のブラックフェンリルを持ち上げた。


「そうです、黒犬の使い魔です、よろしくお願いします」

 なんだか面倒くさくなって適当に答えた。


「おお、お前さんの使い魔だったのかい! なんて名前なんだい?」

 老人たちが話に乗ってきた。


「え、名前ですか? ……えっと、クロです。クロと言います」

 ミズトはブラックフェンリルを膝に乗せ、無意識に撫でながらそう言った。


(ああ……なんか疲れた……。早く町に着かねえかな……)


 ミズトの馬車の旅は、それから二時間ほど続いた。



 *



 町に到着したのはだいぶ暗くなってからだった。

 ミズトは乗せてもらったお礼を済ませると、泊まるための宿屋を探して回った。


「悪いね、うちはペット連れの客はお断りだ。どうしてもってんなら、その犬はどこかの馬小屋に預けてくるんだな」


 遅い時間のため受付をしている宿屋が少なく、やっとの思いで見つけた宿屋の主人に、そう断られた。


【この世界では、ペットを連れて旅をする者はほとんどおりません。テイマーと呼ばれるクラスは使役しているモンスターを連れていますが、宿に泊まることは難しいようです】


(まあ、そうだろうな……)

「なあ、おまえは飼い犬ってわけじゃないんだから、その辺の道端や草むらで寝れるよな?」

 ミズトはしゃがんで、ブラックフェンリルのクロに言った。


「クゥゥゥン」

 クロは寂しそうな声を出す。


(……嫌がってる?)

「いや、だって、おまえ、昨日まで森の中で寝てたんじゃねえの?」


「クゥゥゥン」


【もしかしたら生まれたてで、親とはぐれたのかもしれません】


(あ、そういうこともあるか。じゃあ、やっぱ連れてきちゃマズかったんじゃないのか? 親が探してるかもしれないしな)


【その可能性もありますが、あの場にいなかった段階で、親が同行していたとは考えにくくなります】


「仕方ないな……」

(そういえば前の世界でも一時ソロキャンプが流行ってたし、俺もテントを張ってみるかね……)

 ミズトはクロをひと撫でして立ち上がると、テント設営エリアを探すことにした。


 この町は街道の分岐場所にあり、こんな小さな町の宿屋だけではたくさんの旅人の宿を確保できないため、町よりも広いテント設営エリアが準備されていた。

 それでも定員の八割ほどは埋まっているように見える。


 ミズトは適当な場所を見つけ、エデンに出してもらったテントを設営した。


(なあ、エデンさん。このテントってマジックバッグにそのまま入るのか?)


【いいえ、マジックバッグはアイテムの大きさ制限がありますので、バックパックに詰めた状態にする必要があります】


(そうか、広げたまま入れたり出したりできれば便利だと思ったんだけど……)

「ま、野宿よりはマシだけどな」

 ミズトはごろんとテントの中で寝転ぶと、


「クゥゥゥン」

 クロが擦り寄ってきた。


(こいつどうするかな……。犬なんて飼う気ねえし、連れて歩くのは邪魔過ぎるし……)


【クロは犬ではなくブラックフェンリルです】


(クロ? ああ、そういえばそういう名前ってことにしたんだっけ。大きな町なら犬を引き取ってくれるとこ、あったりしないのか?)

 ミズトは横向きになり肘をついた手に頭を乗せて、クロを観察した。


【犬ではなくブラックフェンリルですので、引き取ってもらうことは難しいでしょう】


「あああ、どうすりゃいいんだ?」

 ミズトは起き上がり、マジックバッグから果物を取り出してかじった。


「クゥゥゥン」


「…………食べたいのか?」

 ミズトは自分の手元を見つめるクロに言った。


「ワン!」


「まさか言ってることが分かんのかね……ほら」


 持っている果物を置くと、クロは嬉しそうに食べだした。


(飯は食わないんじゃなかったっけ? やっぱ、ブラックフェンリルという種類の犬なんじゃねえのか?)


【それほど必要はないとお答えしましたが、食べないわけではありません。また、ブラックフェンリルという犬種はなく、ステータスが表示されるなら犬ではございません】


「…………寝る、お休み」


 ミズトは何の解決策もないまま、問題を先送りにして寝るしかなかった。

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