第二章

第45話 徒歩の旅

 ドゥーラの町を後にしたミズトは、西へ進む林道を歩いていた。

 綺麗に舗装されているわけではないが、木は切り開かれ、人が歩けるようになっている。

 エデンの話では、その道沿いを丸一日歩けば小さな村に出て、さらに二日歩けば小さな町に出る。そこから『エシュロキア』までさらに五日かかるようだった。


【ミズトさんなら、睡眠をせず全力で走れば、明日の朝にはエシュロキアへ着くことが出来ます】


(いやいや、肉体的に疲れなくても、精神的に疲れるから、そういうの……。それに急ぐ旅じゃないんだ。のんびり歩くのも悪くないしな)

 ミズトは両手を上に伸ばすと、大きく深呼吸した。都会生活では感じることがなかった、大自然の緑の匂いがする。


【それは素晴らしいアイデアです。途中にある村や町では人々と交流し、ダンジョンがあれば挑戦してみるのがいいでしょう。エンディルヴァンド地下洞窟で獲得した魔法書を習得するのもおすすめします】


(人々と交流もしないし、ダンジョンにも挑戦しねえよ……。俺はスローライフを目指すって言っただろ? 魔法書ってのはたしかに良い案だけどな)


 ミズトはマジックバッグから「ストーンバレットの魔法書」を取り出して開いた。


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 魔法『ストーンバレット』を習得しますか?

 はい いいえ

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 魔法の習得は、魔法書を開くだけで良かった。

 本はあまり読まなかったミズトは、分厚い魔法書にはかなり抵抗を感じていたが、なんとも便利な仕様になっているのだ。


 ミズトは『はい』を選び魔法を習得すると、エデンに尋ねた。


(この魔法って小石を弾丸のように飛ばすんだったよな? 杖を持って使った方がいいのか?)


【はい、杖を装備すると魔法の効果が高まります。なお、一般的には杖を装備せず魔法を使用することは難しく、使用できたとしても大きな効果を期待できません】


(ふうん、そうなのか)

 ミズトはマジックバッグから『エレメントリウムの杖』を取り出した。


「なるほど、こういうことか……」


 ミズトはセシルと過ごすことで、魔力がどういうものか感じるようになっていた。

 おかげで自分の中にある魔力を意識できるようになり、杖を持つと無秩序に感じていた魔力が規則正しい流れを作り、コントロールしやすくなったことを理解した。


「ちょっと試してみるか――――ストーンバレット!」


 ミズトが魔法を唱えたとたん、小石が前方に現れ、狙い定めた木の幹に高速で飛んで命中した。そしてそのまま木を突き抜け、まっすぐと飛んでいった。


(あらま、拳銃ぐらいの威力ないか!? 加減できないと使いづらいな……)


【ミズトさんは装備レベル45の杖を使用できていますので、それ以上の魔法使いに相当しているとご理解ください。なお、いたずらに自然を破壊するのは控えた方が良いと考えます】


(いや……あんな威力あるとは思わな…………分かってて聞いてるよな?)


【申し訳ございません、質問の意味を理解できませんでした。ところで道から少し外れると崖下に出るようです。そこで魔法の練習を行ってみるのはいかがでしょうか?】


(………………ああ、練習してみるよ)

 ミズトは色々引っ掛かるところがあったが、エデンの提案に乗ってみた。


 エデンの案内で、道から外れ森へ入っていくと、十五分ほどで大きな崖の下に出た。

 これにならいくら魔法を撃ちこんでも大丈夫そうだった。


 ミズトはそれから何度も魔法を繰り返してみて、分かったことがあった。

 まず、地属性魔法の中で最も基礎的な攻撃魔法である『ストーンバレット』程度では、何発撃っても魔力が切れることはなさそうだった。

 そして、込める魔力を上手くコントロールすれば、多少の加減ができた。何も考えず使用すると、先ほどのように銃のような威力を出すが、意識すれば小石を手で投げつける程度まで抑えることができた。


 それから、自動小銃のように連射することもでき、散弾銃のように同時に何発も打つこともできた。

 ちょっと疲れるが、かなり集中すれば十か所までなら別々に狙って同時に当てることができた。


 剣と違い離れて戦うことができるため、魔法使いってのも悪くないなと、ミズトは感じだしていた。



 *



 その日の夜、エデンから聞いていた最初の村で宿をとることになった。

 ドゥーラの町から出た道は、半日程度でエンディルヴァンド大森林を抜け大きな街道と合流した。その街道沿いにある村なので、旅人が利用するための宿屋や飲食屋が多数あるようだった。

 当然、見ず知らずの訪問者も多く、初めてドゥーラの町に入った時のような敵意ある視線を感じることもなかった。


(ふかふかとまでいかなくても、やっぱ寝るなら屋根のあるベッドがいいよな。テントを張って一晩過ごす奴が意外と多いのが信じられん)


 ミズトは窓を開け、泊まっている二階の部屋から外を覗いた。

 少し離れた場所にテントを設営できるエリアがあり、たくさんのテントが見える。

 外はもちろん電気のない世界のため街灯はないが、今夜は雲一つなく、二つの月明かりが村を照らしてよく見渡すことができた。


【この村で宿に泊まるのは貴族や商人など裕福な者か、冒険者以外の戦うことのできない者が大部分のようです。ほとんどの冒険者は宿にお金は掛けず、その分を飲食代へ回しているのでしょう】


(泊まる金があったら酒を飲みたいってことか。俺には分からん感覚だ。そういえば次の町までは二日掛かるんだったよな? 途中は野宿なのか?)


【次の町までは、馬車なら一日もあれば到着できますが、徒歩では二日ほど掛かります。宿泊は、大きな街道沿いの場合、警備が常駐する有料のテント設営場所が多数ありますので、そこを利用するのが一般的です】


(テント設営場所か……。テント張るのは面倒だし、ちょっと走って一日で目指すか……。ん? なんだ?)


 エデンと話していると、突然目の前に文字が表示された。


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 焼肉定食が日本卍会に敗北をしました。

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(お、これって『世界ログ』だっけ? ずいぶん久しぶりに出てきたな。この前は宣戦布告だったが、ついに決着がついたか)


 これは同じ日本人が造ったと思われるクラン同士の戦いのログ。

 若い頃に遊んだMMORPGではよくあったことなのだが、この世界のクラン同士の戦いとは、いったいどういうものなのか。


「まさか本当に殺し合ったりはしないよな……」


 ゲームではないのだ。さすがにそこまではしないだろうが、ミズトと同じく日本からこの世界にやってきた者たちの集まり。

 彼らがどこでどう過ごしているのか、ミズトと言えども、気にならないと言えば嘘になった。


 ====================

 日本卍会がオヤジ狩りに宣戦布告をしました。

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 『世界ログ』がまた表示された。

 勝敗が決したばかりで、もう次の戦いを始める『日本卍会』の好戦的さより、『オヤジ狩り』とクラン名をつけるセンスの方が、ミズトは気に入らなかった。

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