第38話 ダンジョンボス
地下二十階はそれまでと違い、自然に造られた洞窟というより、人工的に整備されたダンジョンだった。
壁や床はレンガのように石材が積み上げられた構造で、植物は生息しておらず、等間隔に照明のようなものが光り、通路を照らしている。
(なんだここ? 最下層だからってずいぶん演出がかった作りだな。自然にできた洞窟じゃなかったのか?)
【セシルさんの言うように、エンディルヴァンド地下洞窟が地下二十階までになっているのなら、ここはダンジョンボスがいるフロアとなります。どのダンジョンもダンジョンボスが近いと、構造が大きく変わることはよくあります】
(ふうん。ま、魔法があったり女神がいたりする世界だし、何でもありだな)
「ミズト、ここまで付き合ってくれて感謝するわ。この階が最後。あと少し、お願いね」
セシルが真剣な表情で言った。
急なセシルの言葉に、ミズトも何かが込み上げてきそうになったが、グッと抑えて淡々と返した。
「契約ですので、ちゃんと仕事は完遂いたします。それに、礼は攻略してから言っていただければと思います」
「そう、そうね。ここまで来れて、気が抜けたのかもしれないわ。さあ、行きましょう」
セシルは自身を奮い立たせるように言うと、二人は進みだした。
地下二十階の戦闘は一筋縄とはいかず、ボス戦ではないにもかかわらず、たまにセシルがフェンリルを召喚せざるを得ないほど激しいものとなった。
それでも、ミズトが準備した潤沢なポーションと、だんだんと息の合うようになったミズトとセシルのコンビネーションにより、ボス部屋の手前での最終戦闘を終え、残るはダンジョンのボスのみとなった。
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ヒュドラ達を倒しました。
あなたは経験値25,432を獲得しました。
レベルが7に上がりました!
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(……まさかレベルが上がることが嬉しいと思うようになるとはな)
これでセシルの負担を少しは減らせると、ミズトは無意識に喜んだ。
【ミズトさん、良いお知らせがあります】
(ん? エデンさん、どうした?)
【地下十九階で入手した『破天の剣』を装備できるようになりました】
(は? あれって装備レベル55じゃないのか?)
【はい。ですが今回レベルが上がったことにより、ミズトさんはランク4までなら装備レベルに関係なく、どんな武器や防具も装備可能となりました】
(へえ、なんかゲームならバランス崩す性能だな。ま、それならそれで……)
「セシルさん、今のレベルアップで、先ほどの武器を装備できるようになりました」
ミズトは『破天の剣』を取り出すと、セシルの前で抜いて見せた。
「そう、それは頼りになるわね。ここのボスはベヒモスというモンスターらしいわ。ミズト、あなたは一緒に現れるケルベロスの相手をして。動きが素早く、炎を吐くけど、あなたなら当たることはないわ」
「はい、承知しました」
今度は時間稼ぎなんかではなく、自分で倒してみせるとミズトは決めていた。
「じゃあ、始めるわよ」
セシルが部屋の扉を押した。
地下十八階、十九階のボス部屋より一回り大きい扉が開くと、今までと同じようにミズトたちに反応し中が明るくなった。
広さも同じぐらいだったが、色とりどりに装飾された大きな部屋は雰囲気が違った。
さすがに絵画など美術品が飾られたりはしていないが、壁や柱、床や天井にまで洗練された模様が刻まれ、まるでどこかの城の玉座の間のようだ。
よく見ると奥には玉座のような椅子さえあった。
「あの大きいのがベヒモスですね」
ミズトは部屋の中央に大きな姿を見つけた。
その大きさは地下十九階で戦ったエルダーアースドラゴンとほぼ同じだが、よりがっしりとした体つきをしている。
昔図鑑で観た巨大な四足の恐竜に似ているものの、頭部だけでなく体中から突きだした
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ベヒモス LV75
属性:地
ステータス
筋力 :B
生命力:B
知力 :F
精神力:D
敏捷性:D
器用さ:E
成長力:C
存在力:B
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(なんだよ、あの恐ろしいモンスターは。トラックや戦車なんかよりデカいし。それにしてもケルベロスってのは見当たらないな)
もしかしてボス単体しか現れないこともあるのかとセシルへ向くと、ミズトは彼女の表情が凍りついているように見えた。
「そん……な……せっかく……ここまで…………」
「セシルさん? どうしました?」
ミズトはセシルの様子が気になり、その視線の先を追った。
すると奥にある玉座に、何者かが座っているのが見えた。
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アークデーモン LV81
属性:闇
ステータス
筋力 :C
生命力:B
知力 :A
精神力:A
敏捷性:B
器用さ:D
成長力:B
存在力:A
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牛のような顔に鋭い
真っ黒い肌には赤い模様が浮き出ており、恐怖を伴った威圧力はベヒモスを遥かに上回っていた。
「まさか……あんなのがいるなんて……もう……無理…………ね。ミズト、残念だけど、『帰還の指輪』を使うわ。ここまでありがとう」
セシルがミズトを見て言った。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 戦わずに帰るってことですか?」
ミズトにはセシルが泣き出しそうに見えた。
「ええ……そう。あれには勝てないわ。帰るしかないの」
「いいんですか? 『帰還の指輪』はあと一回しか使えないのですよね?」
「ええ、仕方ないわ。また、なんとかして手に入れてみせるわ」
(は? じゃあダンジョン攻略は諦めてねえってことじゃねえか!)
「やっとここまで来たじゃないですか! 戦いましょう!」
「無理よ。結果が分かっているもの」
言い返したセシルは、感情を必死で抑え込んでいるのが伝わってくる。
「そんなの、やってみないと分からないですよ! ここまで来て戦わなかったらきっと後悔します! 戦って駄目だったら、また来ればいいじゃないですか! やらないで後悔するより、やって後悔する方がいいです!」
「ミズト、あなた、簡単に言うわね」
「簡単になんて言ってません! ここまで一緒に来たから、簡単じゃないって分かっているんです!」
「…………」
セシルは涙を浮かべて、訴えるようにミズトを見る。
セシルがどんな事情でこのダンジョンを攻略したいのか、知っているわけではない。
しかし、彼女がどれほどの思いでそれを成し遂げたいのか、ミズトは一緒に過ごして、しっかりと伝わってきていた。
たった一人で何度も何度も挑戦し、
それをただ一人知っているミズトが、退くわけにはいかないのだ。
「セシルさん、どうせなら持ってきたポーションを使い切っちゃいましょう」
ミズトは中級ポーションと初級魔力ポーションを三本ずつ取り出して見せた。
「…………そうね、あなたの言うとおりだわ。『帰還の指輪』は戦闘中でも使えるし、後悔しないよう戦うべきね。だって私に、諦めるという選択肢は……」
セシルは一瞬、真剣な眼差しでミズトと目を合わせると、差し出されたポーションを受け取った。
「考えを変えていただいてありがとうございます。これが最後です、頑張りましょう」
「ええ、やるだけやるわ。ミズト、あなたの力、私に貸して」
「もちろんです。この契約、しっかり最後まで果たしてみせます」
「そう、嬉しいわ」
セシルの笑顔に、初めて感情がこもっているような気がした。
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