第5話 準備
「ハア……ハア……ハア……」
ミズトは川岸に抜けると、両膝に手をつき呼吸を整える。
「こんなに……ハア……ハア……疲れるまで……動いたのは……久しぶりだ……」
そのまま少し休み、呼吸が落ち着くまで待ってから、静かに流れる川を覗き込んだ。
「そう、こうだった!」
水面に映る自分の顔に話しかける。
「あー、あー。声も若いし! ハハッ……ハハッ……アハハハハッ!!」
ミズトは笑いながら、その場で腰を下ろした。
(はあ……いったい何なんだ。転移に巻き込まれて死んで肉体再構築されて若い身体になって異世界で生き返った? 異世界って何? 地球じゃない別の惑星? 死後の世界があって女神がいて頭の中に直接話しかけてくるやつがいて……。んなわけないじゃん! んなわけないんだよ!)
夢の中にいるような、
今が現実であるという実感を間違いなく持っているのだ。
「…………よし!」
言いたい事はとりあえず吐き出した。
見た目は若者だが中身は半世紀も生きた
悩んでばかりでは進まないことを知っている。
色々思うところは横に置いておいて、まずは今やるべきこと、やれることを実行することにした。
「なあエデンさん。この川の水は飲めるってことだよな?」
ミズトは立ち上がりながら言った。
【……】
「ん? いや、飲料水の確保ってことでここを示してもらったんだから、もちろん飲めるかの確認なんだけど」
【……】
「え? ……エデンさん、聞こえてるか?」
【……】
(どういうことだ? さっきまで普通に会話してたのに、なんで急に反応ない? 『女神の知恵袋』ってスタート地点でしか起動しないスキルなのか?)
ミズトは急に不安になった。
知らない世界に放り出されても、エデンというすがるものが出来て安心してたところを、突然暗闇に閉じ込められたような気持ちだ。
【そんなことはございません。わたしは一度起動した後は、いついかなる場でも対応可能です】
「!? なんだ、いるじゃん! ビックリさせんなよ」
【……】
「ん? エデンさん?」
【……】
(エデンさん?)
【はい、エデンです。何か質問やお手伝いできることはありますか?】
(……もしかして、声に出すと聞こえない?)
【申し訳ございません。声は聞こえておりますが、声には反応できない仕様になっております】
(そうなのか? まあ、それならそれでいいけど……)
そういうのは先に言ってほしいと訴えようとしたが、ミズトはそれより水や食料の話を優先した。
水分を補給した後、ミズトは川に沿って歩き出した。
目的地は現在地から一番近い町。
と言っても、エデンによると川沿いにあるわけではないのだが、川に沿って下って行ってもそれなりに近づけるようだ。
そういうことなら、水の心配のいらない川からなるべく離れないことにした。
食料については、残念ながらミズトには魚を捕まえるのは難しく、火をおこすこともできないので、主に果物を探すことにした。
幸いなことに少し森へ足を踏み入れれば、すぐにエデンが見つけてくれる。
この調子なら、当分困るようなことはなさそうだった。
それよりも問題は別に二つ。
一つは最寄りの町が想像より遠かったこと。
数時間程度ぐらいにしか思っていなかったのだが、最短で十日。川沿いに回り道をすると更に二日ほど掛かるようだった。
キャンプ経験ですら学生時代に一度だけのミズトにとって、十日以上も野宿するのはかなりの負担だった。
もう一つの問題は、エデンに提案されたレベル上げ。
そう、ここはゲームのようなレベルやステータスがある剣と魔法の世界。レベル1のままで生きていくのは厳しい世界なのだ。
(なあエデンさん。レベル上げるって、やっぱモンスター倒して経験値を稼げってこと? そういえばクエストでも経験値が貰えるんだよな?)
【受領済みのクエストで現在実行可能なものは、モンスター退治以外はあまりありません。また、報酬経験値が低いため、全て達成してもレベルは一つぐらいしか上がりません。モンスター退治をお勧めします】
(ん~……この剣で戦えってことだよな……?)
ミズトは右手の剣を掲げた。
【はい、そのとおりです。現在のミズトさんが勝利する最も確率の高い戦い方になります】
(『剣術』のスキルがあるから戦えるだろ、って言いたいんだろうけど……)
自分の能力についてはエデンから聞き出していた。
ステータスのSはAの上。この世界では数えるほどしか到達していない、極めて高いステータスらしい。
加護の『創造神』と、クラスの『万能冒険者』『万能生産者』『超越者』は、歴史上一度も確認されたことがなく、エデンも知らないものだった。
ただ、ミズトが習得しているスキルは、レベル1で習得できる全ての基礎クラスのスキルと同じなので、それが『万能冒険者』と『万能生産者』によるものだと、クラス名称からエデンは推測した。
『剣術』は、その中で『戦士』が習得するスキルだった。
なお、この世界にはまるでゲームシステムのように、誰でも望めば選べる基礎クラスや、レベルや特定のスキル習得など条件が必要な上位クラス、レアクラスがあるのだという。
(剣じゃなくて弓じゃ駄目なのか?)
【弓は一対一の戦闘には向いていないため、近接戦闘の剣を推奨します】
(あ、そう……)
できればモンスターには近づかずに戦いたかったが、エデンはそんなミズトの気持ちを汲み取るようなことはせず、合理的な意見を淡々と述べた。
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