蜂蜜と友

つき

短編

蜂蜜が好きだ。


栄養価もさることながら、あの脳天に突き刺さる甘ったるい香り、

黄金色にとろりと滴る様子。


採取する花によって、色合いや味わいが変化するのもいい。


そして何より、小さな可愛いミツバチたちが、一生を懸けて集めた貴重な蜜なのだと思うと、もうやめられない。


そこで私は、思い切って、蜂蜜の大瓶を購入してみる事にした。


一人暮らしの私には、量も価格も高嶺たかねだった。


巨大なその瓶は、表ラベルに蓮華の花の絵と、PURE HONEY、と大きく描かれていた。

裏ラベルには、2400gの文字が眩しく踊っている。


私はまるで自分がクマのプーさんにでもなったような夢見心地で、そのたっぷりとした明るい琥珀の瓶を眺めた。


そしてキッチンの真ん中に置かれたその蜂蜜を、来る日も来る日も眺めては、一人悦に入っていた。


そんなある休日、学生時代からの親友が、今春から幼稚園に上がるという娘を連れて遊びに来てくれた。


お茶とお八つを囲みながら、私は、

前に会ったのは、七五三の前撮りの頃だったなぁ。もうこんなに大きくなったのか。


と、賢そうな彼女の受け答えを見て、子供の成長の早さに感心していた。


ふと、彼女は

「はっちみっつー」

と歌いながら、キッチンカウンターの上を指差した。


私が、これは困ったぞ、どうにかして彼女の気を逸らせなければ…。

と思うや否や、


立ち上がった親友が

「うわーデッカッ!

ちょっと味見させて」と悪びれず言って来た。


私は迷ったが、最近、そろそろ食してみようかと頃合いをはかっていたのだ。

断る理由もない。


では、と瓶を取り上げて、優しく、どしりとテーブルの上に置いた。


女の子は、瞳をキラキラとさせて、お行儀良く、彼女の顔より大きな瓶を見つめている。


私はどうだ、と言わんばかりに誇らしくなり、早速、瓶の蓋を回し開けた。


途端に、彼女がニュッと手を出したかと思ったら、時すでに遅し、


彼女の小さな手はスッポリと瓶の口に浸り、蜂蜜は瓶からダボダボと溢れ、テーブルと彼女の半袖の肘まで!滴っていた。


一瞬の出来事だった。


親友は形相を変え、平謝りで、何とか漏れ出た蜂蜜を片付けようとするが、どうにも上手くいかない。


私は呆気にとられていたが、直ぐに、

今、子育ての大変さを、私の大切な蜂蜜をもってして体験させてもらったのだ、と理解した。


そして親友の心情をおもんぱかり、


「蜂蜜は、気にしなくていいよ。それよりあんた凄いよ。育児って本当尊敬するよ。」

と、心からの賛辞をした。


両腕と顔までベトベトになった、幸せいっぱいの女の子は、本物のプーさんのように見えた。


私は彼女に、心の中で


(私には出来なかったけど、代わりに、夢のプーさんになってくれて、有難う!)


と呟き、彼女を濡れタオルで拭いながら、ママに叱られるのを庇った。


そして、涙目になっている親友にも

「大丈夫だよ!

友情は、蜂蜜よりも甘いのだ。」


と言って、抱きしめた。


fin













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蜂蜜と友 つき @tsuki1207

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