味方
「わたしが食材を用意しましょう」
「えっ? 先生がですか? ですが馬車がないのですが」
「それでしたら、大丈夫です。そろそろわたしの弟子がここに来る頃なので」
オーギュ先生の言葉に首を傾げる。
弟子が来る?
「申し訳ありません。この教会だと聞いて、どうなるか……」
シュベリス伯爵の事を知っているから、不安を覚えたのね。
「不安にさせてしまい、申し訳ありません」
頭を下げると、オーギュ先生が慌てて首を横にふる。
「あぁ、わたしなどに頭を下げてはいけません」
「ですが、説明不足で不安にさせてしまったので」
「ははっ。第二王子殿下は幸せ者ですね。あなたのよな方を婚約者に持てたのですから」
「ふふっ。わたしこそ、あの方の婚約者になれて幸せですわ」
何度も何度もわたしを裏切り、わたしの処刑を指示する婚約者。
あぁ、これ以上は考えては駄目。
表情が崩れるわ。
「おぉ、来たようだ」
窓の外を見ると、馬車が教会の前で止まったのが見えた。
そして御者台にいる若い男性が、不安そうに周りを見渡している。
「呼んで来ます」
「はい」
オーギュ先生が教会から出て馬車に駆けて行く。
若い男性としばらく話すと、二人で教会に戻って来た。
「ルーツ公爵令嬢様、お会いできてうれしいです。ジルジと言います」
オーギュ先生がわたしを紹介すると、若い男性が顔を赤くして頭を下げる。
「わたしもジルジさんにお会いできてうれしいわ。先生から聞いたと思うのですが、少し手伝っていただけないかしら?」
「はい。お任せ下さい」
緊張からか、少し声が上ずっているジルジさんにふわっと柔らかく笑う。
それを見たジルジさんが、真っ赤な顔を隠すように下を向く。
「ありがとう。とても助かるわ。えっと、これで子供たちが元気になる食材を沢山買って来てほしいの」
銀貨を一〇枚渡すと、オーギュ先生が慌てる。
「代金でしたら、先ほど頂いた物で大丈夫です」
「いえ。あれは、シスターと子供たちの診察をしていただいた代金と依頼料です」
証言の依頼をしましたからね。
わたしの言葉に困った表情になるオーギュ先生。
でも、何かを考えるとわたしを真剣な表情で見た。
「少し離れているのですが、ここと似たような教会があります」
わたしが目を着けていた教会の一つね。
「そちらにも、その……」
言葉を詰まらせるオーギュ先生に笑みを見せる。
「そちらの教会にも食材と薬が必要なら、持って行ってあげて下さい」
「いいのですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
うれしそうにお礼を言うオーギュ先生の右手をギュッと握る。
「わたしこそ、ありがとうございます。先生が協力してくれなければ、わたしは誰も助ける事が出来なかったでしょう。本当に、ありがとうございます」
オーギュ先生が優しげに笑う。
その傍でジルジさんが、心酔したような視線をわたしに向けた。
「よしジルジ。買い物に行こうか」
「はい。ルーツ公爵令嬢様、子供たちが元気になる食材をいっぱい買って来ます」
「お願いします」
オーギュ先生とジルジさんを乗せた馬車が動き出す。
それを見送ると、料理をするための準備を始める。
「ハルティアお嬢様。わたしがやります」
「ん~、でも二人で準備をした方が早く出来るわ。料理だって、そうでしょ?」
「それは、そうですが……」
困った表情でわたしを見るアーニャ。
「あのハルティアお嬢様」
「どうしたの?」
「わたしは、ハルティアお嬢様が料理をしているところは見た事がありません。料理は出来るのですか?」
公爵令嬢は料理などしないわ。
でも、わたしは出来る。
何回目の死に戻りかしら?
忘れてしまったけれど、家にいたくなくて教会に通っていた時期がある。
その時に、教会が行う炊き出しの手伝いをした。
何度も手伝ったから、手順は全て覚えているわ。
「えぇ、出来るわ。教会が行う炊き出しを手伝った事があるの」
「えっ!」
驚いた表情のアーニャ。
まぁ、当然よね。
だって、今世ではないのだから。
「いつですか?」
「アーニャがわたしの専属メイドになる前よ」
不思議そうにわたしを見るアーニャ。
「お母様とね」
わたしの言葉にハッとした表情を見せるアーニャ。
これで、お母様と一緒に手伝ったと思うわね。
「さぁ、準備をしましょう」
調理場で見つけた大きなお鍋を持つ。
それを見たアーニャが、諦めた表情で頷いた。
「火傷だけには気を付けて下さいね。というか、火を使う場合はわたしがしますから」
「ふふっ。わかったわ、心配してくれて、ありがとう」
大鍋と調味料を探し出し、調理台の上に置く。
あと使えそうな物は……ないわね。
教会にある食材は、全部駄目。
調味料があっただけ、良かったと思うべきかしら?
外から馬車の止まる音が聞こえた。
「もう、戻って来たのかしら?」
窓の外を見ると、木箱を抱えたオーギュ先生とジルジさんが見えた。
「早かったですね」
「そうね。ありがたいわ」
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