異世界で正義の味方をやっているがいろいろとハードモードな気がする

@enenkou

誕生

ある男の復活

第1話 ある男の転生事情

『うちの両親のなれそめは普通じゃない。』


 時任 桐青ときとう とうせいは折に触れてそう言っていたし、今でもそう思っている


 別に彼らが極道でしたとか、宇宙人同士ですなんて、そんなに派手な話ではない。


 彼の父は寺の出身で、そのせいか善や悪と言った者に一定の矜持を持っていて――それの影響で襲われていた母を助けたことがあるのだ。


 酔っ払いに押し倒されていた母を助けるために果敢に挑みかかった父はそれが原因で母と付き合いだして――まあ、とんとん拍子で関係が進み、夫婦の営みがあって自分が生まれた。


 父はよく言っていた――「いいか、いいことするといいことが返ってくるんだ。」と、母を見ながら冗談めかして。


 その成功体験が大きかったのだろう、父は息子に武道や護身術の類を習わせ、彼に備えをさせた――いずれ来るかもしれないに対して。


 その影響で時任 桐青は運動が多少でき、体も丈夫で、それなりに頭がよく、善良な男に育った。


 ヒーローが出てくるタイプの創作物が好きだったのが、その影響だったのか生来の気質だったのかは――よくわからない。


 ただ、彼はこの人生に満足していたし、これからもこうして生きていくのだろうと勝手に思っていた。


 ……そんな桐青の人生が唐突に終わりを迎えたのは、雲の厚い陰鬱な夕暮れのことだ。


 学校帰りの一幕、何時もの様に街を歩いていた時、なぜだか路地に注意が向いた。


 それが虫の知らせか、あるいはもっと別の何かだったのか。それは彼にもわからない。


 彼に分かっているのはそこから『悲鳴が聞こえた』ことだけだ。


 猛烈な悪寒に襲われて、彼は突き動かされるように路地に侵入した。


 狭い路地の先、果たしてそこにそれはあった。


 倒れ伏す女性とその上に覆いかぶさる男――見るからにろくでもない状況だった。


 首を振る女性の視線が自分の視線と交わった時にその奥にある助けを求める声で桐青の覚悟は決まって、体は習い覚えた通りに動き出した。


 男に誰何すると彼は薬か狂気か、それ以外の何かしらの要因で可笑しくなっているのか「邪魔をするな!」と気勢を上げながらその辺の石を投げて攻撃を図った。


 が、彼はそれなりに訓練を積んでいたし、そもそも、動揺と混乱の只中にいる人間の攻撃などそうそう当たらない。


 半身になってさらりとかわした彼は男のあごに掌打による一撃を加えて制圧し、倒れ伏した男を一瞥して倒れた女性を助け起こして――


 ぐさりという音がして、彼の腹から何か流れる気配がした。


 見えれば、普段存在しない黒い突起――ナイフの柄が刺さっていた。


 目の前では助け起こした女性が驚きの顔をしてこちらを見ていた、どうやら刺されたらしいと理解したのはその時だった。


 理解したとたん襲ってきた恐ろしいくらいの熱に顔をしかめた彼は、それでも最初の目的のために動き出した。


 後ろに立ってにやにやしている男に向かって放った後ろ回し蹴りは男のみぞおちをたやすく打ち抜いた、今度こそ白目をむいて崩れ落ちた男を見つめて――彼も崩れ落ちた。


 消えてゆく意識の中で、泣いているような声と響き渡るセミの鳴き声のような頭痛を感じながら絞り出すように「――逃げろ!」と叫んだ……つもりだった、その声が出ていたのかは――結局、終生分からなかった。




「――兄さん!」


『――兄さん?』


 はて、自分に兄弟、姉妹などいないはずだが――


 そう思いながら開いた眼が最初に映したのは、見知らぬ白い天井とこちらを心配そうにのぞき込む異邦の少女の姿だった。


「――クロ兄さん……よかった……!」


 そう言って、心底喜ぶ彼女は明らかに見知らぬ顔だった。


『はて、誰かと自分を勘違いしておるのでは?』


 首をひねった桐青はゆっくりと身を起こしてみる――そこにあったのは彼の予想していた病室の景色ではなかった。


 明らかに異国情緒にあふれたそこは、どうにもどこかの個室らしい、異様に豪華なそこには桐青のような一般庶民は入ってはいけないような煌めきがあった。


『……えっ、なんだこれ。』


 はて、何も理解できない。


 ないない尽くしの空間で、彼は孤独に首をひねることしかできない。


「クロ兄さん、どうかしたの?まだ怪我痛い?」


「あ~……いや、それは全く……あー……その……大変申し訳ない。本当に……気を悪くさせたら申し訳ないんだが……どなた?」


「えっ……?あ、記憶……!?衝撃で、記憶が……」


「あー……いやそういうわけでもないんだが……あー……」


 訝し気にこちらを見やる少女になんと説明すれば理解されるのか悩み呻いている桐青を少女は記憶の混乱による錯乱状態だと結論付けたらしい。

 そっと口を開き彼女は丁寧に様々な説明をし始める。


「兄さんの名前はクロノス・エレンホス。ここまではいい?」


「あー……うん。」


 まったくよくはない、誰だそれは?


 叫びだしたい心持だったが目の前の人間にそれを言ってどうなるいうのか?


「うん、兄さんはエレンホス家の長男にして嫡男。私は兄さんの妹のアイルーロス・エレンホス。長いからアイとかロスとか好きに呼んでね。」


「あい。」


「それでその……兄さんは意識を失う前に同級生と決闘してね。それで、その……決闘に負けちゃって。その決闘自体は兄さんが受けた物じゃなくて、兄さんがよく一緒にいる派閥の人が受けたものだったんだけど……介添人として参加したの。だけど相手は一人で兄さん達三人とも倒しちゃって、それで――」


 おずおずと話す彼女に彼は必死で自分の中の知識とすり合わせようと試みていた


 自分の知識が正しければ決闘における介添人とは「助っ人」――要は手ごまのことを指す。


 話を聞くに、どうやら自分はその助っ人に呼ばれ、相手に敗北した――という経歴の人になっているらしい。


 悩んでいる少年にひどく心苦しい様子の少女が手紙を差し出す。


「……お父様から……ごめんなさい、何とか止めようとしたんだけど。」


「――ん、はい。」


 未だ状況を完全には飲み込めていないが、とりあえず彼女が自分のことを気遣っていてかつ自分は常識では測りようのない事柄に巻き込まれているらしいことは理解できた。


 差し出された手紙を受け取って中身を見る。


 そこには文字越しでもはっきりとわかるほどの怒気が込めらた罵声と呪いの言葉が躍っている。


『ふざけるのも大概にしろ!貴様のせいで我が家は……貴様にはこれまでの養育にかかった資産全てを要求し、追放処分とする!金輪際、お前は我が家との関係を断つ。もはやこの家の住人でもなければ、わが子でもない!ああ……こんなことなら全年分の学費など払わなければよかった!お前があんなわけのわからん奴に負けたせいでサロマ嬢も去って行ったと先方はご立腹だ!せっかくあの豚に媚びを売っていたのに!もうお前の顔も見たくない!二度と我が姓を名乗るなよ、クロノス!』


「……うーん?」


「……やっぱり意味わかんないよね、私、もう一度お父様に掛け合って――!」


「ああ、うん、あー……いや、大体わかった……と思う。」


 正直に言うとまだわかってないことは吐いて捨てる程あるし、明らかに異常な事態だ。


 まあ、ともあれ、いまさら言っても始まらない、一つだろうと理解できているだけましだ――桐青はごまかすようにそう考えて笑った。


 しかし――


『これが噂の異世界転生ってやつか……偉く……劇的な始まりだな。』


 まさか開幕借金持ちとは――乾いた笑いが漏れる。


 人を助けたにしてはずいぶんなやられ様だった。

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