女の子とお母さんと猫と

ご飯のにこごり

第1話

病室で眠る私を見ていたのは母親だと言う猫、私は猫にでもなってしまったのだろうか?と手を見る手は人間のそれだった。

眠っているのだと目を擦り、何度も目を開いては閉じてそのうちにまどろんで意識を落とす。母の顔も父の声も、その他家族の声も思い出せない。赤子の声ばかりどこからともなく耳にこびりついて眠りを覚ます。


朝、昼、夜。関係なしに。腹に嫌な塊が入っている。私はそれを吐き出そうと何度も胃を空っぽにしては眠る。眠ってばかりで頭は、もう洗面所の水に溶けてしまった。そのせいで黒猫は私の母にまでなって、ただ優しかった。お見舞いのこない私に寄り添ってくれるのは母、もとい黒猫だけだった。撫でるとネコ扱いするんじゃないよ、と高飛車な声を上げるのも可愛らしい。


泣き出しそうになっても我慢ができた。ただ赤ちゃんの声が聞こえる時には黒猫は訪れない。私は眠れずただ声が消えるのを待った。消えない。消えないで私は頭を窓枠に打ち付けて音を消そうとした。窓が割れても消えない。割れた破片が皮膚を裂いて痛いだけだ。音は腹の中から聞こえる。腹を刺してしまおうか、と思った。すると声が一段と大きくなった。大きな腹にガラス片が突き立てられると静かになった。笑っていた。私は笑ってガラス片で腹を探っていた。手を入れ、声の主を取り出そうとした。だけど、血がコポコポ溜まっているばかりでそこは空洞だった。黒猫が横切り、私はその場に座り込んだ。黒猫は話しかけてはこないで擦り寄って来る。私は黒猫が母ではなく娘、息子なことを思い出して開いた腹に入れた。眠ったまま夢を見て、私は夢の中でまた産んだ。


私を見ている、見えないのに息ばかり触れて、透明人間は私を弄ぶ。私は声を上げる事もできず、足先にある官能植物を見ていた。相手も見つめている。私はその2人の嫌な視線に犯され続けて、また腹の中に嫌な塊が産まれた事に気がついた。感傷的な何かがわっとでて泣いた。そのすぐ後にも首元に嫌な息を吹き当てられ、性器から毒を流し込まれた。その次の日には口になにか差し込まれ、胃液が逆流した。嗚咽を漏らそうとしても透明人間がそれを許さない。今度は喉に毒を流し込まれて私は喉の毛にへばりつく気持ち悪いそれを吐き出そうとした。だけど溺れそうになるばかりで一向に出て行ってはくれない。いつしか透明人間は透明ではなくなり、匂いを発し始めた。茶色い泥のような生き物になり私を乱暴する。その度私の腹は裂けて猫を産む。産まれた側から、しわしわな枯れ枝だったり、ギラギラした鎧だったりが私の腹に毒を入れて、猫を作る。猫たちは積み上がって私の知らない場所へと走り去ってしまう。私は追いかけもしないで見つめている。


熊からも猫が生まれるんだなぁと毒を必死に震え注ぐ姿を見て思う。もしかして私が本当に猫な気がした。だけど手足は人間のものだし、顔だって人だ。はっと目を覚ます。病室の天井、ではなく木目の顔に見える天井と敷布団、床の硬さ、冷たさで体が痛む。私の目の前には熊のように大きな男がいた。横を見ると古くなった母が真顔で目を見開いていた。ちょろちょろ、どぽどぽとシンクに水が落ちる音と不規則な息の音ばかりが部屋に漂っていた。

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女の子とお母さんと猫と ご飯のにこごり @konitiiha0

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