2
メディカルセンターの職員用出入口は一般の外来とは別に、裏口に設けられている。
細い路地には、
そこに三人の人影があった。
警察の封鎖により、近づくことさえもかなわないはずだが、彼らは身を潜めることもなく、堂々と会話を進めていた。
「強盗犯は四人。全て男性。すでに立てこもりを開始して二時間以上経過している。運良く逃げ延びた人々の証言によると銃や刃物で武装しているらしい」
三人の内の一人、黒いスーツの男が淡々と言う。二十代中盤ぐらいだろうか、スラッとした手足に細身のスーツがフィットしている。真面目なサラリーマンかと思いきや、髪型は派手だった。金髪、さらにその上に軽めのパーマまであてている。この風貌で歓楽街を歩けば、まずホストと間違われてしまうだろう。
「警察は何してんのよ? 見たとこ、かなりの動員数をマークしてるけど。最近では中々見ないよ、あんな出張り方」
「時代錯誤のケースもいいところだからな。対処に困っているようだ」
「……そりゃまた非難を浴びそうだねぇ。で? そいつらの目的は?」
軽口を叩くのは茶髪の男。垂れ目がちだが、鋭い眼差し。灰色のジャケットに、黒のインナーという出で立ちであったが、鍛え上げられた精悍な体つきは服の上からでもはっきり分かる。
内ポケットから取り出した煙草に火をつけ、旨そうに紫煙を吐き出す。金髪の男が思わず顔をしかめたが、構わず話を続けた。
「どうやらこのメディカルセンターでは、一般には出回らない薬物を不正に横流ししているらしい。こいつらはどこでその情報を得たのか、その以前から警察も目を付けていたようだけどな。結局、先に奪われた結果になったな」
「違法ドラッグ……ですか?」
涼やかな声でそう訊ねたのは、二人の男たちとは違う異質な雰囲気を纏う美女だった。
こんな路地裏に似つかわしくない清楚な着物姿。初雪のように白い布地には青や紫といった朝顔の花模様が咲いていた。艶やかな光沢を放つ藍色の髪を、同色の濃いめのリボンで止めてあるのが魅力的なグラデーションとなり、大きな瞳と、小さな赤い唇が作り物のように綺麗に枠に収まっていた。
内側からも外側からも品の良さを表している。もう何世紀も前に絶滅した大和撫子のようだ。
女性の問いに金髪の男が頷く。
「違法は違法でも、裏で売買されていたのは対人間用に処方される薬物じゃない。その効果は体内の“マナ”を一時的に増幅させる、いわば一種のドーピング剤だ」
「とても信じられませんね……。ここは患者からの信頼も厚い、と評判でしたのに」
着物の女性が残念そうに呟いた。
「組織ぐるみではないだろう。恐らく上の者も知らない、ごく一部の人間の犯行。十中八九、薬剤師の仕業だな」
「認可されていない薬物ですものね……。独自に調合し、精霊使いに売っていた……」
「売人はまた別かも知れんがな。期間を考えると、現在までかなりの精霊使いが買ってるようだ」
「有能過ぎるのも問題ですね……」
ふぅ……と息を吐きながら着物の女性が頬に手をあてる。
「ま、そっちは警察に任せようや。俺たちはその襲撃犯を退治するんだろ?」
「ああ、精霊使いは俺たちの管轄だからな。おそらく、奴等は無登録下の“ストレイエレメンタラー”の可能性が高い。俺たちはすみやかに対象を排除、搾りカスも残らないようにマナを回収する」
と、金髪の男が改めて任務の内容を二人に告げた、その時。
『――じゃあ、今回の作戦はどんな風にいきます?』
彼らに割って入ったのは、若い少女のような声。三人が上を向く。建物の上空から滑らかに降りて来る小さな物体がある。直径十五センチにも満たないその物体は、彼ら三人の眼前で止まる。
いや、正確には物体と表現するのは間違いかもしれない。
それは、ゆるやかに上下を繰り返す緑の発光体。声はその光からだ。この光はまるで生きているかのように動いているが、意志があるわけではない。
――精霊。それが、この光の正体。
彼ら『精霊使い』と呼ばれる人種は、この精霊を使役することで、世界を管理する役目の一端を任されている。今使われているのは、通信用端末のようなもので、半径十キロまで離れた相手との会話のやり取りを目的としたものである。電波で発信されているわけではないので、傍受される心配がないのが利点だ。
「いつも通りだ。アイサ、君がまず対象を攻撃し、その混乱に乗じて俺たちが乗り込む。一気にカタを付けるぞ」
金髪の男が緑の光に向かって話しかける。交信の相手――どこかで待機してあるのだろうその少女は、「りょーかい」と嬉しそうに言った後、何故か沈黙。わずかばかりの間を空け、
『……精霊反応確認! いるいるっ、情報通り四人で間違いないッスね』
「人質は無事か?」
『あー、ちょっとマズイかな。犯人の一人が民間人に……ってアレは何だ? 腕が上がってるのを見ると、銃ですかね。突きつけられてるみたいです』
思いの外、事態は切迫しているらしい。金髪の男は、わずかに顔を歪めると、それでも冷静に光の向こう側にいる彼女へ告げる。
「……分かった。すぐに俺たちは突入を開始する」
『あたしは人質から一番遠くにいるヤツを狙います。その後はよろしくです!』
緑の発光体が細かな粒子となり、空気中に溶けてゆく。交信が終了した。
「……どうやら今回も楽勝そうだな」
煙草を地面に落とし、ブーツで踏み消しながら楽観的に言う茶髪の男。
「少しは緊張感を持て。犯人グループはすでに薬を服用している可能性もあるんだぞ」
「大丈夫だって。カイちゃんは心配性だなぁ」
「ちゃん付けはやめろ」
不機嫌そうに金髪の男は茶髪の男を睨み付ける。
「カイ様の仰る通りです。我々の力を以てすれば、制圧は造作もないでしょう。ですが、追い詰められたネズミは何をしでかすか、時に想像の上をいきます。気を引き締めてかかりましょう、キョウヤ様」
着物の女性が丁寧な口調でたしなめる。
「へいへい。だけどよ、古代的な武器を持った半端な精霊使いが俺たちにかなうと思うか?」
「このメディカルセンターは正確な患者の病状を把握するために、マナを遮断しているからな。襲撃犯もあらかじめ知った上での行動だろう。まぁ、俺たちには関係のない話だがな」
茶髪の男は「でっしょ〜?」と頭の後ろで両手を組みながら女性へ体をぐいと寄せた。
「ねぇ、ユリカちゃん。それよりさ、これが終わったらどっかデートに行こうよ」
場違いな申し出に、着物の女性はにっこりと微笑み返す。その笑顔はあまりに美しいが、ただ、氷のように冷たくもあった。向けられた方は、根こそぎ体温を奪われてしまいそうなほどに。暗がりも相まって、より恐ろしく映える。
どうやらこの手の冗談はお気に召さないらしい。
「うわぁ、ユリカちゃんこわぁい」
「……キョウヤ……」
こめかみに人差し指をあて、重いため息を吐く金髪の男。
「わかりましたよ、真面目にやりゃいいんでしょ、やりゃあ」
こんなやり取りは毎度のことながら疲れる……。金髪の男はそう思いながらも、すぐに顔を引き締め、二人に強めの口調で言った。
「行くぞ。マスターの名の許に、精霊を悪用する輩にはその存在価値を奪う。俺たちの務めを果たせ」
直後、激しい音が響いてきた。
――合図だ。
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