帝都の呪詛師

三日月ノ戯レ

第壱話 呪返し

 帝都の中央を南北に分ける大通りには、今日も多くの出店が立ち並んでいる。

その日の朝収穫した新鮮な野菜を売る農家、生活のために家財品を並べる者、何もなくただ座って施しを求める者・・・

品物に足を止める者がいれば気にもせず、あるいは見下すような視線を投げる者


 富める者、貧しい者、様々な人々が同じ世界で暮らしている都の一角

大層豪奢な造りの門を構えた屋敷に男は招かれていた

贅沢に手を尽くされた庭園、それを眺めるように建てられた屋敷には幾つも橋がかけられ、何人かの女官たちが橋の上から男を見ている。


 明らかに下賎な者を見る好奇の目・・・

そのような扱いは男は慣れており気にも留めてはいなかった。


 男は館の前で砂利の上に跪かされていた。

浅葱色の狩衣、薄紫の頭巾を被った男の顔は竜骨の面で表情が見えない。


 男の周りを屋敷の主に使える者たちが囲んで取り押さえている。


 しばらくして屋敷の主が姿を現した。

奥方であろうか、主の後ろに気位の高そうな女性が口元を扇で隠して立っている。

その目は明らかに侮蔑を男に送っている。

女官たちの側には主の子供達も見える。


幼き者に何を見せようというのかー


 男は深く溜息をついて顔を上げた。

主と目が合う

男は自分を見下ろす主に向かってようやく口を開いた


男「これはこれは・・・頼みごとをされた時とは比べ物にならない扱いでございますな」

主「西の宰相が病で身を引かれる事となった。お前のおかげで私は手を汚すことなく宰相の位を与えられる事となろう」

男「それは喜ばしい限り」


 主は男の言葉を気にすることもなく

主「病の呪詛をかけるようお前に申し付けた事はここにいるものしか知らぬ」

男「左様でございますなぁ・・・」

主「ここで一つ問題がある」


 主は一歩前に出た。


主「呪詛などという穢れを私が触れたと言うことは決してあってはならぬのだよ」


男「主様はいつぞやに交わしたとがのことをお忘れになられましたか」


 男は主の裏切りに動揺することなく


男「私をたばかったときには・・・飲みほした咎があなたに返ってくると申し上げましたが」

主「咎か・・・問題ない」

そう言って主は袋に入った何かを男に見せつけた

主「飲んでない咎は意味がなかろう?」


 男は飽きれたように深いため息をつき

そして笑いながら


男「大凡どこぞの似非祈祷師にでも入れ知恵されたのでしょうが、そのような子供騙しは私には通用しませんぞ!」


 言うが早いか、主が持っていた袋は弾けて液体は主に飛散した。


男「あなた様が私を謀るであろうことは承知の事、既にこの屋敷に仕掛けを施させていただいております。ご覧あれ!」


 男の目が妖しく光り、足元に幾重の印が広がる。

男を捉えていた従者たちが炎に包まれ苦悶の表情を浮かべながら、動く事なく焼け炭のような姿を晒していた。


男「わらべ!」

童「あいよ!」


 縛を解き、自由になった男は軽く印を切る。

指先から飛び出してきたのは短い黒髪の少女、

「童」と呼ばれた少女は男を取り巻く従者たちの後ろに回り込み全員を倒していく。


童「はいはいおとなしくしてなって・・・せっかくの尻子玉が台無しになっちゃうじゃないかよ、アタイが全部頂くからおとなしくしてなよッ!」


 童は従者たちの背後から腕を突き刺し、そして光る玉のようなものを抜き出した。

尻子玉と言われる宝玉である。

宝玉を抜かれた従者たちはそのまま倒れ込み二度と動くことはなかった。


男「犬神いぬがみ、女官たちは任せた。」


 呆然と見ていた女官たちはようやく身の危険を感じて橋の上を逃げ惑うが


犬神「あらあら、これからが見物ですのにもうお帰りになられるのですかぁ?もったいない事でございますぅ!」


 白と黒の袴姿の少女が女官たちの前に立ちふさがる。

赤い目に白い髪、犬神と呼ばれたその少女は従えている犬たちに命令する。


「さぁ、犬蠱けんこ達、お食事の時間ですよ、残さず食べてお仕舞いなさい!」


 女官たちは犬蠱に首を噛まれ、声を立てることなく絶命していく。


 主は逃げようにも足が重く1歩も逃げることができない。ただその阿鼻叫喚の様を瞬きすることも許されず見ているだけであった。


奥方は男にさとられないように少しづつ後ろに下がっていた。


(自分は関係ない、全て主の企てた事-)


少女「なんてこと考えてたんじゃないの?」


奥方「ひっ!」


 奥方の退路を断つように構えている少女、

蝦蟇蠱がまこ「奥様ひどいね、私知ってるんだ、主様を焚き付けたのはあなた・・・」

奥方「そ・・・そんなことはしておりません!」

蝦蟇蠱「そう?枕元であなたの旦那様が私に教えてくださったんだけど、」


 奥方はキッ!と主を睨みつける。

(こんな若い娘まで寝所に連れ込むのか!)


蝦蟇蠱「私の身体がよほどお気に入りだったのか・・・何でも教えてくれたわ、

聴きたい?何度も何度も私の中で果てて行った主様の欲望の全て・・・」


奥方「穢らわしい!」


 叫び声が終わるか否か、

奥方の身体は背後から大きなガマガエルに呑み込まれていた。

蝦蟇蠱「安心しなさい、誰があんな醜男しこおまぐわうものですか・・・

愚かな夫を疑ったままあの世に逝きなさい」


主「ま・・・まて、助けてくれ・・・約束の報酬は払う・・・せめて私だけでも・・・」


主は泣きながら男に懇願する。


 この男は子供達の身を先に気遣いしないのか、

子供達に目をやると恐怖に怯えて震えている

・・・哀れなことだ、


男「私が助けてくれと頼んだら・・・あなた様は助けてくださいましたか?今までに一度でも命乞いをする者を助けたことがお有りでしょうか?」


主「・・・」


男「ひとつお伝えせねばなりません。

西の宰相様におかれましては病も無事快癒されておられます。」

主「どういうことだ?」

男「蝦蟇蠱から主様のはかりごとを聞かせていただいておりましたので、少しの間お眠り願い奉りまして」

主「!」

男「お約束違たがうこと無かりせばお望みどおり呪い奉らせて頂くところでございましたが、

やはりやはり主様は宰相の器にあらず、かくも残念な次第にございまする」


男は恭しく頭を垂れる。

その後ろには河の童、犬神、蝦蟇蠱が従っていた。


主「お前たち、ただの呪詛師ではないな」


男はニヤリと笑いながらわざとらしく頭を垂れて、

薬師「主様は私めを買い被っておられる。

わたくしはどこにでもいる薬師でございます、」


主「・・・子どもたちはどうなる」


薬師はまた溜息をついて

薬師「ようやくお子様の事を気に掛けられましたか、

哀れな子よ、かくもあざとき父のはかりごとに命を失うことになろうとは・・・

残念ながらお子様のお命、既に手遅れかと・・・」

主「!」


主は子どもたちがいた方へ目をやった


そこには二人の幼い子・・・であったものが立っていた。


 呪詛師は契約を違われたときの為に「呪返し」という術式を施している。

殆どの場合はかける呪詛を契約の主に返すのだが、今回は主の子どもたちに施していたのだ。

主が最も苦しむ形で

腹中蟲ふくちゅうむしを子供達に植え付けていたのである。


 目の前で腐っていく子どもたち。

失禁し、恐怖に怯える表情を父親に向けてか細い声で

「タスケテ・・・」

と懇願する。


薬師「蛇蠱だこ、早く!」


 体の周りに1匹の蛇がまとわり付かせ、子どもたちの脇に立つ一人の少年、

がどちらも微動だにしない。


震えている。


童「師匠、アイツまだダメだ、完全にビビってる。覚悟が出来てないんだよ」


薬師「・・・」

蛇蠱「・・・」

童「何泣き言言ってンだよ!もう呪いが体に入っちまってるんだ。助からねぇんだよ!だったら・・・」


蛇蠱「わかってるよ!」

童「はぁ?」

薬師「童、大丈夫だ。

蛇蠱、できるな?お前の手で見送ってやれ。」

童「師匠?」

河の童は薬師を見上げて、そして蛇蠱に目を向けた。


蛇蠱「ごめんな・・・」


 蛇蠱は子どもたちの顔に手をかざして、目を閉じさせた。


 しばらくして動かなくなった子どもたちを包むように蛇が大きく口を開けて飲み込む。


 子供達は蛇の体内で消化され、小さな命が消えていく。


 一人残された屋敷の主は狂ったように嗚咽し薬師に懇願する。


主「た・・・助けて・・・くれ!金はいくらでも払う!私、私だけでもっ!」


「お師匠様ァ・・・もういいよねェ?このおじさんのお喋りが無様すぎてボク聴きたくないよォ」


 主の後ろから声が聞こえる


 断末魔の叫びを上げながら主の体中の穴という穴から蟲達が這い出て来る。


 蟲は主の身体を食い破り、皮膚、筋肉、臓物を食いつくし、やがて骨だけの姿になっていった。


 体中に小さい髑髏を飾り、骨だけとなった主の姿を愛おしく見つめる病んだ瞳。


薬師「瑪蝗蠱ばこうこ、ご苦労様」

瑪蝗蠱「えヘヘ、またお師匠様に褒められちゃった!」

薬師「お前はいい子だよ」

蝦蟇蠱は薬師に頭を撫でられて喜んでいた。


 蛇蠱は子どもたちのいた場所に座っていた。

昔の自分を思い出していた。


 いじめから逃げた挙句、暗闇に堕ちて命を落とした過去のことを

「タスケテ・・・」と叫ぶ言葉が頭に木霊する。


同じだ、あのときと同じだ。

叫んでも誰も助けに来てくれなかった。

そして、俺は・・・


童「アンタとあの子達は違う」

蛇蠱「?!」


 河の童が蛇蠱の側に座っていた。

童「あの子達は親に殺されたようなもんだ、呪詛師を甘く見てた。でもアンタは違う。仇は師匠が取ってくれた。そしてアタイ・・・アタイ達がいる!」


そう言って童は不機嫌そうにその場を離れた。


 亡くなった者たちを弔い、そして屋敷を出る。


 薬師が張っていた結界が解けるとこの屋敷は崩れ去るだろう。


 薬師たちは後ろを向くことなく都の喧騒の中に消えていった。


第壱話、了

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扉絵はこちら

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