■運命の再会

「あんたらの財産、全部没収よー!」


 冒険者マリーゴールドは野盗のアジトの襲撃していた。

 彼女は、街道で行商を襲う野盗の討伐を依頼されたのだ。


「あっはっはっ、魔王軍からしっぽ巻いて逃げ出した、あぶれ者の傭兵くずれなんて、私の敵じゃないのよねえ。楽勝楽勝!」


 依頼主は野盗の被害に困った商人組合ギルド

 たびかさなる襲撃による人的被害と、略奪による多額の損害を無視できなくなった商人組合が、冒険者協会に依頼を提出したといういきさつだ


 商人組合とは文字通り、商人が集う協同組合。

 冒険者協会とは剣と魔法をあつかう戦士たちを統括する、日雇い仕事のあっせん業者だ。


「て、てめえ、女! 好き勝手に言いやがって! 何様だ、おまえは!」


「俺たちだって野盗になりたくてなったわけじゃねえ!」


 マリーゴールドに傭兵くずれとバカにされた野盗たちが、大いに怒る。

 元傭兵たちも魔王軍に敗れて行き場をなくしたのだから、ある意味では被害者だった。


 さりとて、善良な民の生活をおびやかすからには、征伐されるのが賊の定め。

 マリーゴールドは野盗の文句を鼻で笑い、炎の魔法を使って野盗のアジトを爆撃する。


 彼女が使う炎魔法は大小さまざまな火球ファイアボールを打ち出す攻撃呪文だ。

 攻撃呪文は、いろんな用途がある魔法の中で、もっともスタンダードな使い方だ。


「今日の~晩ご飯は~なんに~しようかしらね~♪」


 上機嫌に鼻歌を歌うマリーゴールドは空を飛んでいた。

 飛行魔法で空を飛びながら、足元で逃げ惑う野盗たちを一方的に爆撃しているのだ。


 飛行魔法……それは今、この世界でもっともポピュラーな軍用の戦術魔法だ。


 飛行魔法の始まりはドラゴンやワイバーンを筆頭とする航空戦力への対抗策だった。

 人類サイドが種族の存亡をかけて考案した軍事用の決戦魔法。

 その効果は絶大で、人類軍と魔王軍の双方に地上戦を主体とした古い戦い方を一新させ、人と巨竜が入り乱れる大空戦の時代を到来させたほどだ。


 大空戦の時代……現在、人類軍と魔王軍の戦いは航空戦力を主体に行われている。

 数と連携で勝る人類軍と、個の力量で勝る魔王軍が一進一退を繰り広げているわけだ。


 冒険者マリーゴールドもまた、飛行魔法を使う新しい時代の魔法使いだった。

 なのだが……


「くっそ、てめえ、きたねえぞ! 降りてきて戦え!」


「一方的になぶりものにしやがって、それが人間のやることか!?」


(うーん、まさか野盗に人道を説かれるとは思わなかったわね……)


 古い時代を生きて、新しい時代に適応できない者は、どんな時代にも存在する。

 飛行魔法を習得できず、魔王軍に敗れた古い戦士たちは、飛行魔法を毛嫌いしている。


 魔法の適正は天性の才能であり、こればかりは文句を言っても仕方のないことだ。

 マリーゴールドは野盗の悲鳴を聞き流して爆撃を続け、あっさりと野盗を制圧した。


「ぐっ、俺たちをどうするつもりだ……」


「決まってんでしょ~、お役人に引き渡して、報酬をがっぽりゲットよ~」


 依頼完了だ。

 マリーゴールドは野盗にかけられた多額の賞金を思って、にこにこ笑顔になる。


 人も暮らしも戦争も、先立つものがなければやっていけない。

 仕事の報酬も、臨時収入の賞金も、マリーゴールドには必要なお金だった。


 実入りが大切。お金が第一。そんな彼女を……人は【守銭奴マリーゴールド】と呼ぶ。


 運命の再会は、突然だった。

 マリーゴールドは、捕らえた野盗を近くの町の治安維持部隊に引き渡す。

 そのさなか、野盗のアジトに捕らえられていた人々も、解放されていった。


 ある者はマリーゴールドに感謝を述べ、ある者は精魂尽き果てて何も語らず……

 しかしなんと、人質にはひとりだけ、アジトの牢に寝転がって眠っている青年がいたのだ。


(え、なにこのバカ?)


 ファイアボールの爆撃による轟音のなか、眠り続ける度胸だけは大物と言える。

 青年の横には、みすぼらしいすがたをしたボロ着の少女が寄り添っている。

 天涯孤独の身の上だろうか、貧困層と思しき少女は青年のそばから離れようとしない。


 解放された人質のひとりが少女の身の上を教えてくれる。


「その子は声が出ないんだ。野盗に親を殺されたショックで声を失ったらしい」


「そう……災難ね……で? こっちで寝てるバカは?」


 マリーゴールドが指で示すと、思い出したみたいに、青年があくびをした。

 眠っていてもすべてを聞いていたみたいに、青年はゆうゆう受け答える。


「俺かい? 俺はプランドー、見ての通り、渡り鳥の冒険者さ」


 プランドー……マリーゴールドには聞き覚えがある、幼馴染の名前だった。

 よくよく観察すると、青年は端正な顔立ちをしている。

 まるで嵐の日に出会った少年が、そのまま成長したみたいな……


「げっ、な、なんであんたが野盗に捕まってるのよ!?」


「この子を人質にとられちまってなー、失敗さ。ところでそういうあんたはどちらさま?」


 千年の恋も冷める。ロマンチックな感情が音を立てて崩れ落ちる瞬間だった。

 運命とはままならず、残酷なものだ。まあ、いろんな意味で。



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