第10話


「トウマって、私のことどう思ってる?」


 夕食を二人で食べている時に不意打ちを喰らい、俺は動揺した。


「え? どうって……サキは大切な友人だって思ってるよ」


 サキが下を向いて、落ち込んだ様子になった。

 

「そっか……」

「え、ごめん、何かした?」

「ううん、違うよ」


 サキは顔を上げて、俺に微笑む。

 綺麗で優しさが含まれたその微笑みにくすぐったい気分になった。


「そっか」

「ねぇ、もし私を恋愛感情で見るなら、トウマは私をいいなって思ってくれてる?」

「えっ」


 俺はサキが言った言葉が信じられなくて、聞こえていたのに、意味を理解するのに少し時間がかかった。

 サキを見る。

 サキは俺を射抜くような真っ直ぐな眼差しで俺を見つめ返していた。

 その顔はとても真剣だった。


 体の熱が急激に上がり、心臓が今までで一番高鳴った。

 緊張しすぎて、頭がとびかける感覚だった。

 なんでサキは俺にそんなことを聞くのか。


 それは……サキも俺のことを好きでいてくれてるのか?

 いや、そんな筈は、だけど、俺もそこまで鈍感ではない。

 この質問的に、サキも俺のことを好きなのかもしれない。


 体が鼓動の音と熱で支配される。

 今きっと俺は、真っ赤に違いない。

 全身が熱い。


 俺は意を決して、回らない頭で言った。


「……サキのこと、好きだ」


 たった一言を言うのがやっとだった。

 こんな俺が、輝いてるサキのことを好きだって考えると、全身に恥ずかしさが突き抜けてって、俺は下を向いてサキを見れなくなった。


「グスッ……よかった。グズッ、私もトウマのこと好きだよ」


 鼻を啜る音がして、ついサキを見ると、サキが涙を流し、流れ出る涙を両手で拭っていた。


 稲妻が体を走ったような衝撃を感じた。

 なぜか体が震え出した。


 目の前で泣いているサキが、とても愛しかった。

 だが、それ以上に心臓が暴れ狂い、まともな状態ではなく、体が硬直していた。


 衝撃で固まる俺を見て、泣いていたサキが、フッと打って変わって笑った。


「トウマって本当に恥ずかしがり屋だよね」


 俺はサキの笑っている姿を呆然と見ながら、まだ現実と夢の境を彷徨っているような感覚に陥っていた。


 *


 手元のリストを確認して俺は、自分のミスに気が付いた。

 これは上司に報告しないといけないな。

 大変重要なことで怒られるだろう、と思いながら俺は軽い足取りでむしろ急いで、上司に報告に行った。


「おい、なんでこんな重要な項目で間違えてるんだ。日頃の段取りが間違っているんじゃないか? 君はもう上の立場の人間なんだから、間違えを無くしてくれなきゃ困るよ。これじゃ、示しがつかないだろ、本当に気をつけたまえ! 次やったら、流石に庇いきれないからな」

「すみません、気をつけます! 次は大丈夫です! 任せてください。それにこの案の提案なんですが、きっとこれをご覧になってもらえれば、問題は解決されると思います!」


 やっぱり、こっぴどく怒られてしまった。

 でも、俺は口元をクッと上げて、歯を見せて笑った。

 上司に向かって、腹から声を出し、はっきりとした口調で謝罪と問題解決につながる提案の案を提示もした。


「お、おお? そんな言うなら、見てみようじゃないか。わかったよ、また呼ぶから下がりなさい」


 上司は気圧された様子だった。


「はい!」


 自分が笑っているのが自分でもわかる。

 俺は腹から返事をしながら、上司の事務所から出た。


 オースティンがこっちに向かってきた。


「やらかしたなぁー」


 オースティンが失敗に対して悪びれないような満面の笑みで俺に話しかけてきた。


「ああ、ちょっと凡ミスだったな」


 オースティンの笑顔に負けないぐらい俺も楽しい気持ちで笑っていると思う。


「サプライズ、今日なんだろ?」

「ああ」

「じゃあ、仕事の穴埋めは俺がやっとくから、今日は定時で絶対帰れよ」

「ありがとな、今度お礼する」

「いいってそんなの! しっかりな?」


 オースティンが俺の肩を叩いた。

 目の前の親友の優しさに胸が熱くなった。


 今日、俺はプロポーズをする。

 ダメな俺をそばで明るく支えてくれ、俺を立派で前向きな人間に変えてくれた人。


 三年の時を経て、俺はやっと変われた。

 よく笑い、すぐ決断し、自分の意見をよく言い、何があっても落ちこまない。


 以前は、アメリカにくれば、自分が強く前向きな人間になれると俺は盲目的に信じていた。

 だけど、やっと気付いたんだ。

 

 場所が変われば、自分が変われるじゃない。

 最初から自分の考え方次第だったと。

 どこ行っても自分が変わらなければ、状況は変わって見えないと気付いた。

 どこにいても自分が状況を変えていくんだ、思考が自分の環境を変えていくことに気づいた。


 そして、前言われていた言葉も、受け取り方が全く違うことに気づいた。

 考え方の全ては自分次第だった。


 でも、場所を変えたからこそ、かけがえのない、それを気付かせてくれる彼女には出会えた。

 人生を自分で作っていくポジティブさ、前向きさを教えてくれたのはサキだった。


 おかけでもう俺は、どこに行っても地に足をつけて立っていけると、確信している。

 でも、これだけは弱気だ。

 サキは、俺のプロポーズを受けてくれるだろうか。

 でも、もうサキなしの人生が俺には想像できない。


 きっと俺はプロポーズするだろう。

 

 *

  

 玄関の扉を開けると、足音がして、何年経ってもきっと変わることのない愛しい人が姿を見せた。

 こんな俺にはもったいない、綺麗で可愛らしくて、心が美しい人。


 俺は背後に隠していた、バラの花束をサキに向かって差し出した。

 いつものように、迎えにきたサキの顔が驚きと興奮で染まる。


「わぁ、どうしたのこの薔薇。綺麗だね」


 サキが薔薇に負けないぐらい綺麗な笑顔で花の匂いを嗅いでいた。


「花屋の前を通りかかって、いいなと思って買ってきたんだ」

「私に?」

「もちろん」


 今はまだ、悟られないようにしないと。

 プロポーズの指輪が右ポケットに入っている。

 リビングで切り出そう。


 俺はサキから薔薇を預かって、リビングに移動した。

 サキも俺の後ろに続いて、入ってきた。


 薔薇をテーブルに置いて、サキの目の前に立つと、練習していた通りに、サキの前に跪いた。


「えっ」


 サキが驚きながら、俺を見ていた。

 何も言わずに、俺はサキをまっすぐ見た。

 もう昔のように目を逸らすことはない。


 サキは目を見開いて、胸元を手で抑えだした。

 目が涙目になっている。

 もしかしたら、俺が何をしようとしているか、勘付いたのかもしれない。


「俺と結婚してください」


 サキに向かって、手の中の指輪の箱を開き、俺は人生で初めてのプロポーズの言葉を言った。

 もし、断られたとしても、初めてのプロポーズの相手がサキで良かったと、心の底から思う。

 自分の幸せ以上に幸せを願える、大切な人だ。


 手で胸を抑えたサキが、涙を流しながら、俺の不安を吹き飛ばして無くしてしまうぐらいの大陽のような、とびっきり綺麗な明るい笑顔で


「はいっ」


 とはっきり返事をした。


 胸がいっぱいになって、俺も涙が溢れ出し、まえが見えないぐらいだ。

 涙が止まらない。

 いけない、指輪をはめなければ。

 彼女に似合うか考えて、一生懸命選んだ給料五カ月分以上の指輪だ。


 俺は指輪を手に取り、サキの手も取ると、サキの右の薬指に細心の注意を払いながら、指輪を収めた。


 そして、二人で見つめ合うと、お互いの有り様に泣きながら笑った。

 サキが俺の目元に手を伸ばして、指で優しく涙を拭ってくれた。

 サキの腕が首に周り、引き寄せられる。


 俺はサキが何をしたいのか、即座に理解して、いつものように屈むと、こちらからもサキに対して向かっていった。

 サキと俺の唇が重なる。

 もう何回もしたことだけど、このキスはとても価値があって、今までのキスより大事なもののように感じた。


 強く、強く抱きしめ、いつもより唇も強く押し付け、深く長いキスをした。


 サキの顔が離れてく。

 だが、まだ抱き合ったままで、俺たちはお互いの額をくっつけて、至近距離で見つめあった。

 いまだにドキドキしてしまう、端正な顔が目の前にあった。

 

「サキ、愛してる」


 俺は今まで伝えたかった言葉を、やっと言葉にできた。

 サキが恥ずかしそうに笑った。

 俺の言葉で照れているサキを見て、俺は言葉に表せない多幸感を感じた。


「私も愛してるよ」


 その言葉を聞いて、心臓がキュウとたまらなく、締め付けられた。

 それが頭の中で反芻されると、それに連動して胸を締め付ける波が襲ってくる。


 透明の透に、真実の真とかいてトウマ。

 俺は今まで、まるで自分が名前のように、透明人間のように何もない人間だと思っていた。


 きっと俺は、透明のようだから、何にでも成れて、真を貫いていける人間なんだ。

 俺は、もう透明人間ではない。

 

 半透明(透真)を満たす光(桜貴)


 完。

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