第7話
俺はサキの元に戻った。
平然を装いながら、ソファの間隔を空け、サキの隣に座る。
「お待たせ、あ、服着替えなくていい? 俺の服で良ければ貸すけど。ていうか、シャワー浴びる?」
俺はサキの隣に座ってやっと、サキの格好に気が回り、サキに声をかけた。
「あ、うん。シャワー浴びて、服着替えたいかな」
「だよね、じゃあ、服持ってくるから、待ってて。そしたら、シャワー浴びたらいいよ」
「トウマ、時間がもったいないから、私もうシャワー浴びるね。服は浴室の前に置いてくれれば良いから、私気にしないし」
俺が立ち上がると、サキもすぐ立ち上がった。
「えっ、あ、じゃあ、着替えは浴室の前に持って行くよ……」
シャワーを浴びているサキのところに着替えを置くなんて、とても緊張しそうだ。
サキは行動が早く、浴室に向かってしまった。
俺は服をタンスから取り出し、シャワーを浴びているサキのいる浴室に行った。
ガラス越しに、サキがシャワーを浴びている気配がする。
脱がれた服が纏めて置いてあった。
それが目に入り、心臓が高鳴った。
着替えがおけるスペースを見つけると、着替えを置いてそそくさと浴室を後にした。
お腹が空いているかもしれないと思い、冷蔵庫にあるもので、肉野菜炒め、卵スープを作った。
出来合いのパンをスライスして、トーストで焦げ目をつけて焼いた。
これで、お腹は満たせるだろう。
俺は料理を運んで、ソファの前のテーブルに並べると、ソファに座ってサキを待った。
テレビを観て過ごして、しばらくすると、サキがシャワーから戻ってきた。
サイズが大きい俺の服を着たサキは、子供みたいでより可愛かった。
「えっ、わざわざトウマが作ってくれたの?」
サキが目の前の料理を見て、驚いていた。
「うん、お腹空いてるかと思って」
俺の言葉を聞いたサキが、唇を固く結んで、眉を下げ、今にも泣きそうな顔になった。
「ありがとう……」
「いえいえ、食べる?」
「うん」
俺とサキは一緒に食事をした。
食事を終えて、一息ついてコーヒーを淹れた。
隣に座っているサキが、コーヒーカップを手に持ち、ちょっとずつコーヒーを飲んでいる。
俺はそろそろかなと思い、サキに気になっていたことを質問した。
「何か大変なことでもあった?」
数十秒の沈黙の後、サキが暗い表情でゆっくりと話し始めた。
「うん。友達と大きなトラブルになっちゃって……。話してもいい?」
「ああ、もちろん」
「ありがとう。すごく仲が良かった友達がいたの、今はもう元の仲に戻れないと思う……。名前はアシュリーっていう子なんだ。アシュリーには彼氏がいたの。それで、アシュリーの彼氏がアシュリーとまだ別れてもいないのに、私にアプローチしてきたの。アシュリーの彼氏の名前はジェン。私はジェンがそもそも好きじゃなくて、アシュリーとたとえ別れたとしても付き合う気はなかった」
サキが一息ついて、言葉を止めるとコーヒーを煽った。
「うん」
俺はサキの話に意識を集中させながら、相槌をした。
サキが続きを話し始める。
「ジェンにはしつこく言い寄られてて、でも、なんとかうまく逃げてた。私がアシュリーにジェンのことを相談する前に、他の共通の友達が私とジェンの事を話しちゃったみたいで、しかも、間違った事実になっちゃたの。アシュリーがジェンに問い詰めたら、ジェンは私が色目を使って誘惑してきたんだって、アシュリーに言った。それを聞いたアシュリーは大激怒。私に怒って突っかかってきて、取っ組み合いになっちゃった」
話しながら、サキが腕を手のひらで摩る。
サキの腕を見ると、血が固まって瘡蓋になった引っ掻き傷みたいな傷が線で何本かできていた。
その傷は取っ組み合いの時につけられた傷だろうか。
サキに言い寄ってきた上に、嘘をついたジェンに対して、俺は物凄い怒りを覚えた。
ジェン、許せない。
アシュリーもジェンに騙され、サキを傷つけるなんて。
ジェンの次にアシュリーに怒りが湧いた。
「じゃあ、その傷はアシュリーと取っ組み合った時の?」
「そうだよ。こっぴどくやられちゃった。アシュリー強くて……。地面に倒されて、引きずられたり、髪の毛強く引っ張られたり。あと、服も強く引っ張られてダメにされちゃった」
「はぁ、なんで、サキがそんな目に遭わないといけないんだ」
サキに起きた出来事を自分のことのように感じ、俺は大きなため息をついた。
「うん……。アシュリー達とうまくいってたのになぁ……」
サキはそう言って、泣き出してしまった。
「ジェンがね、あれからもずっとしつこく電話をかけてくるの……」
「え、まじか、ジェンしつこいな」
「ジェンがすごく怖くて、元々、いかつくて短気な男だったから、なおさら。私を諦めてないのかも」
俺は下を向いて、頭を抱えた。
サキの身が危ない。
そして、俺はサキが自分の実家に帰っているのかが気になった。
親に相談すれば、親もサキを守ってくれる筈だ。
「サキ、親には相談したの? あれから実家には帰ってる?」
俺の質問に、サキを苦虫をすり潰したような顔になった。
「ううん、ずっと友達の家を点々としてた。ママはきっと私の力にはなってくれないと思う……。家には帰りたくないの、帰っても嫌な思いしかしないよ……」
サキが弱々しい声で言った。
サキの家庭の事情も只事ではないと感じ、俺は困惑した。
「じゃあ、お父さんは?」
「パパは私が幼いときに亡くなっちゃって……。それでパパのママだった日本のグランマの家で過ごしたんだけど、グランマも七年経って亡くなっちゃった……そして私はママのとこに行ったけど、歓迎されなかった。パパとママは離婚してて、もうすでにママは別の男と再婚してて、私の知らない新しい兄弟もいて、私は邪魔者だった。私がどこで何してようが、ママも再婚相手も気にしてないんだぁ」
サキが、涙を流しながら、ぽつりぽつりと話した。
「そうだったのか……ごめん。こんなこと聞いて」
「ううん、大丈夫。トウマに聞いてもらってありがたいよ。なんで私が自分の家に帰らないでここにいたのか知ってもらえただろうし、すっきりした」
「そっか」
「うん」
泣き止んだサキが、涙を拭いながら言った。
「他の友達もアシュリー繋がりで、今みんなアシュリーに同情的でさ。私って実は元々みんなの中で浮いてたのかも、名前も変わってるし。それで泊めてくれる友達もいなくて、トウマのこと思い出したんだ。私って都合が良いよね、トウマに言ったこと今でも覚えてる。都合よくトウマを利用してしまって本当にごめんなさい」
そして、涙を拭って、意を決したような顔でサキは俺に謝り、深々と頭を下げた。
「いや、いいよ。俺、サキが言ったこと、その通りだと思うよ。俺は自分を持ってない、流されやすくて、人に合わせるばっかの人間だ。だから、サキに人として愛想尽かされたんだなって本当に思った」
俺の正直な気持ちを緊張しながらも声に出した。
サキが頭を上げて、俺を見ている。
速く脈打つ鼓動を感じながら、言葉を絞り出した。
「サキは気にしなくていい、逆に知れて良かったよ。それに、好きなだけ頼って欲しい。サキはさ、アメリカに来て初めてできた友達なんだ。しかも、日本語が話せてびっくりした。俺落ち込んでて、サキと出会って、一緒に過ごしてた間、サキに元気をもらったよ。俺ももらった分、好きなだけ頼って欲しいんだ。こんな俺だけど、良い弾除け程度にはなると思う。だから、またしばらくの間、俺の家で過ごしたらいいじゃないかなって……」
自分の胸の中を、サキに打ち明けて、俺は小刻みに震えながら、息を吐いた。
俺の言葉の後に、泣き止んでいたはずのサキが、また泣いている。
「トウマ、優しすぎるよ……」
そう言ってサキは、しばらくまた泣いていた。
しばらく経って泣き止んだサキ。
沈黙の時間が流れる。
「映画観たいな」
サキがそう呟いたことをきっかけに映画を観る事になった。
部屋を薄暗くして、映画が始まる。
「ブランケットある?」
サキが自然な感じで俺に聞いてきた。
「あるよ」
そう言って俺はブランケットを持ってきて、サキに手渡した。
「ありがと」
サキは笑顔で受け取って、ブランケットを広げた。
そして、ソファの間を詰めて俺に寄ってくる。
すぐ隣に密着して、俺に明るい笑顔を向けて言った。
「一緒に入ろ、後、今日はソファで寄り添って寝たいな」
サキの言葉に俺は心臓が爆発するのではないかと思う程の高鳴りがした。
俺の様子お構いなしに、サキは俺にもブランケットをかけ、俺の体にもたれ掛かり、体重を委ねてきた。
「トウマ、大丈夫、そんな緊張しなくていいよ。こうやって寄り添ったらさ、あったかくて、落ち着いて、悲しくないでしょ? 二人で寄り添ったら心地いい。それを考えたら、リラックスしてこない?」
「あ……そうかも……」
俺は体を硬直させたまま、なんとか声を絞り出した。
チラッとサキに目を向けると、サキは俺に寄り添ったまま、すでに映画に集中していた。
一人は確かに、寂しい。
サキを女の子だと意識しすぎずに、その温かい温もりや、誰かをそばに感じる精神的安心感について考えると、緊張を上回ることができそうな、心が満たされる満足感が俺を包み込んでくれた気がした。
俺の中のその感覚を広げていき、サキに言われたようにリラックスしようと、心がけた。
映画を観る。
気が付くと朝で、リビングは日の光が差し込んで明るく、鳥が鳴いている声が丁度耳に入った。
昨日の事を思い出して、サキの姿を真っ先に探した。
サキは俺の足のすぐ近くで、ソファに横向きになりぐっすり眠っていた。
俺はどうやら、ソファに座って首を後ろに倒しながら、寝てしまっていたと思う。
お尻や、背中、首に違和感があった。
寝ているうちに、サキを蹴り飛ばさなくて良かったと思う。
蹴り飛ばしてないよな?
多分、大丈夫だ。
相変わらず、整った顔立ちをしている。
俺、昨日サキの隣で寝たんだな。
どうして、こんな可愛い人と寝れたのか。
まぁ、それは誰かがそばに居る安心感だったかな。
その温もりを俺は噛み締めたからだ。
これをきっかけにサキに対して無駄に緊張せずになったらいいな、なんて思った。
あ、やばい。
今何時だろう。
携帯を探し出して、時間を確認する。
「あ、遅刻だ」
俺は急いで職場に向かった。
遅刻したことについて注意されてしまった。
だが、今までの他の職場の対応に比べて優しかった。
「おー、トウマー。遅刻なんて珍しいな! まさか昨日はお楽しみだったとか、かぁー?」
オースティンが大股でやってきて、ハイテンションで話しかけてきた。
「いや、うん。まぁ、色々と」
昨日のことを思い出して、女の子と過ごした点ではあながち間違いじゃないと、返事を濁した。
「うぇー! まじかよ、まじな感じか? トウマが!?」
オースティンが大きな声で叫ぶ。
周りの従業員もなんだなんだとこちらを見ていた。
「なんでもないです」
俺はオースティンの口を塞いで、周りの従業員に向かって言った。
周りの従業員は俺達の様子に楽しそうに笑いながら、自分の行動に戻っていった。
「お前、声大きいよ」
「ごめん。今度、紹介しろよ」
オースティンが俺を肘で突きながら言った。
「もし、彼女ができたらな。そんな日いつくるのやらだよ」
「お前、暗いなぁ」
そんな会話や他の話もしつつ、俺達は仕事をした。
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