第40話 結婚式 2
リリーのベールを持ち、私は後ろを歩いた。
ゆっくりとアンディ様に向かう道のりで、私はタイミングを計った。
両脇のベンチには神官や聖騎士団の制服を着た人で埋められている。
「アンディ様」
「綺麗だ、リリー」
アンディ様の元に辿り着くなり、二人の会話が甘くて泣きそうになる。
私はリリーのベールを直すふりをして何とかアンディ様の視界に入ろうとする。
(アンディ様!)
アッシュグレーの瞳が私を捕らえる。私はすぐに人差し指を頭に付けてみせた。
でもアンディ様はすぐに顔を逸らしてしまった。
(アンディ様……?)
アネッタはアンディ様ならすぐに気付いてくれると言った。
(確かに私を見ました……よね?)
「今日、二人は神の誓いの元、夫婦になります」
呆然としているうちに|副神官長≪神官長≫の口上が始まってしまう。
(アンディ様……このまま本当にリリーと……)
階段になった場所に二人は三段ほど上がり、私は跪いたまま一番下の隅に控える。
向かい合い、アンディ様がリリーのベールを上げる。
(待って、ダメです!!)
「さあ、誓いのキスを」
キスをしてしまうと婚姻が成り立ってしまう。
為す術のない私は二人を見ることしかできない。
アンディ様は瞳を閉じ背を屈め、リリーに顔を寄せた。リリーは私に目線だけ寄越すと、ほくそ笑んだ。
(アンディ様!!)
思わず手で顔を覆ったそのときだった。
「……アンディ様? 私に何かしましたか?」
苦しそうなリリーの声が聞こえてきて私は目を開ける。
リリーはがくん、とその場に崩れ落ちた。
(な、何?)
突然のことに
「君の力を抑えさせてもらった」
「まさか……このルビーのネックレスが……?」
力の入らないリリーはアンディ様を見上げ、震えながら言った。
「どうしてそんなことを……アンディ様!」
目を潤ませ訴えるリリーにアンディ様は冷たい視線を向けた。
「黙れ。もうその演技はやめろ。君は記憶の全てを思い出して、元の君に戻ってしまっただろう」
「……何のことですか?」
「記憶喪失の間は改心していたかもしれないが、全部思い出してからはそんな気持ちなど君にはないということだ」
アンディ様は入れ替わりには気付いていないが、リリーが元の悪女に戻ったことには気付いていたようだ。
「……どこで気付いたの?」
にやりと笑ったリリーにアンディ様が答える。
「君が心を入れ替えていたとき、謝罪の言葉は『すみません』だった。けして『ごめんなさい』とは言わなかった。それは心の現れにも見えた」
「……なんだ、助けに来たときから気付いていたのね。アンってば私を騙すなんてやるじゃない」
「やっぱりそれが本性か」
くすくすと笑うリリーにアンディ様が見下ろす。
「それで? 大聖女である私にこんなことをしてどういうつもり?」
「お前はもう大聖女じゃないだろう」
「あら、大聖女よ? そうよね、副神官長――」
「何を……」
リリーが妖しく微笑む。そう、今教会の全権は副神官長にある。そして副神官長は神官長に乗っ取られている! 私はこの機会を逃さないと走り出した。
「なっ……」
リリーとアンディ様が驚きの表情を見せると同時に私は距離を詰めていた。
呪具は彼の首元にある。
私はアンディ様の腰の剣を抜くと、自身の腕を切って血を流す。
(入れ替わるだけなら対価は血を流すだけでいいはずです!)
私は身体ごと
「リリー!」
(え……?)
アンディ様が私に向かって叫んだ気がした。でも私は振り返ると同時に
切った腕がじくじくと痛い。
『ジェイコブさん、戻って来てください!』
血が流れる手で呪具を握りしめる。
「ええい、離せ!」
黒く禍々しいそれが光を放つと、彼ががくんと意識を失う。
『ジェイコブさん!』
入れ替わりの成功を確認した私は、急いで治癒魔法をかけた。
「ここは……?」
目覚めた副神官長と視線が合う。
「リリアン……まったく無茶をして」
腕から血を流す私を見て、副神官長は苦笑した。
「ああ……記憶も共有されるんでしたね。ライナの
『え……?』
頭を押さえ、少し考え込んだ副神官長は、目を丸くする私に微笑むと立ち上がった。
「私は教会の責任者として、リリー様の大聖女再就任は認めません。貴女にはこれまでの罪を償ってもらうため、聖騎士団に引き渡します」
「――なっ……!」
そう宣言した副神官長に、リリーが顔を歪ませる。
「全部神官長が企てたことで、私も罪をなすりつけられた被害者よ!? それに、私の大聖女復帰はグレイブ商会長が集めた民の声で望まれたもの。それを教会は無視するの?」
リリーは力を奪われてなお、強気な態度を崩さずに言葉を発した。
「俺たちが望んでいるのはあんたじゃない」
すると聖堂の後ろから声がして、振り返るとマークさんが立っていた。
「グレイブ商会長……」
「待たせたな、団長!」
なぜかホッとした顔を見せるアンディ様にマークさんが紙の束を見せた。
「そこの悪女が呪具を購入した履歴、しっかり残ってたぜ?」
「この私に向かって悪女ですって!? 無礼者!」
「悪女だろう? ジェイコブの身体を乗っ取って教会をまた思いのままにしようとしていたんだから」
「な――なんの証拠があって……!」
証拠のリストをひらひらとさせるマークさんにリリーが食ってかかる。そんな彼女をアンディ様が見下ろした。
「禁術の行使は大罪だ。そして、大きな力を使うと魔力の残滓は残る。君だって知っているだろう?」
アンディ様は副神官長の首にかかったままの呪具をちらりと見やった。
「副神官長が元に戻るとは思っていなかったんだろう。己を過信しすぎたな。証拠品は回収させてもらう」
アンディ様が目配せして、近くに控えていた副団長さんが副神官長から呪具を受け取る。
「ふふ……ふふふ、アンのくせに生意気じゃない? わかっているの? 貴方は私と結婚しないと死ぬのよ?」
(そうです! アンディ様はリリーに証を刻んでいます……!)
アンディ様の命をリリーは握っている。
勝ち誇った表情のリリーにアンディ様は息を大きく吐くと、しっかりと宣言した。
「俺はお前のような悪女と結婚する気はない」
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