第37話 結婚式前夜

 翌日、私はやっと聖騎士団から出されると馬車に詰め込まれた。



「リリアン! 不安にさせてごめんなさい! もう大丈夫ですよ?」


 馬車は教会に到着し、私が降りるなり、リリーが出迎えた。

 リリーの隣にはアンディ様、一歩下がってアネッタがいた。


(アンディ様……!)


 アンディ様はリリーに顔を向けたままで、視線が合わない。


「事情徴収もまだなんだがな……」

「リリアンにも結婚式に出席してもらいたいですし、事情徴収なら私のところにいてもできますでしょう?」


 私のように振舞うリリーに、アンディ様は文句を言いながらもその眼差しは優しい。


「君がそう言うなら」

「ありがとうございます! アンディ様!」

「おい!?」


 私の目の前でリリーはアンディ様にぎゅっと抱き着いた。目の前が真っ暗になる。


「明日の結婚式、楽しみにしていますね!」

「ああ……でも教会に泊まり込みで良かったのか?」

「はい! 大聖女再就任の準備もありますし、明日はここの大聖堂で挙げるのですから」


 仲睦まじく話す二人に動悸が激しくなる。


 暗い私の顔を見て嬉しそうにしたリリーは手を握って来た。


「それに、リリアンとアネッタが準備を手伝ってくれるから大丈夫ですよ!」

「そうか……」


 リリーを見つめるアンディ様をこれ以上見たくなくて、私は俯いてしまった。


「じゃあ明日の結婚式に」

「はい」


 その言葉を最後に、アンディ様の足音が遠ざかるのが聞こえた。


(アンディ様……アンディ様!!)


 今すぐに駆け寄って私がリリーだと叫びたい。

 ぎゅっと拳を握りしめ、俯いたままの私にリリーが言った。


「あの堅物、キスの一つでもすればいいのに、結婚式まで取っておきたいんですって」


 思わずリリーの顔を見る。

 アンディ様は入れ替わりが解消されてからリリーにキスはしていないようで、ホッとしてしまった。


「なあに、その顔? 残念だけど、明日は唇に誓いのキスをするのよ。今度は本物の私とね」


 そんな私に勝ち誇ったかのようにリリーが言った。


「貴女には私のベール持ちをさせてあげるから、間近でよーく見るといいわ」

「痛っ……」


 ぎりっと私の腕を掴んだリリーの手の爪が食い込む。

 リリーの爪は前ほどではないが、綺麗に伸びていた。色はついていないが、艶やかに磨かれている。


「私の美しさを損なった罪は重いわよ」


 冷たい声に身震いがした。


「アネッタ、行くわよ」

「は、はいっ……」

(アネッタ?)


 いつも元気な笑顔だったアネッタの表情が初めて見たときのように暗い。

 私はリリーに引っ張られながらも後ろのアネッタを振り返って見ていた。


「リリー様、お待ちしておりました」


 リリーの執務室まで行くと、副神官長が待っていた。


(副神官長!?)


 意外な人物が待ち構えていて私は驚愕した。


「ふふ、あのシスターが貴女に会いに行ったのは知っているのよ?」


 扉を閉め、リリーが部屋の中央に私を投げ飛ばす。


『…………っ!』


 床に倒れ込んだ私は、副神官長の違和感に気付く。


『あなた……誰ですか!?』


 優しいはずの副神官長の顔つきが、強欲な神官長・・・のように醜く歪んでいる。


(まさか……)


 嫌な予感にリリーが高らかに笑う。


「ふふ、ふふふふ! 残念だったわね、副神官長の身体には今、神官長が入っているのよ?」

(やっぱり!!)


 睨んだ私にリリーは嬉しそうに話す。


「この副神官長が新たな黒幕として名乗り出て、権限を神官長と私に返還させる。教会は元通りよ。そのあとはまた入れ替わって――副神官長ともおさらばね?」

「!!」


 リリーは副神官長の身体を使って思うままにした後は、彼を殺す気なんだ。


「貴女が私たちに教えてくれたのよ? 魔力の高さで覚醒に差が起きるとね。今、牢屋に収容中の神官長の身体は目覚めないよう、薬を盛ってあるの。面倒だから、全てが終わって元に戻るまでは眠ってもらうわ」

「前回は術者の私も昏睡しましたが、今回はリリー様が術者。さすが大聖女様だけあって何ともないようですな」

「前回は私たちも初めてのことだったから仕方ないわ。まあ、このリリアンのおかげで今回は上手く立ち回れたわね」


 私に近寄り、リリーが髪を掴む。


『……っ』

「呪具を探しているのでしょう? 無駄よ。それに副神官長の命も私たちは握っている。貴女がおかしなことをすれば、即彼を殺すわよ?」


 美しい笑みで恐ろしいことを言う。


「残念だったわねリリアン。私は貴女も副神官長も許す気はないわ」


 リリーがパチンと指を鳴らせば、聖騎士団の制服を着た騎士が前に出て来た。ルートではない。


『!?』

「ルートは囮よ。思い通り動いてくれたけど、あの男は野心が強すぎてダメね。ふふ、もう一人スパイがいるなんて思わなかった?」


 掴んでいた私の髪を離すと、リリーがその騎士に合図をする。

 騎士は頷いて、奥のクローゼットを開いた。


『シスター!?』


 そこには縄で縛られ、気を失っているシスターが詰め込まれていた。

 どうしてそんな酷いことができるのか。怒りのあまり涙が出る。

 リリーを睨めば、彼女は愉悦の顔で言った。


「あんたと副神官長は呪いの代償になってもらわないといけないから死ぬのは確定だけど、万が一逃げたらこの女を代わりに殺すわ」

『!!』


 私にとっても副神官長にとってもシスターは大切な存在だ。リリーは私の記憶で弱点まで握って先回りしていた。


(せっかくシスターが教えてくれたのに……)


 為す術のない自分に愕然とした。


「私の駒になると約束して、代わりにアネッタを殺してもいいわよ?」


 リリーの言葉に、端に控えていたアネッタがびくりと身体を揺らした。

 リリーはアネッタの前では演技をすでにやめていたようだった。


(突然リリーが変わって怖かったですよね……アネッタすみません……)


 私は立ち上がると、リリーに向かって首を振った。


「……そう。結局は自分が可愛くてアネッタを差し出すことになると思うけどね」


 リリーは口元を歪ませるとアネッタに顔を向けた。


「この子が逃げだしたらあんたが死ぬことになるんだから、死ぬ気で見張ってなさいよ?」


 びくりと俯くアネッタは返事もできずに震えていた。


「ああ、二人して逃げてもシスターが死ぬだけだから」


 リリーはそう言うと、騎士に目で合図した。

 私たちは執務室を出され、向かいの小さな部屋へと閉じ込められた。


 

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