第36話 面会

「ほら、食事だぞ」


 聖騎士団に拘束されて三日目、私の取り調べが始まる様子もなく、毎日騎士が食事を運んで来るだけ。


『あのっ、アンディ様やライリー様は!?』

「……どうした? 今聖騎士団は先の事件の処理で忙しい。魔物討伐もやっと落ち着いてきた頃だというのに……」


 声を出せない私の訴えはもちろん届かない。彼はブツブツ言うと、食事を置いて出て行ってしまった。

 部屋には鍵がかかっているし、窓にも鉄格子がはめ込まれている。

 私は大人しく拘束されているしかできなかった。


(そういえば実家に送金しなくてはならないのに、無実の罪でフレミー家が没落したらどうしましょう……)


 リリーにこのまま殺される運命なんてやるせない。


(アンディ様……)


 彼は今どうしているんだろうと切なさが胸を襲った。


(リリーにまたキス……しているんでしょうか。アンディ様のキス魔……)


 自分で言っていて泣けてくる。


「おい面会だ」


 先ほどとは違う騎士が部屋の扉を開いた。


(アンディ様!?)


 僅かな期待を胸に振り返ると、そこにはシスターが立っていた。


「リリー……心配しましたよ。ジェイコブも貴女の身を案じていました」


 私に駆け寄ると強く抱きしめる。


「本当に無事で良かった……」


 心から心配してくれるシスターに泣きそうになりながらも、抱きしめ返した。


『シスター、どうしてここに?』


 はくはくと口を動かすが、音にならない。シスターはちらりと開かれた扉に目をやると、私をベッドまで連れて行き座らせた。


「リリー……やはり貴女なのね」


 私の足元に膝を付き、左手を包む。


「リリー様と入れ替わっていたでしょう?」

『!!』


 驚いて目を見開けば、シスターが優しく笑う。


「やっぱり」

(シスターはリリーの中が私だって気付いていたんですね……)


 あのとき、リリーに向けた愛情深い眼差しに泣きそうになったのを思い出す。

 シスターは孤児院へ通う私にとても良くしてくれていた。記憶が無くても、心が覚えていたのだ。


(でもあのとき、どうして言ってくれなかったんでしょう?)


 人差し指を頭に付けて考えていると、シスターがふふっと笑う。


「貴女のその癖、すぐにわかったわ。ジェイコブはダメね。鈍いんだから」

(く、せ……?)


 呆れた顔で笑うシスターから、自分の頭に付けている人差し指に視線を移す。


『!!』


 指摘されるまで無意識だった。赤くなる私に、シスターは笑顔を消すと、声を潜めた。


「リリー様と入れ替わったとき、血が流れた?」


 私はこくこくと頷く。

 リリーはルートに2回刺されていて、最初はすぐに入れ替わったけど、元に戻るときは時間差があった。

 


「魂の入れ替わりなんて……何て恐ろしいことを……」


 シスターは私を覗き込むと握りしめていた手に力を込めた。


「リリー、よく聞いて。それは禁術と言われる呪いよ」

『えっ……!』


 リリーは自分が捕まるのを避けるためにあんな事件を起こした。しかも、痛いのが嫌だからという理由で入れ替わったと。


(リリーは本当に自己中心的なんですね……)


 驚く私にシスターは説明を続けた。


「あのとき、貴女がリリアンだとわかったとき、名前を明かさなかったのはね、身を案じたからよ」


 私がシスターに聖女の名を尋ねたとき、副神官長を遮ったのはシスターだった。


(あれはリリーを信用していなかったからじゃなかったんですね)


 私の表情を見たシスターが頷く。


「入れ替わりが解消されたとき、貴女の記憶が何らかの形でリリー様に伝わってしまったら、今まで隠れて聖女の力を行使していたことで怒りを買ってしまうと思って」

『……っ、そうだ、ジェイコブさんは!?』


 副神官長が裏で準聖女の手助けをしていたこと、正聖女を勝手に孤児院に派遣していたことは、リリーだった私が聞いた話だ。その記憶はリリーにも継がれてしまったわけで。


「その様子だと、貴女がリリー様と過ごした記憶は彼女にも共有されてしまったようね?」


 こくこくと必死に頷く。


「ジェイコブは大丈夫よ。貴女が教会の仕組みを変えてくれたでしょう?」

(そうです……教会はジェイコブさんに全権があります)


 リリーはその手にまた取り戻すと言っていた。不安が再び襲うも、シスターの話の続きに耳を傾ける。


「貴女のその声が出ないのも、呪いの産物ね」


 リリーは記憶を引き継ぐと同時に私の声が奪われるよう術が発動したと言っていた。

 私はシスターの目を見て頷いた。


「聞いてリリー、禁術と言われるには理由があるの」


 神妙な顔のシスターに私はごくりと喉を鳴らした。


「血を捧げるのは契約――最後には命そのものを捧げないといけないのよ」

『!?』


 リリーは私に絶望を味わわせてから殺すと言っていた。私がアンディ様を好きになってしまったのも彼女にはお見通しなのだろう。


(最初から殺す気ではいたけど、許せないからそれだけじゃ済ませないってことですね)


「リリー様はあなたの命を犠牲にする気ね?」


 シスターが青ざめた私の手を優しくさする。震えながらも頷いた。


「……神官長とリリー様、二人の聖魔力を込めた呪具を探しましょう。神官長のほうはジェイコブに任せて。リリー様のほうは……ハークロウ様にお願いできたらいいんだけど……」

『アンディ様!?』


 必死に口を動かす私にシスターは困ったように微笑んだ。


「ハークロウ様は今、リリー様に付きっきりで、お耳に入れるのは難しいわ……リリー様に私たちの動きがバレては、すぐに貴女は殺されてしまうかもしれない……」


 殺されるということより、アンディ様がリリーに付きっきりなことに胸が潰れた。


「そして、病を故意的に蔓延させていたのは神官長――リリー様は関係なかった」

『それは嘘です!!』

「わかっているわ、リリー。でも神官長と貴女を襲った騎士がそう証言した。物的証拠にもリリー様が関わった痕跡はなかった」

『!?』


 どこまでも周到に計画されていた。リリーは本物の悪女だ。


「そして、横領の件はマークが働きかけて、リリー様が投獄されることはなくなったの」

『!?』

「むしろ、貴女の教会や治療院への功績を称えて、大聖女への再就任が決まったわ」

『!?』


 私がここに拘束されている間に超展開すぎてついていけない。


「そろそろ時間です」


 入口で見張っていた騎士に顔を向け、シスターが私に向き直る。


「リリー、あなたはリリー様とハークロウ様の結婚式に侍女として呼ばれているわ。いい? リリー様が呪具を持っていないか探るのよ」

『え!?』

「結婚式は明後日よ。いい? 必ず見つけるのよ」


 シスターは早口で伝えると、急いで部屋を出て行ってしまった。


(結婚式……明後日……?)


 私はショックで呆然としたままいつまでも扉を見つめていた。

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