第20話 副団長

「突然来てご迷惑じゃないでしょうか……」


 馬車から降りた私は聖騎士団のある建物を見上げ、隣のアネッタに震えながら言った。

 聖騎士団の建物は、王城を挟むようにして教会の遠く離れた反対側にある。

 マークさんから教会と聖騎士団のことを聞き、アンディ様に相談できないかと思った。


『リリー様、ハークロウ様に、会いに行きましょう! 婚約者で大聖女のリリー様が聖騎士団を訪ねるのはおかしくありませんし、何かわかるかもしれません!』


 アネッタはまるで潜入捜査を楽しむような顔で私に提案した。

 アンディ様はお屋敷に私の様子を見に来てくれているが、魔物討伐がお忙しいのもあって、いつになるかわからない。

 一刻も早く相談したかった私は、アネッタの案に乗ることにしたのだけど……。


「リリー様! ここまで来たのですから、ハークロウ様にお会いしないと!」


 尻込む私とは対照的に、アネッタは乗り気だ。

 ダンさんは馬車のところでお留守番をしている。


「リリー様! 早く~」


 ためらっている間に、受付を済ませたアネッタが入り口で手を振っている。


(し、視線が痛いです)


 大聖女の来訪に聖騎士たちは恭しく頭を下げる。

 しかし彼らの鋭い視線が刺さり痛い。リリーは悪女だ。ここでも何かをやらかして、嫌われているに違いない。


「聖騎士団に何の御用でしょうか!?」


 案内の騎士に付いて廊下を歩いていると、ライトゴールドの髪と瞳を持つ聖騎士が息を切らして走りこんで来た。


「副団長のライリー・エルミート侯爵子息様です」


 アネッタが耳元でこっそり教えてくれた。


「……アンディ様にご相談がありまして」

「何のご相談でしょうか?」


 副団長さんは食い気味に険しい声で質問をする。

 彼の私を見る瞳から、相当嫌われているのが伝わる。


「……重要事項につき、アンディ様へ先にお話しいたします。副団長様」


 きっぱりと告げれば、彼の口元が歪んだ。


「はっ。団長を篭絡できたから、もう私に色仕掛けはしてこないのですね? 次はこの聖騎士団をどうしようと?」


 やっぱり、リリーはここでもしでかしていた。


(アンディ様の部下……それも近しい副団長さんに色仕掛け!? リリーってば、なんて節操がないんでしょう!)


 リリーが奔放すぎて、ついていけない。あんなに素敵な婚約者がいて、どうしてそんなことをするのか。


「……あなたに不快な思いをさせていた今までの非礼はお詫びします。ですが、今はどうかアンディ様の元に……」


 記憶がないとはいえ、自分のしでかしたことなので、彼に深く頭を下げた。


「へえ……」


 沈黙の後、彼は乾いた笑いを吐いて近付くと、私の顎を片手で掴んで上げた。


「な!? 失礼ですよ、副団長様!!」

「アネッタ、大丈夫ですから……」


 叫ぶアネッタを横目で制し、視線を副団長さんに戻す。

 私の顎を掴んだまま、冷めた瞳で彼が私を見ている。その表情にぞくりとする。


「私の前では、もうその演技は必要ないですよ? さあ、あなたの本性を見せてください。私にいつもキスを強請っていたでしょう?」


 キスしそうなくらい近い距離に、副団長さんの顔が迫る。


(リリーってば、そんなことまでしていたんですか!?)


 自分のしてきたことを恨めしく思う。


「や、やめてください……!」


 副団長さんの胸に手を置き、押し戻そうとするも、力で敵わない。


「いっそ、不貞の罪で悪女と心中するか?」


 ぼそっと呟いた副団長様の言葉はしっかりと聞こえた。


「待ってください! 治療院のことも途中なのに、今捕まるわけにはいきません!」


 グググ、と抵抗を続ける私の手を副団長さんが掴んだ。

 顎と手を取られ、私は身動きができない。


「いまさら聖女ぶるな、この悪女!」


 彼からはリリーに対する強い憎悪が感じられた。


「申し訳ございません……でも、どうしても私はやらなくてはならないことがあるんです」


 しっかりと彼を見て言えば、一瞬そのライトゴールドの瞳が揺れた。


「……終わりだ、悪女」


 私の言葉は届かず、腕を引き寄せられた。

 彼の唇が私に迫る。


(嫌……です)


 気付けば、涙ながらに叫んでいた。


「……っ! アンディ様!!」

「何をしている!!」


 アンディ様の叫びとともに、彼の手で副団長さんが私から剝がされた。


「リリー、大丈夫か!?」


 私を覗き込んだアンディ様は息を切らし、顔には汗を滲ませていた。

 その後ろで、アネッタがゼイゼイ肩で息をしていた。彼女がアンディ様を呼びに行ってくれたのだとわかる。


「アン、ディ……さま……」


 私は安堵から涙をぽろぽろと溢した。

 ためらいがちに私の肩に手を置いたアンディ様の胸に、私は飛び込んだ。


「アンディ様!!」

「リリー、嫌な思いをさせてすまない」


 彼はためらっていた手を私の背中に回し、今度は力強く抱きしめてくれた。

 副団長さんの手は怖く感じたけど、アンディ様の手は心地いい。

 その温もりに、私はますます涙が止まらなかった。


(そうか、私……)


 アンディ様以外に触れられるのが嫌だった。

 ずっと彼に抱いていた気持ちは、恋だったのだと自覚する。

 急に恥ずかしくなった私はアンディ様から離れようとしたけど、彼が力強く胸の中に留め置いた。

 それがまったく嫌じゃなくて、ふわふわする。


「さてライリー、お前でも返答次第では……わかっているな?」


 私を抱きしめたまま、アンディ様は副団長さんを睨んだ。

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