第19話 婚約者の功績(アンディ視点)
「大変です、団長!」
「どうした」
執務室にライリーが駆け込んで来た。
彼がそんなにも慌てるのは珍しい。
「……っ、……グレイブ商会への協力依頼が受理されました‼」
「なんだって⁉」
息を切らしながら報告したライリーに、俺は思わず立ち上がった。
グレイブ商会は王都の商会を束ねる組合の会長が経営しており、実質国一番の商会だった。
他国との取引きもあり、希少性の高い魔法具も扱う。
「なぜいきなり……」
会長は気難しい人で、教会を心底嫌っていた。
俺たち聖騎士団のことも関係者として取り合ってもらえることはなかった。
魔物討伐を円滑に進めるために、グレイブ商会の協力は必須だった。
俺は何度も会長に手紙を送ったが、返事もなく、会うことも叶わなかったのだ。
「これは団長宛です」
グレイブ商会の印章が押された封筒をライリーが俺に手渡した。
その封を切り、急いで目を通す。
『団長殿の婚約者に敬意を払い、聖騎士団との取引きに応じる。なんでも言ってくれ。ベッドもありがとな!』
そう書かれた手紙に俺は驚く。
(商会長が、あの治療院にいた……⁉)
リリーが彼の心を動かしてくれたのだ。
「えっ⁉ どういうことです??」
横から手紙を盗み見たライリーが目を点にしていた。
「どうやら、リリーのおかげで会長が動いてくれたらしい」
気づけば口元が緩んでいたらしい。ライリーが怪訝な目で俺を見ていた。
「元はといえば、その婚約者殿のせいで取り合ってもらえなかったんですよね?」
グレイブ会長は、貴族や金持ちを優先する教会のやり方を嫌っていた。もちろんそれには、リリーの行いも関係してくるわけだが。
「悪女は何を考えているんですかね⁉ 今度は団長に恩でも売ろうと?」
「いや、彼女は……」
前までなら俺もそう考えただろう。
でも今の彼女は純粋に人を想える、そういう女性だ。
「団長、このままでは、この功績を盾に婚約破棄を阻止されてしまいますよ‼」
ライリーの苦言に考え込む。
リリーを牢に送るのは俺の役目だと思う。
(だが、婚約破棄までする必要はあるか?)
彼女が罪を償い、帰って来る場所として俺が待っていてもいいのではないか、そう思えた。
「だから、早く悪女の悪事を暴いて、牢に入れましょうね‼ そしたらきっとハークロウ公爵閣下もお認めになるでしょう!」
(そうだった)
鼻息の粗いライリーに、俺は父の存在を思い出す。
父は肩書きに強くこだわる。リリーとの婚約を急がせたのも、彼女が大聖女という肩書きを得たからだ。
(投獄されれば、彼女は罪人になる。父もそんな彼女を婚約者にしておくのを良しとしないだろう)
昨日の彼女の涙が脳裏をチラつく。
彼女があんなふうに泣くのを初めて見た。
いつもは聴衆の目を引くため、ときには同情を誘うため、演技で泣ける女だった。
『あなた、いつも適当に選んでいるでしょう⁉ 私にはこのルビーが似合うと思うの。次の誕生日にはこれをちょうだい』
義務的な顔合わせで、リリーは突然そんなことを言った。
身につける物を贈るなど、独占欲の塊だ。
彼女にそんな感情はなく、俺はもちろん断った。
すると彼女は、蔑ろにされていると俺の父に泣きついた。俺は「婚約者を大切にしろ。そして、大聖女の彼女に間違っても逃げられるなよ」と叱りを受けた。
『ふふ、アンってば、私を誰にも奪われたくなくて、こんな贈り物をしてきたのよ。独占欲が強くて困るわ』
二人で出席する社交の場で彼女はそう言いふらし、自慢げにしていた。
俺は否定して回るのもバカらしく、ただ彼女への嫌悪感を募らせた。
俺が彼女にベタ惚れだという不名誉な噂は、あっという間に社交界を巡った。最近では、あまり顔を合わせない俺たちに不仲説まで出回っているらしい。
魔物討伐に忙しい俺は、噂好きな貴族たちなんてどうでもいい。父から苦情の手紙が届かないということは、遠く離れた領地までは噂は届いていないのだろう。
「団長⁉」
「あ、ああ。すまない」
思いにふけっていると、ライリーが俺を呼び戻した。
「俺はリリーが今のまま変わらないなら、婚約者として支えていきたいと思う」
「……!! あの悪女、ついに団長まで……」
本音で告げた言葉を、ライリーは父に続き俺までリリーに取り込まれたと勘違いした。
(取り込まれたのではなく、これは……)
素直に表情を変える彼女を想い、口元が緩む。
「団長?」
緩んだ顔にライリーが眉を吊り上げ、こちらを見ていた。
「ああ、すまない。それより、急いでグレイブ商会に必要な物を手配してもらえ。魔物討伐が激化する前に」
「はいっ!」
俺の指示にライリーは副団長の顔に戻り、急ぎ足で部屋を出て行った。
グレイブ商会でしか手に入らない魔道具や武器は多くある。これで魔物討伐が有利に進められるはずだ。
「リリーはすごいな」
必死な彼女を思い返し、俺の口元は再び緩む。
悪女として名高い彼女は、あっという間にその名を覆していく。
俺も、もう彼女を悪女だとは思わない。ライリーに言った言葉も本気だった。
(俺はいつの間にか、今のリリーと離れたくないと思っていたのだな)
それが愛しいという感情なのだと、俺はそのとき初めて知った。
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