クラスで一番可愛いギャルとのアソコ

お小遣い月3万

第1話 無職転生 〜異世界言ったら本気出す〜

 塾に行くまでの時間を本を読んで過ごす。

 北花田のダイヤモンドシティの4階には紀伊国屋が入っている。そこで本を買って近くのベンチで読むのだ。

 木で作られたベンチに座り、本のシュリンクを剥がす。

 いつもココでドップリと本の世界に入る。

 だけど「キモッ」と言う声が聞こえて、本を読むのをやめた。

 ちなみに『キモッ』というのは、『気持ち悪い』の略である。主に男子中学生を侮辱する時に使う言葉である。


 ぼくはお化けを見るように恐る恐る顔を上げた。

 そこには同じクラスのカネコさんが立っていた。

 金髪ストレート、白い肌、大きな瞳、そして細い2本の足が短い制服のスカートから生えている。

 ギャル中のギャルである。

 百人中百人がギャルと答えました。それぐらいギャルである。

 しかもクラスで一番可愛いと評判のギャルである。


 彼女とは小学校の時から一緒だった。だけど中学生になってから喋った記憶がない。彼女があっち側の人間になってしまったからである。

 我々が通う中学校は、6つの小学校の卒業生が集まるマンモス中学校である。

 昔はヤンキーの溜まり場で、あの中学校には近づいたらいけません、と言われていたらしい。令和の時代である。ヤンキーとは過去の遺産になった。だけど残党みたいなモノは残っていて、ぼくは彼等あるいは彼女達のことをあっち側と心の中で呼んでいた。

 彼女はあっち側の人間だった。

 多様性の時代である。コチラに危害を加えなければ尊重し合うべきである。だけど危害を加えてくることもある。

「キモっ」というセリフは、ぼくのメンタルを攻撃しているのである。


 ぼくは本を閉じた。ココにいてはいけないと思った。

 カネコさんはぼくの隣に座った。

 ぼくはベンチから立ち上がろうとした。


「私から逃げたいん? めっちゃキモっ」

 と彼女が侮蔑する顔で言った。逃げたらキモい、と彼女は言いたいんだろう。

「……べ、別に」

 とぼくは言った。

 キョドってしまった。カネコさんと何年ぶりの会話である。

 せっかく立ち上がったのに、ベンチに座りなおしてしまった。

「友達が来るまで暇やねん」と彼女が言う。

 知らんがな、とぼくは思った。思っただけで口には出さない。

「ちょうどええわ。それまで面白い話してや」

 と彼女が言った。

「……芸人やったら」とぼくは恐る恐る言った。「最悪なフリやで」

「芸人ちゃうし」

 と彼女が言う。

 たしかにそうである。

 我々は芸人ではない。思春期真っ盛りの中学2年生である。

「……面白い話なんて無いわ」とぼくは言った。

「そんなに面白い顔してるのに?」

 面白い顔は関係ないやろう、とぼくは言いたかった。だけど口に出すことはできなかった。

「ええわ。ほんじゃあ、その本の内容を喋って」

 と彼女が言って、ぼくの持っている本を指差した。

『無職転生 〜異世界行ったら本気出す〜』と本のタイトルには書かれている。しかも12巻である。Netflixでアニメを見て面白かったので追っている人気シリーズである。


「……」

 ぼくが本の内容を語るかどうか悩んでいると彼女から肩パンをくらった。肩パンというのは肩にパンチの略である。

「なにするん?」

 とぼくは腕を抑えて言った。

「なにするん?、ちゃうわ。早く喋れ。私も時間無いねん」

「さっき暇やって言ってたやん」

「だからって人の時間を奪ってええんか?」

「とんでもやな」

「文句言ったら殺すで」

 と彼女が言う。

 すごいセリフである。

 どうやらぼくは文句を言ったら彼女に殺されるらしい。

「それじゃあ」とぼくが言う。

「主人公は34歳で無職で」

 と本の内容をぼくが語り出す。

「ちょっと待って」

 と彼女が言う。

 早く喋れとか、ちょっと待ってとか、どっちやねん、とぼくは思う。

「もう物語始まってる? ポップコーンとか用意しなアカンのちゃうん?」

「どんなけ物語を楽しもうとしてるねん。ぼく、そんなに流暢に喋れる自信ないで」

 とぼくが言う。 

 今のセリフが文句認定されて、また肩パンされるかなっと思ったけど、彼女は文句認定をしなかった。カバンをゴソゴソとナニカを探している。


「ポップコーンは無かったけど、鹿せんべいやったらあったわ」

 と彼女が言って、お菓子を取り出す。

 カネコさんが取り出したのは鹿せんべいではなく、有馬温泉のお土産で貰う炭酸せんべいだった。

「ええで。続きをどうぞ」

 とカネコさんに促される。

「主人公は34歳で無職で」

「ちょっと待って。なんで無職なん? 34歳やったら働けよ」

「いや、そういう設定やねん」

「設定とか語り部が言い出したら萎えるんやけど」

「えーーっと、たしか学生の頃にイジメられて」

「無職と学生の頃にイジメられてたのは関係ないやん。ほんじゃあイジメられっ子は全員無職になるんか?」

 とカネコさんがイラつきながら言った。

 だから設定やねん。

「チェ」とぼくは舌打ちを我慢できずにしてしまった。

「なんやねん。私に舌打ちしたんか?」

「違う違う。舌打ちなんてしてへんよ」とぼくは首を横に降った。「ただ無職の理由は飲み込んでくれな次に進まへんわ」

「なんでやねん」

 と彼女が言う。

 そして肩パン。

「痛っ」とぼくは殴られた腕を抑える。「無茶苦茶や。もうそうなったら、無職転生ってタイトルじゃないやん」

「ええから働いている設定で話して」

「設定って言ってるやん」とぼくが指摘する。

「聞き手は設定って言ってええねん」

 と彼女が言って、拳を振り上げた。

「わかったよ。主人公は34歳で働いてました」

 とぼくはしぶしぶと話し始めた。

 彼女が振り上げていた拳を下ろす。

 34歳で働いている。普通やん。決してギャルの肩パンが怖いから、主人公が働き始めたわけではない。どうやって物語を軌道修正して元に戻すのか自分の腕を試したかったのだ。


「どこで働いてたん?」

 と彼女が尋ねた。

 どこでもええがな、とぼくは思う。

「IT企業かな」とぼくが適当に言った。

「やっぱりイジメられても、それをバネに勉強して一流の大学に行って、一流のIT企業に入ったわけや」

 とカネコさんが言う。

 いや、一流のIT企業とは言ってないけど……。


 そもそも転生の物語は現世に嫌な出来事がなくてはいけないのだ。現世は嫌なことばっかりだったけど、異世界では楽しい出来事があるらカタルシスが生まれるのだ。

 イジメられていたのをバネにして勉強して一流の大学に行って、一流のIT企業に入ってしまったらカタルシスは生まれない。

 主人公が死ぬまでに現世で嫌な出来事を作らなくては……とぼくは思った。


「でもIT企業は倒産」

 とぼくが言う。

「なんでなん?」と彼女が尋ねた。

 なんで? 知らんがな。

「経営破綻で」

「なんで経営破綻したん?」

「リーマンショックで」

「リーマンショックってなに?」

「2008年に起きたリーマン・ブラザーズの経営破綻で起きた世界的な金融危機」

「さすが勉強だけはできるな。マリオブラザーズって2008年に倒産してたんや」

「任天堂は倒産してへんよ。相変わらずマリオは新作出してるやん」とぼくが言う。

「私を騙したんか?」

「ちゃうちゃう。マリオブラザーズじゃなくて、リーマン・ブラザーズ」

「古参のユチューバーみたいな名前やな。ちゅうか2008年って言ったら私達生まれるより前の話しやん」

「せやな」

 とぼくが言う。

 彼女が何かをググっている。

「無職転生って2014年からの刊行やん。設定が古すぎるんちゃうん?」

 とカネコさんからの指摘。

「それじゃあ勤めていた会社は潰れてませんでした」

 とぼくが言う。

「せやろうな。一流企業って潰れにくいイメージがあるもんな」

 と彼女が言う。

「年収はどれぐらい?」と彼女が尋ねた。

「1000万円ぐらいかな」とぼくが言う。

「そんなに貰えるの?」

 と彼女が驚いている。

「一流のIT企業なら700万以上はカタイやろう」

「それじゃあ私は一流IT企業の人と結婚するわ」

「そんな人と出会えるん?」とぼくは尋ねた。

「マサトがなったらええやん」

 と彼女が言った。

 マサトというのは、ぼくの下の名前である。

 小学生の頃からの友達しかぼくのことをマサトと呼ばない。

 たしかに彼女は小学生の頃、ぼくの事をマサトと呼んでいた。

 久しぶりにカネコさんにマサトと呼ばれてドキリとした。

「ぼくが一流IT企業に就職したら結婚してくれるの?」

 とぼくは思わず尋ねてしまった。

「当たり前やん」

 と彼女が言った。

 心臓がバクンバクンである。

 勉強がんばろう。


「ほんで?」

 と彼女が尋ねた。

「えっ?」

「物語の続き」

 とカネコさんが言う。

「年収1000万円で家族はおるん?」

「もちろん家族もおるよ」

 とぼくが言う。

「子どもは?」

「2人ぐらいかな」

 とぼくが言う。

「男の子? 女の子?」

「両方」とぼくは言った。「お姉ちゃんと弟」

「その主人公、私の家と一緒やん」

 とカネコさんが言った。

 

 現世で嫌な出来事を作らないといけないのに、……そうじゃないと異世界に行ってもカタルシスは生まれないのに、この主人公を不幸にしたくなかった。将来の自分を投影してしまっている。ココから軌道修正するのなら、せめて離婚して1人ぼっちになった時にトラックに轢かれれば、まだ間に合うのかもしれない。


「ほんで?」

 と彼女が尋ねた。

「……家族で幸せに暮らしましたとさ」

 とぼくは言った。

 ごめんルーデウス。転生しなかった。今回は現世で幸せになってくれ。

「しょーもな」

 と彼女が言う。

 そして持っていた鹿せんべい(炭酸せんべい)をぼくの口の中に突っ込んだ。

「あげるわ。賞味期限切れてるし」

「……ありがとう」

 とぼくは言った。

「ほんじゃあ、またね。友達来たから」

 と彼女は言って、スマホを握って去って行った。



 次の日。

 朝のホームルーム前に、クラスで一番可愛いカネコさんがぼくに近づいて来た。

「今日も暇やし、アソコで待ってるわ。また物語を聞かせてや」

 と彼女が言った。

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