赤髪ピアスは心理と心を学ぶらしい。
部屋に戻ると、ギターを置いてスマホを見ている水華に、職員室の結果を聞かれる。
「職員室の方は丸く収まった」
「職員室の方は……ね」
水華の含みのある言い方に、俺は寒気を感じる。なんだ、なんも知らないはずだよな。
「別に私には関係ないから、そんな警戒しなくても大丈夫よ」
「本当だな」
「ええ。たとえあなたがギャルの妹と密会して、ギャルと一悶着あって、色々首を突
っ込んだとしてもね」
「な」
なんで彩花ちゃんのこと知ってんだ! なんなんだこいつ! マジかよ怖!
「その反応を見るに、随分拗れたみたいね」
「ど、どこまで知ってる」
「全然」
「嘘つけ!」
「本当。ただのブラフよ。妹さんの件は昨日知り合いが公園で見たって言っていたから。ギャルと一悶着は、あなたが浮かない顔で帰ってきたから勘で言っただけ」
「本当だろうな」
「本当よ。私姉がいるのだけど、心理学を専攻していて、昨日まんまとしてやられたからあなたに八つ当たり」
「水華がやられるとかあるのか? ああ言えばこう言うの水華が?」
「あなたは私にどんなイメージを持っているのよ」
「知識ひけらかしドS女」
水華は液体窒素も固まるほどに冷たい視線を俺に向ける。
「………………」
さらに怖いのは、いつもなら反論してきそうなのに、黙って瞬き一つせずにじっと俺を見つめている。早く訂正しないと凍えそうだ。
原文を崩し過ぎず、意味ないけど言い間違えました感を出せる言葉を、俺の脳をフル活用して考える。
「知識、知識……そう!
「韜晦。くらます、隠す。の意。あなたにしては難しい言葉を知っているのね」
「中学時代の遺産というか、なんというか」
「博識、博学が足りないけれど、基本は私に合っている肩書ね」
「だろ。てことで水華のイメージはそういうことで、話を戻そう」
「そうね」
水華は機嫌を直してくれたのか、視線からは暖かさ……は感じないが、少なくとも液体くらいには戻った気がする。
「それで、水華ってやられたらやり返す人だろ」
「姉には無理よ。昔から運と勘よさに恵まれて、知識まで持っている人に勝つのはなかなか難しい。いつかは負かしてやるけど」
やっぱりやり返すんじゃねえかよ。でも心理学か。
「水華も心理学とかの知識あるのか?」
「ええ。人並み以上にはあるつもりだけど?」
心理学、カウンセラーとか、悩みや精神的に困っている人に助言したりする人だよな。もちろんナイーブな問題だし、勝手に喋るのは違うと思うが………………うん。
「例えば、例えばだけど。水華が人に何かを勧めて、それを見てもらったり、体験してもらいたい場合。水華ならどうする?」
「何か入りやすい入口作る。試供品とか、無料入会体験なんかがいい例ね」
入りやすい。きっかけってことか。
「じゃあ、昔のトラウマとかを消し去る。もしくは慣れる方法とかは?」
「なに言っているの? 何か関係が?」
「何も気にせず、知識を、ひ、教えてくれ」
「ひ? まあいいわ。薬を使うのが一般的なんでしょうけど、あなたはそれを望んでないわよね」
「ああ。できれば個人でできること」
「それなら暴露療法。ACT、なんかがあるけど」
初めて聞く名前だ。話の流れ的に、トラウマとかの治療法だよな。
「それ二つってそもそも何?」
「精神病。主に強迫性障害といわれる病気の治療法ね。強迫性障害は、簡単にいえば潔癖症だったり、家のドアを何度もかけたり、起きてもない不安が
「なんとなくテレビで見たことあるわ。自転車でどこかぶつけてないかとか、電車とかバスに乗れない的なやつか」
「バスや電車に乗れないのはパニック障害や全般性不安障害の方だと思うけど、自転車の方はあっている。実際自転車で接触したら、よほどの雨以外ならほぼ確実に気づくでしょうけど、なんとなく不安になる。何回も戻って確認してしまう。それが強迫性障害ね。もちろん私は医師ではないから正確な定義はわからないけど、参考程度に留めておいて。そろそろギターの練習を始めましょう」
なるほど、勉強になった。俺も一回くらいは心配で戻ったりしたことはあるけど、度が過ぎれば自分がそうかもしれないのか。精神的なことは自分じゃ気づけないことが多いらいしな。気をつけよ………………ん? 結局なんの話だよ! 俺が聞きたいのは麗花のトラウマをどうにかできる方法で、治療法の話だ。
「俺が知りたいのは病気の方じゃなくて治療法の方だって、さりげなく練習を始めようとしないでくれ」
「例え話ならこれくらいの雑談で十分でしょ。それとも私に知恵を借りたいとか?」
水華は明らかに分かっている。表情は無表情に近いが、顔をほんの少し上に上げ、舐めているような上から目線。私に相談したいなら、わかるわよね〜と、俺の中の水華が告げている。さっきのひけらかしを根に持ってんのかよ。
俺は床に正座し、軽く頭を下げる。
「水華さんの知識が聞きたいです。どうか韜晦せずにお話いただけませんか」
「まあ、あなたがそこまでいうなら知恵を貸してあげる」
「ありがとうございます!」
「さっき言ったことはどちらもそれなりに期間がかかる。あなたは一回で簡単に治す方法を望んでいるでしょ」
「それが理想だけど、流石にないですよね」
水華は足を組み、ニヤリとまではいかないが、確かに自信を感じる、そんな表情で俺を見る。
「まさか、あるのか」
俺の期待の眼差しを受けて、水華は。
「ないわよ」
と、無表情で言い放った。
「ないのかよ!」
「あるわけないでしょ。そんな方法があったら鬱病なんて今の半分以下になっているはずよ」
そうだけど! さっきの自信ありげな表情と仕草はなんだったんだよ!
「なら一発解決の手段はなくて、ACT? をやればいいのか。そもそもそれって何?」
「ACTは簡単にいうと、結果につながらない不必要な感情、嫌な感情を受け入れる。たとえ確認したくて不安になっても、その感情を受け入れて置いておく。それがACT」
「結果につながらないってのは、悔しいとかは次に繋がるけど、ただ不安ってのはいらないってことか」
「そういうこと。だから人命に関わる確認、飛行機の整備とか航海士などの不安は問題ない。痩せようとしないのに自分が太っていて嫌になる。これはいらない感情よ。太っていて嫌になる、だから痩せよう。これで運動をしたり食事を変えられたら、それは必要で意味のある感情。思い込み過ぎて拒食症になっても良くないから、適度に距離をとりましょう。が正解なのかもしれないけど。詳しくは医師に相談して」
「暴露療法は?」
「暴露療法は不安に慣れる治療法で、たとえば潔癖症。手が汚れていないのに一日に何回も手を洗ってしまう。この場合は一日に洗っていい回数を設ける。不安は時間が経つにつれて薄れていくから、いつも十回手を洗っているところを一回我慢してみる。それができたら二回と、段々慣れさせていくもの。それなりに覚悟が必要だから、もしやるなら専門医の元やることが賢明ね」
「結局本人が頑張らないといけないわけか」
「どちらも不安に対する覚悟が必要。本来は薬である程度治ってからじゃない危険。パニック障害の人は特に。電車に乗れないのに乗ろうとして、パニックになってしまったら。あまり考えたくはない結果ね」
考えたくはない。最近はホームドアがあったりするが、こういう事例は電車だけではないだろう。
「大体分かった。ありがとう」
「参考になった?」
分かったことは、麗花のトラウマを解決するには、それなりの時間が必要。そして俺がどうにかではなく、麗花が頑張る必要があること。
結局俺にできることはないのかもしれん。
「微妙……ああ、水華の解説がとかじゃなくて」
「私は状況を知らないけど、あなたの知り合い……どうせあのギャル事でしょうけど、ギャルがトラウマ、たとえばバスに乗れないとするなら、あなたが一緒にバスを見に行って、次は一停車分乗って、その次はさらに奥に連れて行ってあげたらどう。自分一人では続かなくても、人と一緒なら続けられるという論文もあるくらいだし」
一緒にか。確かに一人でやるよりやりやすいよな。
「嫌いなものをやってもらうのは難しいでしょうけどね」
嫌いなものをさせるか………………嫌いなもの?
「好きなものなら。好きなものをさせるのはどうだ」
「好きなものならすでに進んでやっているはずでしょ」
「例えば」
「例え話が好きね。妄想は現実にならないわよ」
「分かってるわ! そうじゃなくて。例えば、何かスポーツ……サッカーが好きだけど、スライディングされて怪我をした。傷は治ったけど、恐怖でコートに入れない。この場合コートには入れないけど、壁打ちとかリフティングはできると思わないか」
「その人の心によるでしょうけど、多分可能だと思う。運転が不安な人も、車を見る事、人の車に乗ることは可能なことが多いから」
「コートに入るのが嫌いなだけで、サッカーが嫌いなわけではない」
「そうね。それが?」
つまり麗花はベースが怖い。だけど音楽が嫌いなわけではない。実際、麗花はイヤホンを付けていたし、スティックも触れた。それにあの態度。ベースも嫌いではないはずだ。
音楽に慣らしていけばいいってことか。だが慣らさせるきっかけがない。
「長考しているところ悪いけど、そろそろ練習を始めない? 文化祭ライブを完璧にするためにはもっと練習が必要だと思うけど」
ライブ……俺が音楽始めたきっかけは、モテたいから。それで一番陽キャリア充っぽいギターを始めた。
次にベースで、これはギター弾けたら少しの練習で弾けるようになった。
そしてドラム。ドラムを始めたきっかけは文化祭ライブ。廃部になる前の軽音部の文化祭ライブを見たからだ。
ライブ……文化祭? 遅すぎる。軽音部に来てもらう? 無理。だったら、絶対に見れる場所。麗花だけじゃなくて、大勢が見入ってしまう場所で。
「水華、色々ありがとう。説得に関するおすすめの心理学本を教えてくれ」
「え、どうしたの?」
「いいから」
「え、ええ。何冊かあるから、LIMNで書いて送る」
水華からおすすめ本の名前の詳細が届いた事を確認してから。
「ありがとう。俺は急用ができたから、あと頼んだ」
「え!」
リュックを持って足早に部室を飛び出し、本屋に向かった。
人目を惹いて、麗花が絶対に見る場所で、インパクトと感動がある。ついでに俺が人生でやてみたいことの一つであり、陽キャリア充、しかも青春っぽい場所。それは
校内に一つしかない。
それは、校庭のど真ん中。
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