金髪ポニーは思い出の音が嫌いらしい。

「おにいそれ持ってくの?」


 羽実ちゃんは俺がテーブル横に置いたベースを指差す。


「持ってく。今日は電車で行くために早く家出るから、鍵お願い」


「ほーい」


 ベースをケースに入れて背中に、リュックをお腹側に背負って家を出る。


 昨日一日考えたが、金銭的な解決策しか見つけられず、とりあえずベースだけでも学校に持っていくことにした。


 学校に着くと、いつもより視線を感じながら教室に向かう。


 教室でもいつも以上にヒソヒソと俺の話をしている。


 ヒソヒソ話すなら俺が聞こえない声量で喋ってほしい。大方ベースのことだろうが、いい気はしない。


 ベースを掃除ロッカーの横に立てかけ、俺は寝たふりでやり過ごそうとするが、机に突っ伏した途端に、凛が肩のあたりに軽いボディータッチをしながら話しかけてくる。


「虎夜くんおはよーあれってギター?」


 凛は掃除ロッカー横に置いたベースを指差す。


「あれはベース」


「ベースかーじゃあ今度は入学ベース……もうかなり経ってるから、中間ベースする

の?」


「しない。あれは学校に置いておこうと思って持ってきた。自転車通学だから、機会がないと持って来られない」


「なるほど! う〜んそれならいいや」


 なにがいいのかわからないが、凛の中でなにか納得いったらしい。


 俺は話が終わったと思い、再度机に突っ伏そうとすると、またしても凛が「ねね」と軽いボディータッチと共に会話を広げる。


「虎夜くんって、隣のクラスの麗花さんとはどういう関係なの?」


 ん? ああ、そうか。麗花との一件は、他の人はよくわかってないんだよな。


 どう説明すべきか。何言っても変態な感じになりそうだし。


「虎夜くん。虎夜くーん。ちょっと虎夜くん!」


 凛が俺の顔を覗き込みながら話しかけ、俺は考えに耽っていて気付かず、気づいた時には凛の顔がかなり近いところまで接近していた。


「うぉ。な、なに」


 俺は急いで凛から顔を離す。


 怖! 惚れそうになるわ、陽キャ怖!


「お、やっと気づいた。急に考え込んじゃって、もしかして聞いたらまずい関係だった?」


「そ、そんなことはない。ただ妹同士が友達っていう関係。その件で行き違いがあって色々あっただけで、別にやましい関係とかではない」


「おー急に早口。でもなるほどねーわかった。私は信じるよー委員長ですから」


 凛委員長は胸を張って、手で胸を叩く。


 俺は叩かれた胸の揺れに視線を向けてしまうが、すぐに視線を切り替えて自分の机を見る。


「でもあんまりクラスに迷惑かかるようなことはしないでほしいな。虎夜くん本当はいい人なのに、クラスの人に誤解されちゃっているし、目立つ行動は控えて、もっとクラスの人と仲良くしてほしい」


「俺は馴染めるなら馴染むけど。他の人が……」


「う〜ん確かにねー虎夜くん見た目がちょっと怖いし、でもいい人だって私は知っているよ。だからちょっとずつでもクラスに馴染んでほしいな」


「努力はする」


「うん! 頑張って。何かあれば協力するからね。あ、じゃあもうホームルーム始まるから、またね」


 凛は小さく手を振って自分の席に戻っていく。


 多少違和感のある会話だったが、それでも俺に話しかけてくれる貴重な女子。しかも美少女。俺は凛に惚れそうになるのをグッと堪え、凛の優しさだけを受け取っておく。


 面白くない授業が終わり。ベースを背負って足早に部室に向かう。


「おはよう。今日はどこからだっけ?」


 部室のドアを開き部室に入ると、水華が呆れたような目を俺に向けてくる。


「あなた、なんでそんな平気でいられるの?」


「平気って? 俺そんなにテンション高かったか?」


「テンション? 私はこれのこと言っているの」


 水華は自分のスマホの画面を俺に見せてくる。スマホの画面には、人混みの中から撮影されたであろう写真。


「これがなんだって」


 写真をよく見ると、ボケてはいるが、髪色と輪郭で知り合いは分かる解像度で、メイド姿の麗花と俺が話している。


「なんだよこの写真! なんでそんな写真が存在してる!」


「知らないけど、今日のお昼にグループLIMNで送られてきたの。あなただって送られてきたでしょ」


「俺グループに入ってないから。LIMNのフレンドも学校の人は水華以外にはいないし」


 水華は気まずそうにスマホを下げる。


「そう……なのね。それならあなたが知らないのも無理ないわね。その内呼職員室に呼ばれるはずよ」


 水華の行った直後、校内放送で俺と麗花の呼び出しがかかる。


「マジかよ。まあ呼ばれるのはいいけど……でも別にバイト禁止じゃ……」


「赤髪変態土下座事件の二人が一緒に、しかも一人はメイド服。学校としては一応話を聞かなきゃいけないと思ったはずよ。この学校ちょっと前に色々あったて聞いたし」


「色々ってなんだ?」


「さあ。そこまでは知らない。世の中、問題ではなく、問題になりそうなイメージが問題なのよ」


「先生とかのメイド喫茶のイメージは最低そうだからな。どうするか」


「あなたが心配することじゃないはずよ。あなたは働いていないはずだし、生徒同士なら黙っていても不思議じゃない。せいぜい注意ってところよ」


「でも麗花はなにか罰をくらうかもしれない。それはダメだ」


「あなたに関係ないはずだけど、なぜそこまで気にするの? 何か事情があるの?」


「それは……」


 麗花の過去を勝手に話すのは、流石にまずいし、俺はそこまで空気が読めない嫌なやつじゃない。


「悪い。今は言えない」


「別に話さなくていいわよ。誰にだって人には話せない秘密はある。だから聞き出そうとは思わない」


「本当悪い。勝手に人に話すのは違うと思う」


「そう。なら別にいいわ」


「ありがとう。じゃあ俺は職員室に行ってくる。あ、今出ている情報はこの写真だけなんだよな」


「そうよ。その写真から場所が秋葉原で、メイド喫茶でバイトしているかもってくらいは分かっているけど」


「なるほど。じゃあ詳しい情報とか、そのほかのバイトとかは分かってないんだな」


「そうね。それがなに?」


「早くしないと余計な情報が出てくるかもしれないから、俺は職員室に行ってくる。ありがとう」


 急いで職員室まで走り、職員室に着くとノックしてからドアを開ける。


「君ね。あっちの部屋に行きなさい」


 職員室に入ると、ビシッとスーツを着た、いつも厳しい女性の教頭先生が、職員室奥の相談室を指差す。


「分かりました」


 言われた部屋のドアを開けると、麗花ともう一人。黒髪を後ろで束ねた髪を揺らしながら、キリッとした目元に泣きぼくろが一つ。ドS女王様のような、一見厳しめな美女だが、フレンドリーで色んな生徒から人気を誇る。この学校では唯一白衣を着ている先生。養護教諭。保健室の先生の海堂かいどう先生が、麗花とテーブルを挟んだ向かいのソファに座っている。


「虎夜くんだよね。さ、座って」


 勧められた麗花の隣に座る。


 テーブルには飲み物が入ったカップや書類。問題の写真が写されたスマホが置かれている。


「何か飲む?」


 海堂先生は自分のマグカップに異常な量のインスタントコーヒーを入れ、部屋に置かれたポットを使ってマグカップにお湯を注ぎ始める。


「大丈夫です」


「あたしもいいです」


「そう? じゃあまずは」


 海堂先生はコーヒーを入れて、ソファに腰掛ける。


「いきなりだと緊張しちゃうし、虎夜くんがそのお店に行った経緯でも教えて」


 と言いつつ、いきなりメイド喫茶の話、海堂先生がどこまで許容してくれる先生なのか、分からないな。



「写真はピンボケなので、そもそも行ってないっていうのは通じますか」


「あとで問題を掘り起こされたくないなら、今の内に解決した方が安心できる。私はそう思うよ」


 ごもっともで。仕方ない、無駄な情報は出さないように、慎重に言葉を選んで。


「分かりました。お店に行ったのは、妹に誘われたから、それ以上でも以下でもありません」


「麗花さんが働いていたことは知らなかったの?」


「全く知りませんでした」


「そうなんだ。じゃあ次は」


 海堂先生の話が始まる前に会話を遮り、海堂先生個人としてはどう思っているか質問をする。


「いきなりだね。もっとゆっくり話してもいいんだよ」


「自信がある分野ほど早く終わらせたいタイプなんで」


「まあいいよ。私個人としては、私が調べた範囲だと麗花さんが働いてるメイド喫茶は普通の飲食店で、いわゆる特別なサービスがないから全然いいと思う。それと……随分私を警戒しているみたいだけど」


 海堂先生は俺らの方に顔を近づけ、小声で。


「私は基本生徒の味方だから、多少のことは……ね」


 もっと全否定されてバチバチに話し合うと思って来たのに、思ったより理解のある先生のようだ。


 それはそうと、二十代後半の女性のウインクは絶妙なラインだ。


「でも私がどう思っても、結局決めるのは学校……というかその上の人」


 麗花が「上の人?」と独り言のように呟くと。


「大きい声じゃ言えないけど、うちは私立だから、寄付が結構あって。まあなんというか、OGとかの権限が強いから、どっちかっていうと校則とかよりその人たちがどう思うかで決まるんだよ」


 麗花はテーブルをバンっと叩き、海堂先生は麗花の台パンに少し体を震わせる。


「そんなのってずるくないですか!」


「おぁ、びっくりしたー」


「す、すいません。でもそんな勝手に決まるのはおかしくないですか」


「んー気持ちは分かるけどねー社会ってそういうものだから」


「じゃああたしがどうなるかは、その上の人の気分次第ってことですか」


「もちろん気に食わないから退学とか、そんな横暴はありえないけど、反省文とか、軽い停学とかなら可能性はゼロではないってとこかな」


 麗花は「そんな……」と言って頭を抱え、ため息を吐く。


 私立は校則が比較的自由なのがいいところだ。それは上の人にもそうで、寄付金で圧力をかけたり、自分の権限を強くしたり、個人間や、大きなことじゃなければもみ消すこともできるだろう。でも限界があるはず。それに学園を支配でできるわけじゃないし、寄付できるくらいの金持ちが、生徒のバイトにいちいちケチつけたりするのか?


「少しに気になったんですけど、今回ってもう上の人から文句言われてるんですか? それとも他になんかあったり」


 俺の質問に、海堂先生は渋い表情を浮かべ。気持ち小声で喋り出す。


「数年前に女子高生のビジネス的なのが問題になって、ニュースになったりしてたでしょ」


「お店一斉摘発のやつですか?」


「それ。そのお店に勤めたて一人が……その……うちの学校の生徒だったんだよね」


「マジすか」


「マジ。その時は当然問題になって、その子は退学。その時に新しく風紀を乱すバイトは禁止ってことになったんだよ」


「だからあんな曖昧な校則があるんですね」


「校則まで追加したのにまた同じようことが起きたら問題でしょ。学校としては上に伝わる前に解決したい。早期に話を聞いて、穏便に解決した。だから今回は介入しなくても問題は解決してますよーって言いたいんだよ」

 つまり、学校側もOGとかになるべく介入して欲しくない。だから早く解決した、解決した風に装いたいってことか。


「めんどいですね」


「まあね。だから麗花さんのバイト先を調べて、何か文句言ってきたら解決済みって言ってやれるように、報告書を作っておしまい」


 海堂先生はテーブルに置いてある書類から紙を一枚取り出して、胸ポケットに刺さっているボールペンと一緒に麗花に渡す。


「麗花さんには、写真のメイド喫茶の住所とかを書いてもらって、私がまとめて出す。これでひとまず大丈夫だと思う。メイド喫茶は別に辞めなくていいから」


「分かりました」


「じゃあ麗花さんはこの紙にメイド喫茶の番号とかを書いて、虎夜くんはこっちの紙に名前とクラスを書いて。書き終わったら帰っていいよ。じゃあ二人ともお疲れさま」


 俺用の紙とボールペンを渡してから、海堂先生は自分のマグカップを持って部屋を出ていく。


 案外簡単に終わってしまった。それとも海堂先生があらかじめ色々済ませてくれたのだろうか? 


 俺と麗花は部屋に残って、海堂先生に言われた書類を書き始める。


 麗花に話すタイミングを掴めず、俺と麗花は無言で紙を書き進め、紙を書き終わると、紙とペンを並べて机に置く。


「書き終わったし、あたしは帰るから」


 俺は咄嗟に麗花が部屋から出て行こうとしたのを呼び止め、麗花はドアノブに手をかけた状態で立ち止まる。


 特に考えないしで呼び止めてしまい、頑張って言葉を捻り出す。


「麗花ってベース弾くんだろ。軽音部入らない?」


 咄嗟に捻り出した言葉は、あまりにも無神経な言葉。こういうことが、俺の陽キャリア充ライフを遠ざける原因なんだろうな。マジで。


 俺の言葉を聞いて、麗花は何も言わずに無言でドアを開き、職員室を後にする。


「ちょっと!」


 俺は麗花を追いかけ、廊下の突き当たりでなんとか追いつく。


「待ってくれ!」


 俺は麗花の行手を阻むように立ち、麗花は諦めたのか、めんどくさそうに近くの壁にもたれかかる。


「なに」


 一応、麗花を呼び止めた理由は、麗花の気持ちを聞いておきたかったからという理由はある。もし麗花が本当に音楽が嫌いなら、俺にはどうすることもできない。何かする前に、これだけは確かめないといけない。


「メンバー二人しかいないから、ベース入ってくれよ」


「あたしは音楽興味ないから」


「本当にないのか?」


「そうだけど。まだなにか?」


 麗花は通路の奥の方を見ながら、めんどくさそうな態度と表情で答える。そこに嘘が入っているのか、俺には特別な力はないからわからない。


 何か、麗花が音楽をどう思っているのか、それだけでも知れないのか。それさえ知れれば、後で対策を立てられるかも知れない。


「なんなの? 用がないなら行くけど」


 どうする。なにか、えーっと。本音は、俺ならどう言う時に言ってしまう。


「ねえ。もういい?」


 俺なら、俺なら。


「麗花が入ってくれたら、見栄えが良くなると思ったんだけどな」


「見栄え?」


 俺なら、怒った時に言ってしまう。それで、毎回後で後悔する。


「バンドだったら最低三人って感じだし、正直ベースなんて聞いている人からした、あってもなくても、わからないし」


 麗花は急に俺の方を向き、壁にもたれかかっていた背中を壁から離す。


「最悪なくてもどうにかなるし、ギターが良くてドラムがあってれば、学校のライブなんて誰も文句は言わない」


 麗花は明らかに俺を睨み始める。怖い。だけど、俺なら怒って本音をぶつけてしまう。


「正直ベースとかいらないkう、あ」


 突然麗花に胸ぐらを掴まれ、壁に追いやられる。


「………………」


 麗花は何も離さず、ただ俺を睨みつける。


「どうした、興味ないんだろ」


 俺の嘲笑うような言い方に、麗花は「チ」っと舌打ちをして、俺の胸ぐらを雑に離す。


「興味ない、あんなもの」


 麗花は吐き捨てるように言うと、廊下の奥に歩いて行った。


 興味なかったらこんなに強く掴むかよ。


 怒らせるより、感動してもらった方が良かったかも。

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