金髪小悪魔は姉のベースが好きらしい。中

「ごめん。これ、よかったら使って」


 彩花ちゃんに俺のハンカチを渡すと、彩花ちゃんはそれで涙など拭いて、少し経つと落ち着いたのか、目赤く腫らしながらハンカチのお礼をしてくる。


「まだ持ってていいから」


「はい」


 気まずい空気が流れ、お互いに何も発さずに様子を伺う。


「あの」


「あ」


 彩花ちゃんと言葉が被り、彩花ちゃんに発言権を譲ると、彩花ちゃんはゆっくりと喋り出す。


「さっきはすいません。色々言ってしまって」


「こっちこそ。探偵気取りで無神経にズバズバ言い過ぎたし、踏み込み過ぎた」


 一間置いて、彩花ちゃんはウサギのような目で俺の方を向く。


「なんでピックのことを調べていたんですか? 頼まれたからって普通探します?」


「店長さんに頼まれたってのが一番だけど、強いていうなら、下心があったから……かな」


 俺彩花ちゃんは胸を手で隠すポーズをとって、俺から離れるようにベンチの端に移動する。


「ちが、違くて。そういう下心ではなくて! そもそも最初は麗花のって知らなかったし」


「じゃあどういう下心だっていうんですか!」


「ピックの人が軽音部に入ってくれないかなーって思って」


「え。じゃあ軽音部に誘うつもりなんですか」


「まあ、ここまでの感じだと状況次第かな」


「誘ってください! お願いします! お姉ちゃんを入れてください」


 彩花ちゃんは急にテンションを上げ、俺と顔と顔が触れそうな程近づく。


「ちょ、一回待って」


「すみません」


 彩花ちゃんは俺から顔を離すと、俺が渡したハンカチで汗を拭き取り、深呼吸して喋りだす。


「泣いたあと優しくされて舞い上がってるのもあって、お兄さんにお願いがあります」


 彩花ちゃんは柔らかい手で俺の手を握り、俺の目をしっかりと見据える。


「お兄さんに色々話します。そしたらお願いを聞いてもらえますか」


 彩花ちゃんのお願い。正直急展開すぎてまだ全体が分かっていない。

 ピックの人が麗花で、そのピックは形見なのにスタジオに忘れた。取りに来ないことを考えると、多分わざと忘れた。


 麗花はなんらかの理由で音楽、店長さんがいうにはベースをやめた。


 麗花は最近入りたがらなかった、楽器が置かれた仕事部屋に入った。


 麗花はバイトが忙しいらしくて、お金に困っている。


 だめだ、考えてもわかんない。もし彩花ちゃんの依頼を受けて、だめだったら。もし、麗花をさらに遠ざけることになったら……結局自分の好感度のことばっかりかよ。彩花ちゃんの力になりたいとか言っておいて、結局自分のことか。当然だろ、モテたくて楽器始めたのに、モテるどころか、こんなめんどくさいことに首を突っ込む羽目になったんだから、いいだろ、自分のことを気にしても。


「お兄さん」


 彩花ちゃんの顔を見る。とても可愛くて、可憐で、中学の俺なら関わりすら持てなかった。持とうとしなかった。


 彩花ちゃんが話しかけても、適当に流して、関わらない。こんな俺に興味持ってもらえるわけないから。でも、もう後悔はしたくない。


 例え自分のためでもいいじゃないか、モテるために楽器習って、服とか色々勉強して、嫌いな筋トレまでした。コミュ力だって、中学に比べたら全然マシになった。勉強はそれなりだけど、中の上、上の下くらいの高校に入れるくらいにはやった。こんなにやったんだから、少しくらい下心があったていいだろ。


 自己犠牲なんて俺には無理だ。だから、俺のために、俺がしたいからやる。その時に他の人も助けられたら一石二鳥だ。俺は自分のモテのために、人を助ける。


 俺は彩花ちゃんの手をぎゅっと握り返し、ゆっくり首を縦に振る。


「彩花ちゃんが望む結果になるかは保証できない。それでもいいなら。俺はやる」


「それでもいいです。少しでも、ほんの少しでもいいので。お願いします」


「分かった」


 彩花ちゃんのためでも、麗花のためでもある。でも一番自分のために。カッコ悪いけど、俺は物語の主人公ではないから、これが限界だ。


「あの、そろそろ、手」


「うわ! ごめん」


 俺は彩花ちゃんの手を離す。


「お兄さん。少し長くなりますけど、いいですか」


「うん」


「お姉ちゃんがなんで音楽をやめたのか。原因は二つあります。一つは両親が亡くなって、お金がなくなったことです。音楽を続けるには、それなりにお金がかかるって知ってますか?」


「俺もベース持ってるから。弦が伸びたら交換したり、スタジオだったり色々」


「うちの両親は割と有名な音楽家と作曲家で、一緒にバンドもやっていました。でもその両親が亡くなって、収入がなくなって。生活費とか学費でお金足りなくなって、音楽をやめました」


「ちょっと待って。両親が割と有名なら、財産権を相続して著作権収入があるはず。五十一条二項で、死後五十年は著作権として効力を持つ。相続した者も同じようにその権利が使えるはずじゃない?」


「お兄さん詳しいですね」


「姉が弁護士だから、それに音楽関係の法律は一応調べたし」


「ダメダメな人だと思ってましたけど、意外とハイスペなんですね」


 ダメダメは余計だが、ハイスペではない。パイスペってのは、うちの酔っ払い女みたいな人のことを指す言葉だが。


「まあ、ありがとう。これからは赤髪イケメンハイスペお兄さんでいいよ」


 彩花ちゃんは「はあ」と言って流される。俺は気を取り直して。


「なんで収入がなくなったの? 相続は詳しくないけど、確か遺言がない場合って相続する人で集まって紙に書くはずじゃ」


「それに書いちゃって」


「なんで!」


「その時は私たちが管理できないから、書面上は渡して、他で毎月お金だけ渡すってことになったんです。だけど……」


「お金は送られてこなかった」


「はい」


「音声とか、ビデオとか、証明書とかも……ないよね」


 彩花ちゃんは無言で頷く。


「保険とかは……」


「それはもらいました。でも色々かかって。残ったのは土地と家、それと音楽関係の道具だけです。売ろうとも思いましたけど……」


「簡単には売れないよな。未成年だと色々あるし、色々あったなら尚更。じゃあ生活費は全部麗花が稼いでるってこと?」


「貯金もあるので全部ではないです。でも流石に三人が普通に暮らすには足りなくて。私はもっと節約して、塾とかも辞めていいって言ったんですけど、お姉ちゃんは私が親代わりだから、絶対に私と青花には普通の生活をさせるって言って」


「自分は音楽を辞めてお金を使わず、妹二人に使っている」


「最近だと深夜まで仕事してるみたいで」


「深夜まで……まさかそっち系?」


「ち、違います! 普通のやつです」


 麗花のテンションだったり、低血糖な感じとか、深夜まで働いているからか。


「麗花が深夜バイトか」


 俺は少しゲスな考えをしてしまい、それが顔に出たのか、彩花ちゃんはマジ顔を向けて引いている。


「キモい」


「う、流石に、う。メンタルが」


 ストレートに言われると、流石にメンタルにくる。


「だから……えーとやめた原因の一つはお金です」


「当然といえば当然だな。でも音楽家なら防音室、なくても多少の防音くらいならしてそうだし。弦代くらいなら稼げそうだけどな」


「はい。やめた本当の理由。それは二つ目だと思います」


「聞かせて」


「両親の死は事故です。これは絶対です。ただ、この事故がなぜ起きたのか。いえ、なぜ二人だったのか。それはレコーディングに向かう前、その日使うベースが持ち出されて、代わりのベースを用意していて家を出るのが遅れたから」


 途中、俺は分かってしまった。彩花ちゃんの話を最後まで聞く前に、誰がベースを持ち出したのか。理解してしまった。


「その……持ち出したのって」


「はい」


 彩花ちゃんは誰とは言わない。言いたくないのだろう。間接的に、間接的ですらないのに、明らかに原因の一つと言わざるを得ない。


「だから……」


「はい。そのこともあって、余計に私たちに普通の暮らしをさせようとしているんだ

と思います」


「全部自分のせいだから、亡くなったのも、収入がなくなったのも。全部自分のせいだと思っているから」


 彩花ちゃんは、ただ頷く。


 あまりの衝撃に、脳が理解しきれない。共感性が働いてしまって、自分の立場で考えてしまった。麗花の気持ちはわからないけど、想像だけで吐きそうだ。


「だから私は深夜だけでも辞めて欲しいです。私は思っていないから。あれはただの事故だから」


 なるほど。麗花が色々話すくらい信頼している人がいて欲しかったのは、バイトを辞めさせたいから。麗花が聞き入れるくらい信頼している人。それくらい深い関係じゃないと助けにならないってことか。


「深夜のバイトを辞めさせるのは簡単だけど、結局また隠して働き始めると思う」


「それじゃあどうしたら」


「彩花ちゃんは麗花にどうして欲しいの?」


 彩花ちゃんは少し考えたあと、癖なのか、服の裾をギュッと握る。


「私は、ただ自分のために好きなことをしてほしい」


 その声は震えていて、渡したハンカチで目元を抑える。


「分かってるんです。お金がないと今みたいな生活できないこと。それでも私たちのために必要以上に働いて、バイトして、休日もバイトして。もっと自分のために時間を使ってほしい。もう、嫌なんです。夜中に仕事部屋の前で泣いてるお姉ちゃんを見るのは」


 彩花ちゃんは泣きながら、心から搾り出すような震えた声で。


「また楽しそうなお姉ちゃんを見たい」


 俺はその言葉に返事をせず、彩花ちゃんが泣き止むまで、ただ隣に座っていた。

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