金髪小悪魔は姉のベースが好きらしい。上

 月曜日、大抵の人間が嫌いな曜日だが、俺は一番嫌いではない。


 一番は日曜日。今日で休みが終わりで、明日が月曜日と考えると絶望的な気分になる。


 逆に月曜日はもうお終いなので、土曜日という希望に向かって歩くという意味では、日曜日より好きかもしれない。


 それでも月曜日は普通に嫌いなので、心を殺して無になれば、気づけばすでに放課後になっているということも無きにしも非ず。


 放課後、部室に行く前にスマホチェックをしていると、お昼休みに水華から連絡が入っていたことに気づく。


 水華「ごめんなさい。どうしても外せない予定が入ってしまいました」


 水華「本日は部活はお休みにさせていただければと思います」


 水華「返信は不要です」


 連絡だと基本敬語を使うのはなんでなんだ。と考えながら、安全運転で公園に向かう。


 公園に着くと、青花ちゃんが俺を見つけた途端に走り寄って来てくれる。


「お兄ちゃんー」


「青花ちゃん!」


 とっても可愛い青花ちゃんに見守られながら、いつものルーティーンをこなし、汗を拭いたり制汗剤をかけたり、彩花ちゃんと青花ちゃんに嫌われないように最善の対策をしてから、青花ちゃんを膝の上に乗せながら、もう一度言おう。俺は青花ちゃんを膝の上に乗せながら、青花ちゃんと会話する。


「お兄ちゃんいそがしいの?」


「最近色々やることあってさー青花ちゃんは変わったこととかあった?」


「ん〜麗花ねえが、おしごとのおへやにはいってたの」


「お仕事のお部屋って? 麗花の?」


「ううん。おかあさんたちのおへや。彩ねえに入っちゃダメっていわれて、せいかは、なかにはいれないけど、ギターとか、ひもがふといギターとか、ヒモがいっぱいのギターとか、ピアノとかがあるおへや」


 紐が太いギターはベースだよな。紐がいっぱいのギターってなんだ? ベースじゃないよな? そんな特殊な楽器だったり、ギターにピアノでお仕事の部屋ってことは、麗花の両親は音楽関係だったのか?


「麗花は何かしてた?」


「んーうしろむいてたから、わかんない。あ、でもね。いつもはいりたくないってい

ってたのに、めずらしいなーっておもった!」


「そうなんだ。珍しいんだ」


「うん! おか、さんが、いなくなった……青花、まだ」


 青花ちゃんは悲しそうな表情で下を向き、今にも泣きそうな表情で自分の服を掴む。


 確か青花ちゃんの両親はもう。何やってんだ俺! 思い出させるような質問ばっかりして、会話のできない陰キャかよ。


「そ、あ、そういえばこの前麗花とあったんだけど! 服とか可愛くて! 彩花ちゃん麗花のこと好き?」


 彩花ちゃんは下を向きながら、元気なさげに。


「すき。お兄ちゃんは」


「俺! 俺も好き! 好きだから……ジュースとか飲む?」


「うん」


「じゃあ自販機行こう! 好きなだけ買っていいから!」


「ほんとぉ?」


「本当! 本当! さ、行こ!」


 青花ちゃんに自販機で好きなジュースを数種類買ってあげ、それを飲んで少し落ち着いたのか、いつも並には笑顔を取り戻した……と思う。


「あ! 彩ねえ!」


 青花ちゃんは彩花ちゃんを見つけると走って駆け寄り、彩花ちゃんに抱きつく。


「青花お待たせ。はい、お菓子……なにその大量のジュース」


「お兄ちゃんにかってもらった! やった! このおかしすきー」


 彩花ちゃんは青花ちゃんにお菓子を渡すと、青花ちゃんは俺がいるベンチに戻ってくる。


「あんまり甘やかさないで下さい!」


「ごめんって。でも買ったものは仕方ないから、彩花ちゃんも飲んで」


「ジュースはもらいますけど、暇な時に公園に来て小学生にジュース奢るとか、やっていることがガチのロリコンだと思いますけど」


「予定がないから仕方ないだろ」


「お兄さん今日も暇なんですか」


「今日は! 暇なんだよ。ギターの子に急用が出来たからって休みになった」


「なるほど。隣いいですか?」


「もちろん」


 彩花ちゃんは俺の隣に座り、青花ちゃんのために膝の上を開けていたが、青花ちゃんは彩花ちゃんの隣にきちんと座ってお菓子を食べ始める。


「青花と何を話してたんですか?」


「あっと、まあ色々」


「えーなんですか」


 亡くなったこととか、勝手に聞いてたら普通は嫌だよな。でも彩花ちゃんは気になるみたいだし、えーっとどうしよう。


 話題がないか探しながら不意にポケットに手を入れると、いつからか入っていたピックを見つける。


 話題に困って彩花ちゃんにピックを見せる。


「なんで形見が……」


 彩花ちゃんの笑顔が一瞬で消え、驚いたように目を見開き、俺の手からピックを奪い取る。


「え、ちょ」


 彩花ちゃんの行動を見て、自分が見せたピックが、店長さんにもらった麗花が忘れた疑惑がほぼ確定な大切なピックに似たピックだと確信し、彩花ちゃんのその驚きように、それが麗花の物で、それがどれだけ大切な物なのか、なんとなく分かった。


「このピックどこで」


「それはネックレスじゃなくて店長にもらった物。よく見てみると裏が少し違う」


「え」


 彩花ちゃんはピックの裏を見て、自分が思っていたものと違うと気付いたのか、俺にピックを返し、丁寧に謝罪してくる。


「全然いいから」


「おとしちゃった」


 突然の彩花に驚いたのか、青花ちゃんは持っていたお菓子を落としてしまい、落としたお菓子を綺麗に拾って、お菓子の袋戻す。


「これで好きなもの買って来ていいよ」


 俺は財布から学生証などのカードを抜いて青花ちゃんに渡す。


「ほんと! お兄ちゃんだいすき!」


 青花ちゃんは俺の財布を持って、コンビニがある方に走って行く。


「すみません。あとでお返しします」


「いいよ別に。それよりごめん。まさかそんな大切な物だと思ってなくて」


「大丈夫です。それより、なんでネックレスのことを」


 ここで誤魔化すのは……やめといた方がいいな。


「俺のよく行ってる、音吉っていうスタジオで」


「そこ! 前にお姉ちゃんが通ってたとこです」


「やっぱそうなのか。そこの店長さんに、金髪の子が大切なネックレスを忘れたから、その子を探して欲しいって言われて、それでそのネックレスに付いていたピックに似ているピックをもらったって感じ」


「そうなんですか。忘れた……このことって話しましたか」


「麗花にはまだ話してない」


「そうですか……」


 彩花ちゃんは一瞬黙り込む。


 彩花ちゃんはとても悲しそうで、寂しそうで、消えてしまいそうな、悲壮感すら覚える表情で、思い出したように席を立つ。


「すみません。今日は帰ります。さようなら」


「あ、ちょ」


 さようなら。その言葉に、気持ち悪いほどの違和感を覚えた。今回返したらもう会えないんじゃないかという感覚と、昔同じような、そう、金髪の女の子に「さようなら」と言われる体験をした。そんなデジャブにも似た感覚を覚える。


「ちょっと待って!」


 特に何か考えがあるわけじゃないが、気づいたら言葉が出ていた。


 俺の咄嗟の言葉に、彩花ちゃんは立ち止まる。


 何か言おうと色々言葉を考えてみるが、どれを言えば正解なのかわからない。ギャルゲーのように選択肢は出てこないし、そもそも俺が考えている言葉に正解があるのかすらわからない。でも今何か言わないと彩花ちゃんは去ってしまう。


 俺は無限にある言葉の中から、とりあえずなんでもいいから口にだす。


「正直よくわからない。でも! そんな顔をした彩花ちゃんを放っておけない」


 彩花ちゃんは黙って俺の言葉を聞き終わると、振り返り、目元に涙を溜め、それを落とさないように頬をこわばらせながら、俺を見つめる。


「お兄さんには、関係ないです」


 彩花ちゃんの言葉に、なぜかこの前のメイド喫茶の外で見た、彩花ちゃんの悲しそうな顔を思い出だす。


「関係は……ある。麗花とは同級生で関わりはある。彩花ちゃんとも知り合いだし、姉妹両方と関わりがあるから、関係はあると思う」


 俺は何を言っている。急にこんな展開になって驚いているのは分かっている。それでも俺はなんでこんなに必死になっているんだ。


「ないです! お兄さんとは公園で話すだけの関係。ただの暇つぶし。一度食事に行ったくらいでそんな深い関係じゃない! それじゃあ助けにならないんです!」


 彩花ちゃんが声を張り上げ、周りで遊んでいる子供やその親。制服姿の中高校生などが、俺らがいる方に視線を向けてくる。


 わからない。でも今は、言わなきゃいけない。デジャブの件もそうだが、そんな顔、悲しいのにどうでも良くなったみたいな。そんな表情をしてほしくない。


「確かに彩花ちゃんと深い関係じゃない。それでも麗花と知り合えて、彩花ちゃんとも知り合えて、その知り合いが困っているなら助けたい」


「困ってるなら助けたいって、そんな綺麗事でどうにかできる問題じゃないんです。知り合いが言ったくらいじゃだめなんです!」


「だけど」


「さっきから、だけど、でも、ばっかりですね。私が話したとしても、お兄さんにはどうせ無理です」


「どうして俺だと無理なの?」


「それは……」


 彩花ちゃんは俺から目を逸らし、手をぎゅっと握って口をつぐむ。


 彩花ちゃんが言った言葉を思い出し、なぜ俺だとダメなのか一度考える。


 俺が考えている間も、彩花ちゃんは俺と目を合わせず、しきりに涙を拭っては、次の言葉を発しようと口を軽く開いて、すぐに口を閉じる。


 俺は彩花ちゃんの言葉を考え、青花ちゃんとの会話を思い出し、麗花の言葉を思い出す。


 ピック。スタジオが同じ。通っていた。両親がいない。俺だと無理。昨日の悲しそうな顔。バイト。お金が必要。お仕事の部屋。形見。キーワードはこれだけか。あとは何か、何か…………がっかりしてた。


「彩花ちゃんさ、俺と麗花が付き合ってないって知った時、がっかりしてたよね」


「それがなんだっていうんですか」


「まるで麗花が誰かと付き合ってほしいみたいな感じで」


「それがなんですか。姉が誰かと付き合ってほしいって思う妹心です。別に普通じゃないですか」


 確かに普通だ。だけど、それは何かが違う。そう、彩花ちゃんの言葉は。


「全部麗花のために言っている感じがする」


「何を言っているんですか」


「他にも、俺がピックの件を話していないって言ったら悲しそうだった。普通は言ってない方が都合がいいと思う。これは想像だけど、麗花とピックについて話して、麗花からピックのことを聞いて欲しかった……んじゃないかな?」


「それは………………」


 彩花ちゃんは俺の質問に答えようとしないが、起きらかにさっきよりも動揺した様子で、目を泳がせたり、服を握ったり落ち着かない様子。


「私のせいで、私が……」


 彩花ちゃんは溜めていた涙を一気に流し始め、同じセリフを何回も口にする。


 周りの人の視線が彩花ちゃんに集まる。


「あの子泣き出しちゃった」


「お姉さんと付き合ってほしいって言ってなかった?」


「じゃあ姉妹両方と付き合ってたけど、それを知って二人とも身を引いたってこと?」


「それならあの赤髪は姉妹と内緒で付き合っていた最低男ってこと」


「うわ最低ー」


 周りにいる女高生の謎の結論に、周りの人も俺にゴミを見るような視線を向け、遠くに公園の管理人らしき人物も現れる。


「あ、えっと、あの。あ、ひとまずあっちの方に行かない?」


「………………」


 彩花ちゃんは何も言わないが、とりあえず泣きながら顔を隠す彩花ちゃんと一緒に、公園の一番端っこにあるベンチに移動する。

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