ル・カフェー・ギャルソン3 金(きん)の話

つき

金(きん)

駅ビルの中にあるカフェは、今日も繁盛だ。


俺はやっと回ってきた遅番の休憩開始に、ふぅと一息ついた。

さて、本日のオヤツは何にしようか?


俺は甘いものに目がない。

バイトにケーキカフェを選んだのも、従業員割引があるからだ。それで休憩中の食事をいつも調達する。


ちゃんとした晩飯は帰宅後に食べるから、夕方はスイーツで丁度良いのだ。


定番のフルーツタルトにするか。

重めのショコラタルトにするか。


急いで決めないと、と俺はふと新作に目を遣る。こいつを試してみようか。


それは金箔がちょこんと乗った、小さなマカロンだ。季節毎に新作が出るのだ。


まさに十人十色、様々なフレーバーはどの客にも対応OK、夢のような菓子である。

今日はこれを二つ、バニラとピスタチオにしよう。


俺はブレンド珈琲を淹れ、

マカロンの皿を、カップを置いたトレーの上に滑り込ませ、足早にバックヤードへと向かった。


お調子者の俺は、目の前の小さな菓子に気を取られ、何処かにウォレットを落としてしまったことに気付かなかった。


気付いたのは、休憩も終わりに近付き、店へ戻る途中だった。


俺は焦った。中身の小銭はどうでもいい。問題はウォレットにぶら下がる金色のストラップだ。小さなケースに愛猫の遺骨が入っているのだ。


小学生の頃から飼い始め、10年ほど生きた、ウチの猫。


ウォレットと共にひっそりと上着やリュックに忍ばせて、何時も俺の御守り代わりにしていた。


あれが無いと困る。

マズい、詰んだ…。


俺は軽くパニックになって、来た道を戻る。

すると、慌てて俺を呼び止めた婦人がいた。制服で気付いたが、確か、カフェから斜め向かいの眼鏡屋の店員だった。


彼女の手には、俺の御守り、いやウォレットがしっかりと握られている。

「えっ…でも、どうして俺のって…」


彼女は満面の笑みで、

「やっぱり!私、勘が良いって良く言われるんです。この金色の、猫ちゃんのカプセルでしょう。私の知り合いも持ってるのよ。

それにあなた、いつも猫のマスコットのペンを使ってるし、それに」


と彼女は俺の持っているトレーに目をやった。

「なんか、金色っていうとル・カフェー・ギャルソンのマカロン思い出して。」


俺は唖然とした。

そんな細々とした情報だけで、落とし主が俺だとよく思い付いたものだ。


もしかしたら、彼女は本当に第六感なるものを持っているのかも知れない。

又は、接客業の成せる技か、女の勘と言うものか…。


俺は気が動転しながらも、兎に角、

「有り難うございました。ウチの猫のです。大切な物なんです。」

と彼女にお礼を言ってウォレットを受け取り、大きく頭を下げた。


彼女は嬉しそうに、

「良かったわ。カフェ頑張って!」

と一声、眼鏡屋の方へと去って行った。


俺は感謝と、客以外の人に、自分という人間をいつの間にか認識されていた気恥ずかしさで、何とも言えない気持ちになった。


そして胸ポケットに挿した、大きめの猫のマスコットが付いたボールペンに何気なく手を遣りながら、

彼女の朗らかな人柄に触れた事を、どこか嬉しくも感じた。


そうだ、明日は久し振りに、郷里の母に電話してみようか、元気でいると良いが。


これからも、気を引き締めて笑顔で店に立つぞ、と誓った一日であった。


fin

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ル・カフェー・ギャルソン3 金(きん)の話 つき @tsuki1207

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